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パレイドリア

 南半球の国を訪れた時に,南十字星を探してみました。日本とは季節が逆の初夏の空には星が明るく見えて,まるで星空に自分が包まれているようでした。ただあまりの星の数の多さに,どれが本当の南十字星かがわかりません。全天にある星座の中で南十字星は一番小さくて,見つけるのが難しいそうです。

 知りたいことがあると機械に頼るいつもの癖で,ポケットの中のスマートフォンに手を伸ばしました。でもなんだか,南十字星がすぐにわからなくてもいいような気がして,取り出しかけた手を止めました。

 モノの知覚についての人の特徴に,パレイドリアとよばれる現象がありまる。実際とは違うモノに馴染みのある形を重ねる心理現象で,マンホールが人の顔に見えたりする体験は誰にもあるでしょう。実際の現象を超えた空間に意味を創り出すのは,どこか遊びのようでもあり,そこに人の思いが反映されておもしろく感じます。 

 人生を回想して語るライフヒストリーも,ある出来事とその次に起こった出来事とをつないで意味を創る,いわばパレイドリアに近い作業といえるのではないでしょうか。高齢の方のライフヒストリーを聴いていると,出来事そのものよりも「なぜ出来事が起きたのか」という事実をつなぐ意味づけの語りの方が,強く印象に残ります。意味の語りに人それぞれの思いが反映されていて,その思いに共鳴した時に,私たちの心が揺さぶられるからでしょう。

 星と星とを線でつなぐ星座も,古代人が星空に描いたパレイドリアの一種とされます。神話の世界を星空の空間に重ねてストーリーを展開した古代の人の思いは,私たちの心に響いて数千年たった今でも変わらず引き継がれています。

 人々の意味ある思いである意思に心を寄せるとき,時と場所を超えた共感が生まれて豊かな気持ちになれます。ポケットに両手を入れたまま空を見上げていたのは,そんな穏やかで豊かな気持ちが長く続けばいいのにと思えたからでした。目をこらすと見えない思いが見えてくる。そんな遊びの瞬間をゆっくりと味わえるのも,旅の楽しさかもしれません。

(京都新聞 随想やましろ 2017年11月24日掲載)

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