小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(11)無我夢中で
Chapter 11
水面が大きく波打った後、金色の斧は再び池の中へと深く沈んでいった。レナは咄嗟の出来事に慌てふためいたが、やがて落ち着きを取り戻した。池のほとりで釣り竿を持ったフォーマルな男性は、驚いた様子で彼女に言った。
「いやいや、君は力持ちなんだね! 片手であの斧をぶん投げちゃうなんて!」
「わかりません⋯⋯無我夢中でしたから。私の手が、金色の斧に吸い付くように、自然と⋯⋯」
両手でかろうじて持てる重さの斧を、右手だけでいとも簡単に池に投げ入れてしまったレナは、自分自身の行動が信じられなかった。火事場の馬鹿力のようなものが実際に存在するのかと、彼女は困惑していた。
「私の幼馴染の男の子が、黒い魔物のような影に襲われてたので、つい⋯⋯」
「僕には何も見えなかったけど、君のその様子を見ると、嘘じゃないみたいだね」
レナには、池の中に怯えたトムの姿がはっきりと見えていた。それはホラー映画の一幕のような緊迫感で、実体のない化け物のような存在と共に映っていた。彼が「絵本」のページを見せられ、それに触れようとしている様子が彼女の心に強く焼き付いていた。
「絵本⋯⋯何で、『触れちゃダメ』なんて言ったんだろう⋯⋯? 私、何かとても大事なことを忘れてしまったのかも⋯⋯」
急な疲労感に襲われたレナは、先ほど男性が釣り上げた金色の斧のことを思い出し、申し訳なさそうに俯き、謝った。
「あの⋯⋯すみませんでした。せっかく釣り上げた斧を、私が⋯⋯」
「ああ、全然問題ないよ! 「斧」には間違いなかったけど、それは僕が探していたものじゃないんだ。それにしても、このAI釣り竿の精度はかなりのものだよ!」
予想外の出来事が重なった事で、レナはこの男性に対する不信感がいくらか和らいでいた。彼の言葉に反応して、ゆっくりと尋ねた。
「そのAIって、「Artificial Intelligence(人工知能)」技術の事ですよね?」
レナはトムが書く小説の内容から、それについての知識をぼんやりと得ていた。彼女の質問に、男性は難しい顔をして答えた。
「ん〜、人工知能って何だい? それは?」
レナは自分が英語の意味を間違えたのかと思い、恥ずかしくなって口ごもった。
「確かに⋯⋯それでもAIの省略にはなってるけど、聞いたことないな? ちょっと違うんだよね」
男性の言葉にレナの好奇心がさらに刺激され、少し追求する気持ちで質問を続けた。
「でも、さっき『検索』してるって言ってませんでしたか?」
「そうだね。でも、これは『Artistic Illusion(芸術的幻影)』と呼ばれる技術で、その略称さ!」
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