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Windows365が一部で誤解されている模様

8月スタートが予告されていたWindows365のサービスが始まりました。ただ、一部で色々誤解されている様なので、少し書いてみます。
って、書いていたらだいぶ長くなりました。暇つぶしにどうぞ。
要は普段使いの環境をネットの先に用意して、どこからでも操作できる様にするのがWindows365です。

Windows365はクラウドPC、iPadで動くわけではありません

わかる人から見れば何を当たり前なことを言っているんだという話ですが、何か勘違いしている方も多い様です。その際たるものがこちら。

当該記事の冒頭は以下の様に始まります。

米マイクロソフトが2021年8月2日、パソコンOSで最もシェアが高い「ウィンドウズ」をクラウドサービスで、アップルのタブレット端末「iPad」シリーズ向けに提供した。これは米アップルにとって大きな痛手となる。

なんでアップルに痛手になるのかがよく分かりませんが、ここまではまあ、事実なので良いでしょう。強いて言えば、別にiPadを特にターゲットとして提供しているサービスではないです、ということくらいでしょうか。ブラウザ経由でサービスを受けることができて、デバイスを問わないことが売りなので、この書きっぷりはおかしいです。自分なら「アップルのタブレット端末『iPad』シリーズでも利用できる」と書きます。

実はこの記事はWindows365の紹介を目的としているのではなく、iPadでMacOSが動かないことを批判するために、ライバルのマイクロソフトがiPadで動くWindowsを提供してきたのに、アップルはMacと同じApple Silliconを使っているiPadに何でMacOSを提供しないのだ、という批判記事です。

macOSの最新版「Big Sur」はM1向けに最適化されている。つまり、MacシリーズのアーキテクチャーをiPadやiPhoneに「寄せてきた」わけだ。M1とBig Surを搭載した新型Macシリーズでは、iPadのアプリが稼働する。しかし、Macシリーズと同等の機能を持つ最新の「iPad Pro」では十分に動くはずのmacOSは解禁されていない。

この部分、特に2つ目の3つ目のセンテンスからしてM1搭載のiPad ProでMacOSが動かないことを嘆いていることがわかります。

その間隙を突くように、マイクロソフトがiPadでも利用できるクラウドサービスの「ウィンドウズ 365」を投入したのだ。企業向けのサービスで、アップルの法人需要を取り込もうすとする意欲が見て取れる。

そして、何やらWindows365がアップルの法人需要を奪うための戦略的なものかのような記述が出てきます。断っておきますが、Windows365はどんなデバイスでもブラウザ経由でWindowsを使えるのが売りのサービスであって、特にiPadをターゲットとしたものではありません。
そもそも、アップルの法人需要なんてニッチなものをマイクロソフトが狙ってどうするのでしょう。アップルが世界の中心に見える方にはその辺りの現実が見えない様です。

そして、徹底的に誤解してそうなのが以下の一文です。

アップルとしてはiPadで「他社のウインドウズは使えるが、自社のmacOSは使えない」という状況を長引かせるわけにはいかないだろう。近いうちにiPadシリーズでの「macOS解禁」に踏み切るはずだ。ハードの互換性には問題がないのだから。

えーと、クラウドサービスにハードの互換性とか関係あるのでしょうか?もしかして、iPadの中でWindowsが動くと思ってます?例えば、MacでParallels DesktopとかWineでWindowsアプリを動かす様に。

なお、Windows365の様なワンストップのサービスではないですが、似た様なことはMacとiPadでも可能です。アマゾンのクラウドサービスでMac miniを使えるサービスがあるので、そちらにVNCサーバを入れてiPadでVNC Viewerを動かせば、Windows365と似た様なことができます。

そういう意味ではアップルがマイクロソフトと同じようにクラウドのMacのサービスを提供し、リモート接続するようなアプリをiPadに提供すれば、アップル版Windows365(Mac365?)は可能です。アップルがやる気を出すかは知りませんけど。でも、それはiPadでMacOSを動かすことではありません。

この記事が典型的な誤解ですが、他にもParallelsに比べてメモリ消費が少ないといったレポートを見かけたりしました。うーん、そりゃMacで直接Windowsを動かすParallelsと、単にネットの向こうにあるWindowsの画面を表示しているだけのWindows365では、後者の方がメモリ消費が少ないのは当たり前です。こちらもiPadでWindowsが直接動いていると誤解しているのではないかと心配になります。

そもそもWindows365とは

日本語の公式サイトは以下になります。個人向けサービスも検討しているとのことでしたが、今のところ法人向けだけの様です。

サイトの冒頭に以下のように思いっきり書いてあり、誤解しようがないはずなのですが、おそらく、ちゃんとサイトを見ていないのでしょう。

Windows でお使いのアプリ、コンテンツ、設定を Microsoft クラウドからどのデバイスにも、Windows 365 Cloud PC で安全にストリーミングします。

スクロールしていくと「あなたのWindowsはクラウドにあります」と大きく書いてあります。とはいえ、では具体的にはどんなものなのか分かりにくいとは思います。

例えばクラウドストレージ(オンラインストレージ)というものはだいぶ身近になったと思います。
スマホで写真を撮ると、それがiCloudとかGoogle PhotoとかAmazon Photoとかに自動的にアップロードされて、写真を撮ったスマホ以外のタブレットやWindows、Mac等からその写真を見ることができます。撮った写真をスマホから削除しても、iCloudとかにある写真は消えないので、スマホの容量を節約することもできます。

これが何かというと以下の様なイメージで説明できます。上に雲の絵がありますがiCloudならアップル、Googleフォトならグーグルのデータセンターがこの雲の中にあります。そこにスマホで撮った写真が保存される様になっているので、ネットに繋がっていればパソコンでもタブレットでも、同じ写真を見ることができる様になっています。

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これをクラウドにあるファイル置き場(ストレージ)なので、クラウドストレージと呼びます。

同じように、クラウドの先にあるPCがクラウドPCになります。パソコン自体はマイクロソフト社の中にあり、そこにいろいろなデバイスから接続して操作するのがWindows365です。

イメージとしてはゲーム配信動画を思い浮かべてください。視聴者は配信者のPCで動くゲームをストリーミング配信で見ていますが、そのPCは配信者のところにあり、配信者が操作しています。Windows365ではサービス提供者であるマイクロソフトが用意したPCをiPadをはじめとした各種のデバイスで遠隔操作します。ゲーム配信は1台のPCを多数の視聴者が見るもので、Windows365はマイクロソフトにある自分用のWindowsを遠隔操作するという違いはありますが、どちらも手元にはないWindowsの画面を動画で見ているというのは同じになります。

同様のサービスは昔からあった

このようなネットワークの先にあるWindowsを手元にあるかのように操作するサービス、というものは昔からありました。その手のサービスの紹介ページに行くと必ず出てくるのがFXとか株の自動取引です。あと最近だと暗号資産のマイニングでしょうか。

これらは24時間365日動かしっぱなしにして、その間、黙々とパソコンが作業を行なっています。それを自宅のパソコンでやっても良いのですが、電気代がかかります。また、自宅で長時間動かしていたパソコンによる小火、火災なんてのも一定数起きています。ずっと家に誰かがいるのであれば良いですが、不在の場合に万が一出火すれば全焼とか近所にも延焼なんてこともあり得ます。パソコンの長時間稼働というのはそういう危険もあるものです。

これをネットワークの先にすれば利用料がかかる代わりに、電気代はかからず、手元にPCを用意する必要もなく、長時間稼働が前提の機器をきちんとしたデータセンターで動かしているのだから自宅で動かすより安全です。

その様なわけで、10年以上(20年近く?)前からネットの向こうにあるWindowsパソコンを遠隔利用できるサービスはありました。Windows365も同様のサービスになります。

最近では、お高いゲーミングパソコンを手元に用意する代わりにネットの向こうにあるゲーミングパソコンを遠隔利用するサービスもあります。こちらもタブレットとかで利用できます。iPadでも利用できたはずです。

Windows365はどう使うのか

もっとも、Windows365が目指すのはそういう24時間365日稼働するWindowsの提供とは少々違います。

公式ページの謳い文句を見ると以下の様な文章が並んでいます。
※太字はこちらで強調のために付けています

Windows 365 は、クラウドのパワーとセキュリティに PC の汎用性とシンプルさを組み合わせたソリューションです。契約業者とインターンからソフトウェア開発者と工業デザイナーまで、Windows 365 なら多様な新しい働き方のシナリオが実現します。

セットアップとスケーリングが簡単にできる Cloud PC は使う人のニーズを満たし、ハイブリッドな働き方を安全にサポートします。

前回終了したところから、どのデバイスでも再開でき、仕事とコラボレーションの新しい機会を開きます。

これを見るとわかるかと思いますが、新しい働き方とかハイブリッドな働き方、新しい機会というワードが散りばめられており、そこを狙っているとわかります。

ではこの新しい働き方とは何か。これはテレワークとかリモートワークといったものが関係しています。

例えば自宅で作業したい、例えば打ち合わせで他社に出向きたい。そういう時にパソコンを持っていって作業したりプレゼンしたりはよくあります。プレゼンだけでなく、行った先の人と共同で作業したりということもあるでしょう。
この時、オンラインストレージにデータがあれば、いちいち持っていくパソコンにデータをコピーしたりする必要がありません。コピーしたりするのが面倒だから普段使っているパソコンを持ち出すという方法もありますが、盗難や紛失の危険があるのであまりお勧めできません。

ただ、データはコピーして持っていったとして、そのデータを見たり編集したり動かしたりするのに専用のアプリが必要な場合はどうしましょう。アプリのライセンスがインストール先の台数に関係ないのであればインストールしておけば良いですが、世の中のアプリは1ユーザが1台しかインストールできないというものも多いです。
また、アップデートのたびにインストールした全てのパソコンでアップデートするのも手間がかかります。そこを放置していて、いざというときにアプリが古くて動かなかったりしたら目も当てられません。

そんなわけで、パソコン(物理)を持ち出したくないが、パソコンの中身を持ち出したいことはよくあります。そんなわけで会社のパソコンの電源を入れっぱなしにして、持ち出し用のパソコンから遠隔操作するということもよくあります。
ただ、その場合、直行直帰の場合には誰かに会社のパソコンの起動、終了をしてもらったりとか、場合によってはずっと起動しっぱなしにしたりすることになり、上のような火災の危険性もあります。火災は言い過ぎとしても、停電や電源の点検で電源を切る必要があるケースもあるし、規則で机上のパソコンの電源を入れっぱなしにすることを禁止しているケースもあるでしょう。誰かが気を利かせて電源を落としたり、あるいは電源ケーブルが抜けてしまうことだってあります。

そんなわけで、普段使いのパソコン環境をクラウド上に置くことで、いつでもどこでも盗難とか紛失の危険なく利用できる様にしよう、というのがWindows365になります。

この手のサービスはグーグルとかマイクロソフトとかアマゾンとかでも提供していますが、従来は色々とサービスを組み合わせたり、利用設定にある程度専門知識が必要でした。その敷居をぐっと下げたのがWindows365になります。

誰が使うものか

というわけで、自宅や職場どこでも良いですが、1箇所でしかパソコンを使わない人にはあまり関係ないサービスになります。もちろん、Windows365を利用すること自体は問題ありません。仮に手元のデバイスが壊れても、別のデバイスを用意すれば、今まで通りに「普段使いの環境」を利用できるというのも一つのメリットです。
ただ、手元にないという部分で色々デメリットもあります。

例えばパソコンで音楽データを管理していて、デジタルプレイヤーに転送して聴くなんてことがあります。しかし、USBで直接接続して転送するタイプのプレイヤーは、手元にパソコンはないので使えません。
もっとも、最近は音楽もストリーミングで聴くのが当たり前なのでそれ自体は問題にならないかもしれません。ただ、パソコンもデータも手元にはないので、データを参照するには全てネットが必要だというのは注意が必要です。全てのデバイスがネットにつながっていれば問題ないですが、ネットにつながっていないデバイスにデータを転送するには、一旦どこかにダウンロードして、そこにそのデバイスを接続して転送するといった面倒が発生します。
もちろん、データ漏洩の危険もあります。今時どこの企業もセキュリティには気を遣っていますが、流出事故、漏洩事故が絶対ないとは言えません。

また、一部のアプリが動かないというのもデメリットです。ネットワークの向こうのパソコンは、実際にユーザの数だけのパソコンが並んでいるわけではありません。専用の高性能なパソコンの中に何人分かのユーザのパソコン環境が動いています。その仕組み上、AndroidエミュレータとかVirtual BoxとかDockerみたいな仮想環境を提供するアプリは動きません。

何人かでシェアしているので、手元のパソコンならその性能を100%活用できますが、ネットの向こうのパソコンのパフォーマンスは保証されません。もちろん、誰か特定のユーザだけで処理が一杯一杯にならないように制御されているはずですが、逆に言えば100%を使い切ることはできません。

以上の様なわけで、個人用サービスも検討されているらしいとはいえ、個人で使う需要があるのかというと微妙なところもあります。1年サービス利用料を払えば、同等程度のパソコンを買うこともできるものですし。
24時間365日動かしたいとか、パソコンを実際に持ち出さずにあちこちで同じ環境に繋いで作業したいといった少々ニッチと思われる必要性がないとあまり意味がありません。

一方で法人向けとしては、本当に大規模なところは別サービスで同じことができるしコストメリットもそちらの方がありそうなので、中小企業のテレワーク環境構築を手軽に構築といったところを狙っているのではないかと思います。Officeが標準でついてくるあたりもその辺りを狙っているのかと。このサービスを利用を検討する様な大企業は、すでにMicrosoft365くらい使っていると思われるので、そうするとOfficeの分が重複投資になります。

気になるのは、RPAをWindows365で利用することの可否です。Officeも標準でついているのでRPA端末として使うにはちょうど良いですが、ライセンス的にどうなのか。マイクロソフトのことだから人の利用しか許諾しない可能性は高そうですけど。

まとめ

Windows365は普段使いの環境をネットの先に用意して、どこからでも操作できる様にするものです。iPadやAndroid、MacでWindowsを動かすわけではなく、あくまでネットの先のWindowsを遠隔操作するものです。

個人向けサービスも検討していると当初は言っていたはずですが、現状は法人向けのみです。また、個人利用のニーズが正直微妙と感じます。

法人向けでも大企業は別のサービスをすでに利用しており、どちらかというとIT専門部門がない中小企業向けに感じます。

24時間365日つけっぱなしにする必要があるWindows環境が必要(特にOfficeのデスクトップアプリが必要)であれば、安全面から検討してみるのはありかと思います。(セキュリティとかではなくて、出火や盗難といった物理的な安全面で)


拙い記事でございますが、サポートしてもよいよという方はよろしくお願いします。著者のやる気アップにつながります。