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シチリアの結婚式-ゴッドファーザー-

モンレアーレは、盆地の肌にはりつくように築かれた、小ぢんまりとした田舎町である。
この町のハイライトは12世紀に建てられたというノルマン様式のドゥオーモ。
「回廊付き中庭」と訳されるキオストロは静まり返って柱の影を落とし、一組の熟年夫婦が寄り添って歩く姿が絵になっていた。

ガイドブックによれば、モンレアーレのもう一つの見どころはクローチフィッソという名の巨大なマヨルカ焼の壁画。
本には正式な名前さえも載らない、教会の外壁に描かれているらしい。

もてあますほど時間があったので、そのクローチフィッソを拝観することにした。
ドゥオーモ前の広場から続く細い坂道を上っていく。

いかにも庶民的な家並みを抜けていくのは、とても楽しい。
バルコニーに飾られた鉢植え、窓からのぞく赤ん坊を抱いた女性、軒先の立ち話、郵便やさんのバイク。

左手に教会が見えたけれど、壁画は見えない。
地図を見る限り遠くはないので、行き過ぎたのかと振り返ると、側にいたほっかむりのおばあさんが「ああこれだよ」と全て分かっているという調子で無言のままうなづいた。
この道を入ってくる観光客と言えば、クローチフィッソを観る以外にきっとないのだろう。
おばあさんの差すところまで回り込むと、教会の裏壁に果たして大きなキリストが現れた。
白地に青で十字架像が描かれた、鮮やかなマヨルカ焼だ。
感心した様子で仰ぎ見る私を、おばあさんもしばらく見守っていた。

壁画ばかり有名で教会自体の名は知らないけれど、その入口はすぐ脇の石階段を上ったところにあるらしく、それを上っていく人がいる。
せっかくなので私も上ってみることにした。
ポンコツのフィアットやプジョーばかり並んでいる中で一台だけピカピカのBMWが止まっているのを避けて石段にまわる。

すぐに気がついたが、ここで結婚式が行われている。
教会の正面に2つある出入り口のうち、大きい方の外側にいる何人かの人が、そこに花びらでハートのかたちを作ろうとしている。
子どもたちがはしゃぐのを、「踏んじゃダメよ」とたしなめている。

入口は2つとも開け放たれていて、ライトに照らされた奥の祭壇の前には神父に対面する花嫁と花婿、手前には参列者たちの黒い影が見える。
神父のありがたいお言葉が唱えられていて、参列者たちは起立して神妙に聴いている。
そして時折、声を合わせて「アーメン」と言う。

実は昨日も、同様の場面に出くわせていた。
パレルモのマルトラーナ教会。こちらはガイドブックにも星が3つもついて紹介されている、名高いバロック様式の教会だ。
そちらの式でも入口は開け放たれ、特に招待状をチェックするといったことはなく、無関係の人間さえ普通に中に入っていけた。
私はラッキーとばかりに、おとなしく一番後ろの席で、見知らぬカップルの婚礼の儀式に立ち合わせていただいたのである。

昨日のようにいわゆる観光地となっているところと違って、ここは小さな村の教会といった趣きなので、邪魔になるかと思い中に入るのを少し躊躇していると、先ほどから花びらでハートを作っていた男性の一人が、こちらに向かって何か言っている。
彼が手にしているのは精製する前の米粒がたっぷり入った袋で、どうやら私に、新郎新婦を迎えるライスシャワーに参加しろと言っているらしい。

いいんですか?と思いながらも、とにかくそういう「混じってみる」のが大好きな私は、彼に歩み寄り、言われるままに手のひらいっぱいの米粒をもらった。
ほどなく式は終わり、中から拍手が聴こえるとともに、お馴染みの結婚行進曲が響き渡る。

参列者たちはあわてて外へ駆け出てきて(注意深く花びらのハートを踏まないようによけながら)、まわりこんで手に手にカメラを、お米を、花びらを構える。
準備が整ったところへ、幸せなふたりが厳かな空気に満たされた教会から、開かれた外の世界へゆっくりと歩み出てくる。なりたてほやほやの夫婦として。

待ちかねたようにフラッシュと米のシャワーが祝福する。
「おめでとう!おめでとう!」
たぶんイタリア語でそう言っている。

新郎新婦は先ほどの不自然にピカピカのBMWの新車に乗って、大勢に見送られながら町の奥に消えていった。

私は、なんだかよく分からないけど、親戚友達一同とシチリアの結婚式の参列者となった。

映画「ゴッド・ファーザー」は、シチリアの結婚式(実際にはアメリカにおけるシチリア式結婚式)をオープニングで描く。
シチリア=マフィアのイメージを世界中に行き渡らせてしまったのが、このジャンルではいまだそれを超えるものがない、この不朽の名作。

のどかなモンレアーレの町にもマフィアは住むのだろうか。
その物言わぬ庇護の下で、平穏な生活が営まれているのだろうか。

ジョジョに「マフィアがいっぱいいるの?」と訊いたら、「もうマフィアの時代は終わった。今は少しだけ」と言っていた。でも、シチリアではきっと、結婚式もマフィアも、ある意味では歴史と伝統の折り重なる一部なのだろうという気がする。
その中に束の間混じって、繊細で複雑な窺い知れない重さを背の真ん中に感じ取るのだった。


ゴッドファーザー THE GODFATHER MARIO PUZO'S THE GODFATHER(1972年・米)
監督:フランシス・フォード・コッポラ
出演:マーロン・ブランド、アル・パチーノ、ジェームズ・カーン他

■2004/12/27投稿の記事
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