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Hotel Baglio Conca D'oro殺人事件-8人の女たち-

私が滞在しているホテルは、パレルモ市街から車で20分ほど行った、心細くなるほどの山の中にある。
細くうねった坂道に面して、存在感のある立派な門構えは唐突ながら由緒正しさも醸し出す。
すっかり陽の落ちた丘の道を登るバスの中から温かいホテルの灯りが見えたとき、ゆるやかな安堵が湧いてきた。

こんなオフシーズンに、どんな物好きが訪れるのか、全部で28室のこのホテル、私の他にもあと数組が泊まっているようだ。
それでもおそらく半分も埋まっていないだろう。
ホテルの外も中も、ひっそりと静か。

チェックインをしようとすれば、レセプションの若い男性が明るく私の名を当てる。
それはそうだろう、アジア人の女性がたった一人で山あいのホテルにやってくるなんて、そう滅多にあることじゃない。
パスポートを見せると「日本からですか?」と知って、彼は嬉々とした調子で自分がいかに日本のアニメが好きかと語りだす。
なんでも永井豪の大ファンなのだそうだ。特に「マジンガーZ」。

それから彼は、手のひらを上にして私の背後に立っていた老人を紹介する。
「ジョジョが荷物をお部屋にお運びします」

ジョジョ。
そう、まさに今、あなたの頭の中に浮かんだ、そのイメージにぴったりなお爺さんがにこやかに立っていた。
ポーター特有のエンジ色の制服をまとう小柄な体格、鼻の下に刈りそろえられた白い髭、つぶらな瞳に優しい笑顔、舌ったらずな英語。

途端に、それだけでもう、このホテルを選んで良かったなと思う。
あえて街から遠い、山あいの静かな場所に、宿を選んだ甲斐がある。
ゆったりと流れる時の中で満ちる、温かみと可笑しさ。
ストーリーのある舞台と、ストーリーのある登場人物。
来るべきクリスマスの朝を迎えるのにうってつけだ。

実際、Hotel Baglio Conca D'oroの人々を描けば、映画が一本とれそうだ。
日を追うごとに、私の勝手なイマジネーションが働く。

おしゃべりで陽気な、レセプションのアントニオ。イケメンだけどロボットアニメ好きのためか彼女ナシ。理想のタイプはうる星やつらのラムちゃん。
このホテルで働き始めてもう半世紀近くになるジョジョ。昔、有名女優が滞在したとき、山積みのルイ・ヴィトンを部屋まで運んだのが一番の自慢。
いつも鼻歌まじりの運転手、タッソ。帽子からはみ出したクルクルのカールヘア。家に帰れば子どもが女ばかり4人。奥さんには頭が上がらない。
実は昔、下っ端マフィアだったカメリエーレのルイージ。無口だが、話しかけると懸命にぎこちない笑顔を作ろうとする。気がつくとダイニングルームでも腕を組んで仁王立ちしてしまう癖が抜けない。
ルームキーパーのマリアはお色気ムンムン。職業には不似合いとも言えるが、黒く長い髪を束ねるでもなく、ピンヒールを履いてベッドメイクをする。ホテルのオーナーに囲われているとの噂も・・・。

と、まあ、でっちあげも甚だしいが、私のイメージするところでは癖のある登場人物たちの織り成す、屋敷の中の一晩の出来事、たとえば「8人の女たち」のような物語だ。
そういえば、あれも寒い冬の夜が舞台ではなかったか。

お決まりのごとく殺人事件が起こり、お決まりのごとくにわか探偵たちの犯人探しが始まるわけだが、殺されるのはやはり屋敷のオーナーと決まっている。
そして犯人は、このホテルの中にいる・・・。

静かなこのホテルにも、クリスマス休暇を過ごすためか昨夜は大所帯の家族連れが到着した。
10にも満たない男の兄弟が賑やかに声を上げながらロビーを走りまわる様子は、まるで映画のオープニングにふさわしい。
私の役どころは、言葉もうまく通じない外国からの客。
あながち、私あたりが犯人かもしれない。

そんな他愛もない物語に思いを馳せて、Hotel Baglio Conca D'oroの夜は更ける。

8人の女たち 8 Femmes(2002年・仏)
監督:フランソワ・オゾン
出演:カトリーヌ・ドヌープ、エマニュエル・ベアール、イザベル・ユペール他

■2004/12/25投稿の記事
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