見出し画像

家族留学がコロナでめちゃくちゃ 第2話 憧れから計画へ

前話までのまとめ

第1話までの時点で、豪政府の4段階国境再開計画が予想より早いペースで展開するのではないかという推測や、カンタス航空の就航再開メールに触れた。先月時点ではまだ州首相の中に国境再開に後ろ向きな意見があったり80%の試算根拠が不適切ではないかという指摘があったりして、連邦政府が尻込みして再び掌を反すのではないかと見ることもできた。しかしその後も連邦政府は各種の異論に積極的に再反論し、国境再開を計画通りに進めることを強調、さらには実際に国境再開が一部の州で一か月ほど前倒しされることが発表され、状況は大きく進展している。詳細は「現況アップデート」の欄で記したい。

夫婦の憧れであったオーストラリアへの家族留学は、おぼろげな夢から具体的な計画へと向かって動き始める。

学生ビザかワーホリか

夫は学生ビザで長期留学して修士の学位を取りたい。妻はワーキングホリデービザで動物保護活動に身を投じたい。夫婦で大きな方向性は一致するものの、いざ現実のビザ要件が関わると戦略的に考えるようになってくる。夫婦とも観光ビザでの滞在しかしたことがなかったため、ビザの種類の勉強から始めることになった。

オーストラリアのビザの仕組みを少し調べると、ワーホリビザに家族が付いていくことはできないが、学生ビザに家族が帯同することは可能だという結論に行きつく(もちろん「学生ビザ滞在者の家族」という枠で一人ずつビザの申請は必要だが)。しかも修士学生の家族として入国する場合のほうがワーホリビザより就労条件などの制限が少なく、上限3ヶ月の就学も認められるなど自分たちの希望にかなっていることが分かった。妻がワーホリ可能な年齢でいられる期間も無限ではないので、「夫が修士で留学する→帯同する妻は学生(帯同家族)ビザを受給→その条件内で妻は本来やりたい動物保護活動にまい進する」というデザインができあがった。これならば、二人ともやりたいことができる最良のシナリオだ。

ちなみにワーホリビザはあくまで手段であって、決して「ワーホリがやりたい」わけではなかったので(というかワーホリするって何することがワーホリ?)、ここで「妻がワーホリビザを取得する」というクエストは終了し、「夫の学生ビザで夫婦そろって夢を叶える」コースに一本化となった。

じっくり大学選び

妻が勉強したいという動物保護施設の所在地や動物の生息地、それから数度の渡豪で知り合った人々との距離といった要因から、ニューサウスウェールズ州を中心に大学を調べ始めた。夫は夫で、何でもいいから修士号が欲しいわけではなく、教育修士にそれなりのこだわりを持っていた(前話で述べたIELTSの点数という要素も大きい)。オーストラリアの教員養成課程は近年改革されたばかりらしかった。かつては日本の教員免許を持っていれば切り替えができただとか、ちょっと追加で大学の単位を取ればオーストラリアで教鞭が取れたとか、本当かウソか分からないいろいろな話が耳に入ってきたのだが、私たちが調べ始めた時点がどうも変更の過渡期だったらしい。この制度変更によって、外国人(大卒)がオーストラリアの教員資格を取ろうとするならば多くの場合2年間の教育修士課程(Master of Teaching)を必ず履修せねばならないことになった(ただし外国の教員免許保持者の雇用そのものは州教育庁の裁量)。

画像1
AITSLの修士課程検索画面

写真はAITSLの検索システムだ。AITSLは教育制度が州ごとバラバラだったのを改革するにあたって設置された機関だとどこかで聞いたが、ここでは正規の教員養成課程を開講している大学を横断的に検索できる。オーストラリアが好きと言っても、実際に足を運んだことがあるのはごく一部。検索結果に出る地名はほとんど知らない場所ばかりで、地図で確認したりウェブサイトを眺めたりしながら様々な大学の情報を仕入れていった。

画像2
オーストラリアの教育修士課程を調べ始めた頃のノート

こちらの写真はオーストラリアの大学について調べ始めた頃のノートだ。夫婦で現地留学という方向が固まる以前は、仕事の傍ら日本からオンラインで修士の勉強をして、教育実習だけ有給のまとめ取りでなんとか参加できないか、といったことを考えていたこともあった。オーストラリアの教育実習は最低45日(9週間)らしいのだが、調べる大学はことごとく60日(12週間、どうやらデファクトスタンダード?)で、80日(16週間)実施する大学さえある。これが二年間の修士プログラムの中で2~4回に分散するとはいえ、どんなに贅沢に有給を使えてもこなしきれる日数ではない。日本の教育実習の感覚でちょっとなめていたことを反省した(日本は中高免許で3~4週間)。しかし、この情報収集を通じて各大学の特色や留学生へのオープン度、カリキュラムのレベルなどが次第に分かってきた。高校生のときのいい加減な大学選びと大違いの真剣さで調べ上げている自分に、自分でも驚いた。

大使館が主催するオーストラリア留学フェアにも夫婦で出かけてみた。そこでNSW州担当のある留学エージェントの方から比較的新しい仕組みであるMaster of Teachingというコースについて非常に基本的なことを二つ教わった。それは、すべての大学でIELTSの「Speaking 8.0 / Listening 8.0 / Reading 7.0 / Writing 7.0」というスコアが入学基準になっているということ(後に例外が判明する)と、二つの授業担当科目を持たなければならないということだ。前話で触れた知人もこの厳しいIELTS基準をクリアして留学に羽ばたいた。教育系修士を目指すならどうしても越えなければならないハードルの高さを再確認することになった。

また授業科目を複数持つというシステムについて、教員不足に起因する側面もあるようだが、同時に教師に求めるものが何なのかという話でもあるらしいことが分かってきた。科目を二つ担当できるというのは日本だと良くて多才な先生、悪くすると専門外のことを教えて大丈夫なのかと考えてしまう。「教師たるもの揺るぎない教科知識こそがメインで、教え方の良し悪しは(良いに越したことはないけど)オマケかな」という感覚だと、この結論になる。一方オーストラリアでは、教育科学に裏付けられた教授法の知識とスキルこそが教師たる根幹と教えられている。最良の教え方学び方を導き出す力を持った教師がハードウェアで、教科知識のほうがソフトウェアと例えると近いだろうか。だから教師が「二流の〇〇(翻訳家、物理学者、画家、アスリート、国文学者、etc ...)」ではなく替えのきかない専門職と考えられているし、それゆえ担当教科は「せめて二つくらいは」という感覚になるようだ。ちなみに世界中の教育制度を知っているわけでもなんでもないが、フィンランドの学校を訪問した際も二つや三つの教科を受け持っている先生が多いことを見てきた。

この留学エージェントの方にはキャンベラ大学のことをお伺いしたのだが、そのときは残念ながらそもそもキャンベラ大学にはMaster of Teachingはないという返答だった(2018年当時・現在は異なる)。ご自身はクイーンズランド工科大学(QUT)への留学経験者で、まさにオーストラリアの教員資格を取得され、その上で留学エージェントでのお仕事をされていた。この方は「英語以外の言語」Languages Other Than English (LOTE)と「第二言語としての英語」Teaching English to Speakers of Other Languages (TESOL)という「2科目」でコースを修了したが、これはどちらも言語であるという点で通常認められず、QUTのみがこのパターンを認めてくれたということらしかった。

画像3
オーストラリア留学フェアで伺った話のメモ

一般的に言語+言語はイレギュラーとして認めない大学が多く、そのような場合は例えば文系ならStudies of Society and Environment (SOSE)という社会科に当たる教科とLOTEという組み合わせがあると教えてくださった。担当教科の組み合わせという点についても、自分の学部の学位や学習内容と大学院のプログラムとの相性が問題となってくることが分かった。そもそも自分の学士号のタイトルが何だったかうろ覚えなのだ。母校へ郵便で単位修得記録の発行を願い出て、どの大学なら日本語に加えてSOSEなどの「2科目目」を認められそうか突き合わせる作業というのも必要になってきた。

数ヶ月かけ、学費や地域、そもそも留学生が履修可能かなどさまざまな要因を調べ上げた。最終的には、NSW州のニューイングランド大学ニューカッスル大学ウーロンゴン大学、ACTのキャンベラ大学(その後Master of Teachingが新規開設された)などを含むいくつかの候補を挙げたお手製「希望進学先リスト」が完成した。ネタばらしをすると結局最終的には上に挙げたどの大学にも入学しなかったのだが、ここで徹底的に大学を調べたことが、後にコロナ禍で素早く意思決定せねばならない局面で響いてくることになった。

ちなみにオーストラリア留学フェアで相談した以外は、いわゆる留学エージェントに登録してどの大学がいいか紹介や斡旋をしてもらうということはしなかった。自力で調べ上げるプロセス自体が大いに勉強になったし、英語力的にもリサーチ力的にもこれを自分でできなければ留学自体無理だろうという考えだった。何より自分で選んだ大学だという確信が持てる。振り返ると仕事と並行してよくここまで下調べしたものだと思う。エージェントを通さないことには大きなデメリットもあることが後で分かったのだが、その話を書くのはまだ先だろう。その前に次回は、いよいよIELTSへの挑戦について記すことができそうだ。

現況アップデート(※10/15追記あり)

※このセクションは10/15の「NSW隔離廃止」発表前に執筆した内容です。10/15の報道については別途追記を設けてあります。

12月のカンタス航空のチケットが購入可能になっていたため、家族分を買ってしまった(!)。(いつも甘口で実態が伴ったことがない政府発表(Scollipop)を信用してよいのか? 実際に時期が迫ったら「学生の入国は2023年」などと言い出すのでは?)……現実には12月には行けないかもしれないが、ゲン担ぎのようなものだ。今からUKやカナダへ留学先を変えられる新規留学生と違って、こちらはオーストラリアへどうしてもいずれ行かねばならない。そんな中カンタスでは売っているのだから、クリックしない手はない。2022年いっぱいは無料で変更できるというのだしこれで構わない。

今月初旬は「ついにあのオーストラリアが国境再開」という国際ニュースが豪州以外のメディアからもよく聞こえてきた。80%に達した州から「外国人旅行客を受け入れ始める」という軽い論調の記事もあるが、これはさすがに大雑把が過ぎて誤報のきらいがある。実際にはワクチン接種済みのオーストラリア国民永住者の「出国」が解禁され、「入国」の上限も撤廃されるという動きだ。同時に、現在NSW州で実験されている、入国後の隔離義務の緩和策も適用される見通しという。

10月1日の内閣発表(Media Release)では、TGA承認ワクチン接種者の入国後隔離義務が7日間の自宅隔離に簡易化されること(従来は数十万円相当を自費負担して指定のホテルで2週間隔離)、ワクチン未接種者の帰国上限も半減以前の水準まで戻ること、接種済み豪州人対象のコロナ関連の渡航制限が撤廃され渡航先の条件次第で自由に旅行できるようになることと、そうした動きが11月には開始されることを期待するといった内容が綴られている。各種メディアで「豪州人の海外旅行再開」と報じられている直接の根拠となる動きだ。一方で外国人の再入国に関しては「安全な時期が来たらNZを含む数か国との隔離不要の渡航に向けて進めていく」「私たちの国を訪れようとする海外のワクチン接種完了者に対して不必要な障害を課すことをせずに国民の安全も保障する。」といった文言がみられる。まだ具体的なことを発表できる段階にないが、宿題を忘れたわけではないとアピールしているようだ。

10月1日には内閣声明(Media Statement)でも10月末までに豪州人向けワクチン接種証明アプリが提供されることや、中国製シノバックやインド製コビシールドが入国条件のワクチンとして追加で認められることが発表された。これらのワクチンは豪州内での接種には用いられないが、海外の残留オーストラリア人が中国やインドでワクチン接種を受けていたとしても再入国の妨げにならないようにという措置だという。さらに、先々これらの国々からの留学生が入国を認められるようになるという点も明言している。

すべての根拠となっている8月6日発表4段階再開プランのPhase C(80%接種完了のステージ)には「国民の海外渡航制限撤廃」とあり、この点については計画通り以上の進展を見せている。全国一斉に80%を達成するのを待たずNSW州民が先行して出国を認められるのは柔軟な運用の例だろう。

しかし、同じくPhase Cには「学生・経済・人道ビザの入国上限を緩和(Allow increased capped entry of student, economic, and humanitarian visa holders)」「シンガポール・太平洋地域の渡航制限なしのトラベルバブルの拡大(Extend travel bubble for unrestricted travel to new candidate countries (Singapore, Pacific))」ともある。特に前者については、そもそもPhase A(<70%接種完了)時点で商用フライトによる学生ビザ等保持者の試験的入国が開始され、Phase B(70%接種完了)で人数制限付きながら入国再開となるはずだ。NSWが12月に2週間で250人ずつの学生入国開始と報道されているが、これは留学生再入国のパイロットプログラムという位置づけであり、Phase AないしPhase Bでとっくに実施されているべきレベルの措置だ。

同日のモリソン首相の記者会見では国境再開について様々な質疑が飛び交ったが、その中で「いくつかの州で、特にNSWとのやりとりで来年起こることになろうと思うが、留学生や専門職移住者が入国する段階でこれらのワクチン(中国製やインド製)が認証を受けていることが重要になる」という発言をしている。豪政府の「来年」は2022年1月や2月を指すわけではなさそうに聞こえるのが残念なところなのだが、一方でどうせ遅かれ早かれ国境開放するなら2~3月の新規入学シーズンを逸してこれ以上留学生にそっぽを向かれたくないという思惑は間違いなくあるだろう。今後ナショナルプランがどう達成され実行されるのか注視したい。

追記:10月15日ペロテー氏(暴走?)発表について

画像4
ペロテー州首相会見に次いでモリソン首相会見のリアルタイムメモ

画像:モリソン首相の会見をリアルタイムで聞いて大急ぎで取ったメモ。やはり留学生はまだ待てという残念な内容だった。

この記事を書き上げてまさに投稿しようとしていた10月15日にまた大きな動きがあった。初報は最近ベレジクリアンに代わって就任したペロテー州首相の発表で「NSWへの入国についてはPCR検査と接種証明を条件に隔離廃止」という大胆な措置だった。国民や永住者に加えてinternational visitorsやtourism industryという言葉をわざわざ使い、観光客がドンと戻って小規模事業者が救われるという内容の話しぶりから、11月1日付で外国人の入国再開に梶を切ったものと受け取れる会見だった。11月には渡航できるかもしれないという期待が一瞬だけ大いに膨らんだ。

しかしながらモリソン首相はたった数時間後にこれを打ち消す記者会見を行う(迂闊なことを言った教頭の火消しに駆り出される校長みたいだった)。隔離廃止という決定自体は賞賛しつつも、観光ビザやビジネスビザで入国できるかできないか決めるのはあくまで連邦政府とし、まず国民・永住者、次に専門職移住者・留学生、最後に観光客という従来の優先順位は変わらないと釘を刺した。ではその留学生の入国はいつなのかということについては、相変わらずタイムラインを明言しなかった。

ただ、これで海外残留オーストラリア人の帰国は大きく前進するだろう。航空券はまともな値段で売られ始め、帰国後の最大の足かせであった2週間の自腹ホテル隔離義務は「7日間自宅隔離」実験すらすっ飛ばして一気に廃止となった。留学生を締め出す最大の口実が「帰国できずにいる国民が優先」だったのだから(自分で見捨てておいて何を白々しい……)、留学生にとっても間接的に良い知らせではある。モリソン首相は会見で、NSWの隔離廃止措置ではいずれ留学生が入国するときにも同じく隔離不要と言及しており、記者会見での口頭での言及とはいえ「国民のみ特別」ではないことが確認されている。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?