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吾輩は月である【ショートストーリー】

 パイナップルを食べたら舌がピリピリするというが、電気饅頭を食べたらそりゃビリビリが適切だろう。

 仕事帰りに夢幻堂で電気饅頭を二つ買った。一つ、百円という値段も財布に優しい。

 この電気饅頭というのは、電気を練り込んだ餡子を特製の薄護謨皮で包んだ和菓子のことだ。唾液と餡子が触れることで、口内に心地良い痺れが発生する。微炭酸ならぬ微感電とやら。和菓子職人の源さん――なんとエレキテルで有名な平賀源内の子孫だとか――の絶妙な電気加減が光る逸品だ。

 少し肌寒さを感じる我が家への帰り道。

 今日はどうやらハロウィンらしく、ここ万偶数商店街にも仮装した人の姿がちらほらと見受けられる。若者たちの御祭り騒ぎに仕事帰りの私は少々うんざりもしたが、また少々羨ましくもなった。もう若くはないのだなと実感し、私も丸くなってしまったなと独り言を呟いた。

 電気饅頭を食べ終えた私は、夢幻堂の若女将がサービスしてくれた海羊羹を試してみることにした。

 どうやらこの海羊羹は夢幻堂の新商品らしく、常連に発売前に試作品をサービスしているのだとか。若女将に常連と認められたことが何よりも嬉しかった。無意識に飛び跳ねている私。若女将はそれは美しかった。笑うと両頬に印象的な笑窪がくっきりとできる。過去に著名な冒険家が、その魅惑的な笑窪の秘境へと旅に出たまま、遂には戻らなかったとか……。デンジャラス・ビューティーを具現化したその人こそ、夢幻堂の若女将なのだ。

 さて、この海羊羹。見た目はシンプルな羊羹だが、そこは夢幻堂の新商品、一筋縄ではいかないだろう。

 耳に羊羹をあててみると、波の音が聴こえる。中々、面白いギミックだがこれだけではないはずだ。

 一口、齧ってみるとこれはこれは。羊羹は胃に収まると瞬時に液体へと変化し、肺を満たし、直後、口から空気を全部吐き出してしまった。しかし、呼吸はできている。ほぉー、となんとも間抜けな声もほぼ同時に吐き出した私。

 そして、体には浮力を感じる。それもそのはず。私の体はすでに地面から離れて、宙へと浮かんでいるのだから。周りを見てみると、何も変化がないことから推測するに、海羊羹とは食べた本人を海に潜っているような状態にする和菓子なのだろう。

 息を吐く度に私の口からはしゃぼん玉のような空気がたくさん漏れた。驚くことにその気泡は様々な大きさとなって、そのひとつひとつの気泡の中には、海の生物――小さな泡には熱帯魚や貝やサンゴなど、大きな泡にはイルカやクジラや人魚といった伝説の生物まで――がガチャガチャのカプセルみたいに入っている。それをぽんと突いてやると、次々と飛び出していって、気持ち良さそうに泳いでいった。

 色々と試しているうちに私の体はどんどん浮かんでいき、すでに信号くらいの高さに到達していた。眼下には仮装した人の姿がたくさん見える。奇抜なその格好は、ここから見ると新種の深海魚のようだ。

 この効き目がどれほど持つのかはわからないが、私は家まで泳いでいくことにした。

 羊羹は残り三分の二ほど。もうひとつ齧ってみると、進行方向に対して流れが発生したのがわかった。海流だ。これはいいぞ。私は泳いだ。息継ぎの必要はないのだが、癖で息継ぎしないと泳げない。体に染みついた慣れとは、中々頑固なものである。

 ビルを蹴飛ばして方向転換し、たまに背泳ぎで月を眺めて気分転換。その頭上を黄色の潜水艦が通過する。小窓からビートルズが手を振っていたので、私はハローグッバイした。

 さて、家も近づいてきた頃、私は残りの羊羹を平らげた。目には見えないが水位が下がっていくような感覚。急激な干潮だ。マンションの前にヒーローのように華麗な着地を試みるが、そこはもう若くない、加齢に転んだ。

「いたたた……」

「大丈夫ですか? ハラデルさん」

 その声は同じ階に住むモナ・モナモゲラさん(通称モナモゲさん)だった。洒落たスーツを着て、真っ赤なネクタイを締めていて、とても決まっている。

「運動不足みたいで、お見苦しいところを見せてしまいました。その格好はハロウィンの仮装ですか?」

「ははは、じゃなきゃこんな格好はしませんよ。今からモンキーレンチ・カフェでパーティーなんですけど、ハラデルさんもどうですか?」

 私はガラス張りのマンションに移る自分の姿を見た。なんとも丸い。むしろ、私の体には角など存在しない。私はただの球体なのだから。

「モナモゲさんは細長円柱だから、スーツとかよく似合いますけど、球体の私は着膨れして見えてしまうので、ははは……」

 モナモゲさんのフォルムは図形図鑑で見るようなお手本のような立体だ。さぞ、展開図も立派なことだろう。卒業証書を入れるあの筒にそっくりだ。

「残念ですね……夢幻堂の若女将も来るらしいですよ」

「えっ……いきます!」

 私は支度を済ませると、カフェへとまっすぐ延びる坂道を全速力で転がっていく。

 上り坂では若者に負けるが、まだまだ下りじゃ負ける気はしない。

 スーツを着て人間に仮装するのもいいが、今日の私は着飾ることなくこのままでいこう。

 夜空に浮かぶ満月に仮装して、若女将にさっきのお礼を伝えよう。

 はて、なんて話しかけたらよいものか?

 月が綺麗ですね、なんて。

(了)

 最後まで読んでいただきありがとうございます。
 そるとばたあ@ことばの遊び人です。普段は400字のショートショートを中心にLIVE形式のnoteを書いています。
 今週末の土日にかけてはそちらをお休みにして、過去に書いた作品や未発表の作品をnoteにupしていきたいと思います。

 今日28日(土)は、DAY1 Moon Stage

 5本の作品をupします。
 このお話は、Moon Stageの5本目。Moonにちなんだ大トリの物語でした。
 およそ5年ほど前に書いた物語で、ちょっと今では書けないような語り口や展開なので、最近の物語や400字ショートショートとの違いも楽しんでいただけると思い、今回upしました。 
 
 明日29日(日)は、DAY2 Sun Stage

 面白いと思ってくれた方、また明日もupするので良かったらふらっと読みに来て下さい!
 
 非常にタフな時ですが、僕なりのエンターテイメントで少しでも読んだ方が楽しんでもらえますように。

 それでは、また明日。

文章や物語ならではの、エンターテインメントに挑戦しています! 読んだ方をとにかくワクワクさせる言葉や、表現を探しています!