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小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(38)腕の中で

Chapter38


 操り人形と化したレナの恐怖の演技に、釣り竿の男性は後退りをしながら彼女に答えた。

「お、落ち着くんだ! 僕は君を拒否なんかしていない! 冷静に話し合おう!」

 ジリジリと距離を詰めてくるレナに、男性は懇願し両手を彼女に向けて宥めるようなポーズをとった。その様子を見て、ダンは賞賛した。

『迫真の演技だな。やはり緊張感というものは大切だ。この俺の「Artistic Illusion(芸術的幻影)」の世界を彩る役者として、美しく、ふさわしい』

「げいじゅつてき、げんえい⋯⋯」

 レナはその言葉に反応し、ぼそっと言葉を漏らした。それを耳にしたダンは、うっかりした様子で答えた。

『おっと、これは失礼。名女優の演技の邪魔をしてしまったな。構わん、続けてくれ』

「⋯⋯あなたが私を受け入れてくれないのなら、いっそのこと⋯⋯」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 僕の話も聞いてほしい──」

 その時、男性はレナが目配せで何かを伝えようとしているのに気づいた。彼女の意識はどこかの時点で戻っていたようで、彼は「ダンによって操られているかのような演技」を彼女が巧みに演じていたと推測した。その瞬間、古びた斧が彼の真横で振り下ろされ、レナが近づきながら小声で告げた。

「釣り竿さん⋯⋯私と一緒に演技して。あの男を騙して、隙を見て逃げましょう」


──よかった⋯⋯。レナ、君が無事で何よりだ──


「えっ?」

 男性はそっと、レナを抱き寄せた。彼の予想外の行動と、彼女が求めていた聞き慣れた温かい声に思わず力が抜け、握っていた斧は手からすり抜けて地面に落ちた。

「僕のはっきりしない態度が、君を不安にさせてしまったんだね! ああ、僕は何てバカなんだろう!」

 わざとらしくセリフを言う男性の腕に包まれ、レナはゆっくりと顔を上げて彼を見た。

「やっぱり、僕は『ばかトム』だったね!」

 レナを見下ろしながら微笑む彼の顔は、成長したトムそのものだった。時間が経っても変わらない彼の優しさと温かみは、レナにとってすぐに彼だとわかる充分な証拠であった。

『何だ? 妙なアドリブだな。大根役者級の棒読みとのギャップを狙っているのか?』

 レナは一瞬頭が真っ白になったが、すぐに疑念を払って現実を受け入れた。足元の斧を再び拾い上げ、ダンを挑む姿勢で振り向いた。

「私は、この不条理な世界を理解したわ。そして理解した上で、あなたに忠告する⋯⋯!」

『ん? 何だこの「テイク」は。娘、お前は一体何を──』

「はだしのダン! バナナで滑って一回休み!!」

『何っ!? ⋯⋯これはっ!!』

 レナの断固たる「宣言」により、ダンのピカピカのエナメル靴と、幾何学模様のセンスの良い靴下が魔法のように脱がされ、裸足になった彼は勢いよくその場に転んだ。


Barefoot Dan! Slip on a banana and take a break for one turn!!


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