小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(50)手を繋いで
Chapter50
レナは目をしっかりと瞑ったまま、頭の中に現れた「ダンの姿」に圧倒されていた。
『娘よ⋯⋯探していた小僧は、見つかったのか?』
レナは息を呑み、その場に凍りついた。ダンの目は冷酷で、彼女を突き刺すように見つめていた。恐怖が彼女の全身を包み込む中で、一瞬後悔の念がよぎった。しかし、隣でレナの手を握りしめるトムの温もりが、恐怖を乗り越える勇気を彼女に与えた。
「私たちは一緒にこれを乗り越える! あなたには負けないわ!」
目を閉じたままのレナはその言葉を力強く発し、トムの手をさらに握りしめた。彼女の決意が精神的なエネルギーとなり、イメージ上でダンに向けて放たれた。彼の目はそれに応じてさらに鋭さを増し、彼女への圧力を一層強めた。
「大丈夫だよ! お姉ちゃんが触っているその鏡には、怖いものは映ってないよ! そのまま絶対に目を開けないで!!」
『ん? 誰の声だ? お前⋯⋯既にあの小僧を見つけ出したのか?』
イメージの中でダンは顎に手をやり、考察のポーズを取った。
「トム! その『赤い布』はあなたが使って! それで全身を包むのよ! 私は自分の創造力で、この悪夢を追い払うわ!」
ダンによって塗り替えられ、鏡に変えられたイメージの中のスクリーンを元に戻そうと、レナは懸命に思い描いた。すると鏡の表面は白く濁りだし、それに伴ってダンの姿も薄く、半透明になりつつあった。
『フン。その子供⋯⋯小僧よ、お前もこの鏡の回廊「狭間の世界」で運よく引っかかっていたか。そして、「絵本世界」で得たAI(芸術的幻影)がここでも発揮できるとは、娘よ⋯⋯お前はやはり優れた「演技力」の持ち主だ』
ただならぬ異変を肌で感じたトムは、レナの指示に従って自分の体を赤い布でくるみ、その場にしゃがみ込んだ。
「池に落ちたのは赤いマントじゃなくて、白いぬいぐるみだったのよ! トムの姿を借りて、私を騙そうとしないで!!」
スーツ姿のトムを見て一瞬安堵したものの、すぐにその感覚が裏切られたことにレナは怒りを隠せず、感情的になりながらダンに向かって叫んだ。
『わからんぞ? そういう世界があったかもしれん。いずれにせよ、お前らがあの池で「溺れた」という事実は存在する。そして⋯⋯』
レナの思念によって形が薄れつつあるダンの右手が、彼女の顎に静かに触れた。彼の目つきは変わらず鋭いが、レナを見るその瞳には以前とは異なる評価と興味が現れていた。
『お前らを彼方へ消し飛ばすつもりだったが、その希少なポテンシャルを失うには惜しい。ゆえに、俺の「ストーリー」を彩り続けるメインキャストとして迎え入れ、このダンに忠誠を誓ってもらおうと決めたのだ。だが、「金色の斧(ゴールデン・アックス)」の存在について、ほんの少しでも知ることは許さん』
ダンの顔がゆっくりとレナに近づく。
『この俺の顔に打ちつけた、あの「大切な斧」をどこへやった? いや、どこへ「隠した」か?』
「し⋯⋯知らないわよ! 私は持ってない⋯⋯!」
レナの声は震えていたが、彼女はダンの迫力に圧倒されながらも、決して屈する様子を見せなかった。彼は瞼を閉じてニヤリと笑い、前屈していた身体をゆっくりと元に戻しながら冷たく言い放った。
『そうか。では「お前らの記憶」をもらった後で、ゆっくりと探すことにしよう。その空っぽになった脳内データに、俺の「物語の設定」を新たに植え付けてやる』
──ダンは指を弾いた──
その動作から発生した鈍い波動は、空間全体を揺るがせた。無限に伸びる通路の鏡が一斉に振動し始め、レナとトムの頭の中には痛烈な鏡の乱反射が突き刺さった。二人は脳が圧迫されるような苦痛を受け、思考が無理やり引きずり出される中で呻き声を上げた。
「う⋯⋯ああ⋯⋯トム⋯⋯!!」
「おね⋯⋯え⋯⋯ちゃん⋯⋯!!」
その時、奇妙な電子音が鳴り響き、何かの信号のようなリズムが辺りに広がった。
──xxxx - Mill - Ema Tenner - xxxx──
『何っ!? このスペルは⋯⋯通信デバイスか!! 小僧、貴様何をしているっ!?』
「今は、僕がっ⋯⋯ヒーローなんだ⋯⋯。レナお姉ちゃんを⋯⋯守⋯⋯る」
「駄目よっ!⋯⋯トム!! 自分を⋯⋯守って⋯⋯お願い!!」
ダンの一瞬の隙を突いたトムと、懸命なレナの想いが事態の流れを変えた。彼女が手に触れていた鏡から優しい光が溢れ出し、共鳴するようにその身体を包み始めた。レナの身体は徐々に鏡の表面に沈み込み、そのまま手を繋いだトムと一緒に鏡の門を潜り抜けていった。
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