見出し画像

焼くパンは4種類。 働くのは週4日。 全てを幸せにするパン屋さん

ワンダラ第1回は、ブーランジェリードリアン店主、田村陽至さんです。ドリアンのシンプルでそぎ落とされたパンと働き方から見えてくる摩訶不思議で明るい世界を皆さんと共有したい思います。

田村さんは自身の著書『捨てないパン屋』の中で、『パン屋は日本のミニチュア』と仰っています。昨今、世の中では働き方が変化しつつあり環境保護への意識も高まり、持続可能な社会に向けての取り組みがより活発になってきています。しかし先進諸国の中で、日本はまだまだ一丸となってスタートをきれてない様にもうかがえます。

日本の様々な課題を反映するパン屋さん。逆を言えばパン屋を変えていくことが世の中を変えていく。そう強く信じる田村さんの生き方働き方は、これからの私たちの大きな指針となってくれると信じています。

【ティーザー1分30秒

【フルバージョン】31分


田村さんとの出会い


動画を観て頂いた方達からよくこう聞かれる。

「ここのパン屋さんどうやって知ったの?」

僕は普段パンを食べることがあまりないので、パンには疎く老舗のパン屋さんも巷に溢れる流行りのパン屋さんの情報にも到底ついていけていない。そんなパン好きでない僕が田村さんとドリアンを知ったきっかけというのは、ちょうど仕事が繁忙期を迎え心身ともにくたびれていた頃、ある本の表紙が目に留まったことだった。

画像2

捨てないパン屋 手を抜くと良い仕事ができる → お客さんが喜ぶ → 自由も増える

当時の心境から大いに好奇心をそそられるコピーだったが、頭の中では半信半疑でもあった。僕がこれまで人生で学び信じてきたことは、、、

手を掛けると良い仕事ができる → お客さんが喜ぶ → お金も増える(多分自由も)

おそらくこれは特に日本人に浸透している誇りある大切な精神であり、この徹底したプロ精神が日本の細やかで丁寧なサービスと、Made In Japanの品質に繋がることを疑う余地はないだろう。

本を読み進めていく中で、自分の思い込みが勘違いだったことを実感するとともに、心の奥底で生き方や働き方に対してずっと抱えてきた、わだかまりの糸のようなものがほどける気持ちの良い感覚を覚えた。そして純粋にこの方に会ってもっといろんな話を聞きたい。お仕事を実際に間近で確かめてみたいとふと思った。そしてそんな思いを伝えるべく田村さんに手紙を送った。

するとすぐ「いいいですよ〜取材しに来てください〜」と気さくな返事が返って来た。こんな見ず知らずの、これといった実績も肩書きもない僕の手紙に快い返事が来たので正直とても嬉しかった。あいにくコロナも脅威を増してきて、スケジュールもなかなか合わなかったが、しばらくの時を経てようやく田村さんにお会いすることができた。


手抜きのパン作り


画像6

田村さんはとても大らかで朗らかだ。いつも和かで微笑んでいる。振る舞いも口調も常にリラックスしていて、笑みの形が表情に刻み込まれているので無感情の状態でも穏やかな印象を受ける。

しかし職人モードに入ると、普段の柔らかい印象とは打って変わってキリッと目つきは変わり真剣な表情に変わる。そのギャップに畏れを感じ気軽に声をかけにくくなるが、その風格と熟練の技を眺めるだけでも惚れ惚れするほどかっこいい。

画像6

そんな田村さんは自身のパン作りを『手抜き』だという。週4日労働で、販売するパンは4種類だけ。焼くパン達には特に具材も入らないので大いに手間は省ける。

しかしその分面倒で時間のかかる薪窯で焼き、普通の小麦粉よりも何倍も高い国産の有機小麦粉を使用し、パンだけでなくその取り巻く人や文化や環境への研究心に溢れ、どうやったら本当に美味しいパンをお客さんに効率的に届け、社会や人々のためなるかを常に真摯に考えている。

僕はどことなく『手抜き=怠ける』という印象があったので、正直目の前でそれを見て『確かに手抜きですね』とは言えなかった。それはおそらくいかに手を抜いていかに美味しく体にいいパンを作るかという田村さんの情熱と工夫が感じられた為かもしれない。

昔は田村さんも手を掛けて多くの種類のパン焼き、休む間もなく働いていたそうだ。心身ともに疲弊しそれでも多くのパンを捨て利益も残らないことに強い違和感を感じていた。そんな中ヨーロッパでの修行時代に目の当たりにしたパン職人達の暮らしや働き方、パンの美味しさに衝撃を受けたという。

それ以降のドリアンで田村さんはあらゆることを減らした。パンの種類を減らし、作業を減らし、焼く回数も減らし、お客さんの層までも減らす。その分最高の材料で、昔ながらのシンプルなパンを、大きな薪窯で焼き、ネット販売で全国のドリアンファンにパンを送り届ける。

それで利益は昔以上らしいが、何よりも作業において分散が集中複雑が単純に変わることでできる精神的、時間的な余裕、それが生み出す仕事と生活のメリハリを側で見ていて強く感じた。朝5時から薪窯の火を起こし、パンを仕込み、焼き、お客様に届けてもう昼すぎには仕事のことは全て忘れて全身全霊ビールをカッと幸せそうに飲み干しているから、その気持ち良さがあまりにも爽快で笑いが出てくるくらいだった。

そしてもう1つ田村さんを見ていて強く感じたこと。それは常に自信を持ってリラックスしているということ。

田村さんはこう話す『いい材料を使って、80点を目指せば良い。何年か後にその80点は100点になっている』それは残り20点を稼ぐために私たちが必要以上の時間と労力を使っているということ。

毎回100点を目指すことはプロとして当然だと私たちは思うかもしれない。もちろん田村さんも十分承知で、自分が思い描く100点満点の完璧なパンが焼きあがったら、嬉しくてきっと自分で取っておきたい程だと思う。しかしここでの真意はおそらく、残り20点の質を捨てるのではなく、残り20点への執着を捨てるということではないだろうか。

100点を取れと言われると誰でも不安になり肩に力が入る。でも80点でいいよ〜と言われれば余分な力が抜け自信も生まれ、実力以上の力を発揮して100点以上が取れるかもしれない。そんな吹っ切れたり執着を手放した時、スッと心や体が軽くなり物事がうまくいく経験は誰にでもあると思う。

つまり完璧なものにしよう、皆に受け入れてもらおう、独自のものにしようという頑張りが時に本質を見失わせ、質よりも量を、良いものよりも凄いものをという意識になり結局働く人もお客さんも知らず知らずプレッシャーとストレスを溜めていくのかもしれない。

あらゆる準備は怠らず環境をしっかり整え、あとは気楽に手抜きする。そんな田村さんの姿を見ていると、まるで最高の墨と紙を整え静寂の中スッと一筆で味のある絵を描いているようにも思えた。田村さんの『手抜き』という言葉には不思議と何かそんな禅のような響が感じられる。


古くて最先端のパン


ドリアンのパンは全てルヴァン種を使用したパン。最近よく天然酵母のパンをいう言葉を耳にするが、それは自家培養の天然酵母のパン種で発酵させたパンということであり、ルヴァンもそのパン種の1つだ。

それは何千年も大昔から世界のあらゆる地域で受け継がれてきたパン作りだそう。ルヴァン種の一部を次の仕込みのルヴァン種の種(種の種)として繋いでいく過程は焼き鳥屋さんのタレやラーメン屋さんのスープの継ぎ足しを連想させる。

画像5

現在のパン作りにおいて一般的に使用されるイースト菌も実は立派な天然酵母であるが、イースト菌だけを使用したパン作りはまだ歴史が浅く、およそ100年ほど前に発酵の原理の解明とともに登場したらしい。(ちなみにイーストとは酵母という意味なので、イースト菌とは特別な酵母の名前ではない)

イースト菌というのは、様々な酵母が存在する天然酵母コミュニティーのなかで、
パン作りに適した酵母だけ選び抜かれ最適な環境で育てられた、言わば最高のパンを効率的に作るための精鋭部隊のようなもの。そんなパン作りエリート集団の卓越し安定した発酵力は多種多様な美味しいパンの大量生産を可能にする。

そのおかげで美味しいイースト菌発酵のパン達は私たちの周りに溢れている。
スーパーやコンビニに行けば、おにぎりよりも多い種類のパンに出会うことができるし、いい香りが漂う街中のパン屋さんに行けば魅惑的なパン達に誘惑され、
欲張りすぎの自分自身に罪悪感を感じながら余分に買ってしまうこともある。

田村さんもイーストのパンの方がパン単体で食べると美味しいと話す。
イースト菌発酵は天然発酵に比べ小麦を分解する乳酸菌が関与しないので、
小麦の味がしっかりと残り、発酵もふっくらとして食感もよくなるらしい。

それではなぜ田村さんはルヴァン種を使ったパン作りにこだわるのか。
ルヴァン種のパンならではの豊かな風味と、日持ちの良さもあるかもしれないが
田村さんの書籍でも語られる「レトロイノベーション」「緩衝力」と言う言葉が大きな意味を持つのではないかと思う。

「レトロイノベーション」というのは直訳すると古い方法で革新するという意味。
温故知新、原点回帰という言葉があるように、ずっと古から受け継がれている伝統や智慧には最先端の技術にも劣らない自然の理や普遍性があり、そんな古の技術を受け継ぎながら、新しい時代にあったシステムを取り入れていくこと取れる。

例えばドリアンで使用される薪窯も手間のかかる原始的にも見える方法だが、
薪窯で焼くパンが、どんなに最新の電気窯やガス窯で焼くパンよりも美味しいということに田村さんは確信を持っている。

またルヴァン種発酵のパンは、先に述べたように発酵に乳酸菌が関与するので小麦を分解する。つまりグルテンをきちんと分解してくれて、消化に良い体に優しいパンになる。実際にグルテンアレルギー の人にドリアンのパンを食べてもらったら平気だったそうだ。

「緩衝力」というのはその名の通り衝突を緩める力。辞書にも「衝突や不和を和らげること」とある。つまりここではパンと一緒に違う何かを食べた時に馴染む力が強いということ。馴染むどころか、双方の旨味が倍増しさらに美味しく感じる現象が起きるのだという。ここでも『乳酸菌』が鍵となり、タンパク質を分解して旨み成分であるアミノ酸を生み出す。そしてそのアミノ酸同士がぶつかり合い『アミノスパーク』つまり旨味の火花が口の中で広がるのだ。

そんなドリアンのパンは流行りのパン屋さんで芸能人が食レポでよく用いる、ふわふわ、もちもち、サクサクといったオノマトペではっきり美味しさを表現できるパンではないかもしれない。しかし奥深さがあり、じわじわとやみつきになる、傍にいないと寂しく思う。そんな一緒に暮らしたい家庭的なパンなのだ。

日本で昔からお米が主食であったように、他の多くの国ではパンが主食であった。
ご飯がどんなに美味しくても、ご飯だけを食べることがないようにパンもおかずありきの食事を楽しむための食べ物だったはず。そう考えるとルヴァンのパンに緩衝力があることに納得がいく。個の力ではなく、あくまでも皆との和を大切にする、そこに田村さんらしさと信念が感じられる。

どちらのパンが優れているとか美味しいとか議論を始めると終わりがないし、結局人の好みになる。ただ勝手に例えてみれば、、、

イースト菌発酵のパンは、短命ながら一人で一世を風靡する華やかな個性派スターのようなもの。スポーツで言えば個人競技で大活躍する人。一方でルヴァン種発酵のパンは、年齢とともに味が出てくる確固たる名脇役のようなもの、スポーツで言えば団体競技でチームをまとめるベテランのキャプテンのようなものだろうか。

もちろんドリアンのパンはパンだけ食べてもやめられない、そんな主役もこなしエースにもなれる美味しさなのだが。

画像5


捨てないパン屋さん


田村さんの著書のタイトルのように『捨てないパン』については触れなかったが
幼い頃から田村さんはパンを捨てることに大きな不満と葛藤を抱かれており、ドリアンを継ぐ前には誰よりも環境問題に取り組まれていたので、なおさら許せない思いがあったはずだ。

先代からパン屋さんを継がれ、最初はがむしゃらに働きながらパンを捨てるのは仕方のないことと思いながらも、一生懸命に麦を栽培されている農家さんのことを思うといたたまれない気持ちだったようだ。

そのことが気になり「パンを捨てないために現在のようなスタイルにしたのですか」と田村さんに伺うと、働き方を見直していくうちに自然に捨てなくなっていったのだという。美味しいパンでみんなを幸せにすることはもちろん、まず自分自身が持続可能であるため、あらゆる執着を捨ててきた田村さん。それが結果パンを捨てないことにつながっている。

食事を豊かにするパン、お客さんの健康と喜び、余裕のある暮らし、食料を無駄にしないこと、その全てのしあわせ(巡り合わせ)を実現させた田村さんの情熱と勇気にただただ感服する。

僕も時々あらゆる選択肢に迷い、様々な不安や恐れに押しつぶされそうになったり、頑張りが空回りすることもある。そんな時は一度立ち止まり、今一番何が大切かを見極め選択し, もう少し肩の力を抜いて生きていこう。そしたらきっと全てうまくいく。田村さんの生き方はそんな大きな希望と勇気を与えてくれた。


おわりに


以上僕なりの視点や見解で書かせていただきましたが、きっと皆様の受け止め方はそれぞれだと思います。さらに深く田村さんの人生と哲学に触れてみたい方はぜひ田村さんの著書「捨てないパン屋」をお読みいただきたいです。

そしてそんな田村さんの人生と情熱が詰まったパン、ぜひご賞味ください。格別です。著書『捨てないパン屋』を読んでいただき、できれば動画も視聴していただいた後なら更に別格なものになるかもしれません^^          https://derien.jp

皆様に元気と幸せを。最後までお読み頂きありがとうございました!


ドリアンの皆様へ

取材を快く受け入れ手厚く迎えていただいた、いつも笑顔で自然体の田村さん。今はドリアンでの研修を終えて、地元群馬で新しいパン屋さんの開店に向け準備をされている大嶋さん。田村さんが心から信頼するスタッフで、ドリアンのパンを1つ1つ心を込めて全国に送られている中村さん。毎日とても美味しい賄いを作ってくれて、先代からドリアンをずっと見守り支えておられる田村さんのお母さん。少ししかお会いできませんでしたが、育児とともに田村さんとドリアンをしっかりサポートされているふみさん。

これからのドリアンがとても楽しみです。本当にありがとうございました!


画像6



これからもっともっとワンダフルな人と世界を紹介していくつもりです!継続できるようサポートいただき心から感謝いたします!