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【小説】冬の魔術師と草原竜の秘宝 ⑱

第18話 ほんの少しの休息

 ウィルは『空っ風とホイルスの旅籠』に戻ってくると、マントも脱がないままベッドに倒れこんだ。
 起きると既に日は昇りきって、時刻は昼の十二時を回っていた。マントのおかげでなんとか風邪はひかずに済んだようだ。横を見ると、カナリアと目があった。

「おっ、起きたか!? おはよう!」

 第一声が耳をつんざいた。
 死んだような目で見返す。

「……お前は、いつ帰ってきたんだ?」
「それは知らないけど、オレが寝た時はまだ帰ってなかったぞ?」
「……」

 ということは、カナリアが既に帰っている事すら気付かないままベッドに倒れ込んだらしい。周囲の状況に気が付かないのは手落ちだ。起き上がって髪の毛を整えようとして、結んだまま眠っていたことを思い出した。マントを外し、適当に丸めてベッドに置く。ジャケットを脱いでタイを緩めると、明るい日差しの差し込む窓を眩しげに見た。頭を掻き、のろのろと立ち上がった。

「……シャワー浴びてくる」

 早く顔を洗って気を引き締めたかった。
 戻ってくると、ようやく目も覚めて頭も働くようになってきた。
 ベッドでだらだらと暇を持て余していたカナリアが飛び起きながら尋ねる。

「もう朝ご飯の時間過ぎてんだけど、どうする?」
「時間的には昼飯だろ……。この宿のレストランは?」
「夕方の六時からだって」
 ウィルは気怠げに窓の外へ視線を向ける。
「仕方ねぇな、外に何か食いに行くか」
「じゃあ屋台のぐるぐるソーセージ食っていい?」
「もっとまともな物を食わせてくれ……というかそれぐらい勝手に食え」

 とにもかくにも二人は出かけることにした。適当に入った店でサンドイッチを口にしながら、ウィルはそれとなく聞いた。

「初バイトはどうだった」
「楽しかったぞ!」
「……おう、そりゃ良かったな。聞きたいのはそこじゃない……」
「あそこさあ、中と外で印象が全然違うな」

 それにはウィルも同意する。食糧を生み出すなどというから、ある程度常識的な――エネルギー源を使って畑を耕すとか――もっと想像にもつかないようなやり方かの想像はしていた。だがそれよりも管やコードの印象が強い。そうした人工物で、何かを支えているようでもある。魔法使いが作り上げた竜の秘宝とやらはそんなに不安定な物体なのだろうか。

「そっちは?」
「肝心の所にはたどり着けなかった。記者が邪魔したせいでな」
「あのヘイウッドって姉ちゃん? また居たのかぁ。結構しつこいなあ」
「そんなもんだろ、記者なんて」
「それもそうだな」

 コップの水を飲み干すと、ウィルはちらりと横を見た。店員がテラス席に他の客を誘導している。その隙を見計らい、コーヒーを頼んだ。
 店員が行ってしまってから、カナリアは視線を戻した。

「で、どうするんだ?」
「十九日の夜まで待つ。それまでは待機だ」
「なんかその、迎えに来るってやつ? ……って、それでいいのか?」
「それでいいんだよ」

 しばらくするとコーヒーが運ばれてきた。砂糖とミルクを入れ、少し冷ましてから一口飲む。ようやく一息ついた。

「準備はしておけよ」
「おう」

 それから夕方まで二人は買い物を済ませて、夜は『空っ風とホイルスの旅籠』に戻った。一階のレストランで食事をとった後は、部屋に戻って買っておいた新聞に目を通した。
 草原新聞では『最後の魔法使いララウバ』の連載がいよいよ明日から始まるとあおり立てていた。本物の魔法使いの話題に対抗したのか、キラカ・ペチカが文壇デビューした最初の作品の冒頭まで載せる有様だった。許可は取ったのだろうかと疑問に思う。
 ついでに買った他の新聞にも目を通してみると、魔法使いについてあれやこれやと真偽不明の話が載せられていた。中には、発見された魔法使いは五メートルもある大男だったとか、口から炎を吹いたとか、列車を助けた後跡形も無く消えてしまったとまで書き立てる記事があった。これは果たして俺の事なのか、とウィルも思わず鼻で笑ってしまったが、これはこれでありがたい。例え本物の証言があったとしても隠されてしまうだろうから。
 しかしその肝心のドラゴニカ・エクスプレス新聞では、魔法使いの続報は無かった。キラカ・ペチカとの密会の情報も無ければ、アンシー・ウーフェンへ忍び込んだという情報も無かった。ひとまずヘイウッドは約束を守ってくれたらしい。
 新聞のほうはひとまず気にしなくて良さそうだった。

 翌日も、ウィルはほとんど体力の温存に一日を使った。
 カナリアから見れば昼過ぎまでだらだらと自堕落に過ごしていたように見えたが、カナリアもほとんど同じような状況だったので何も言わなかった。
 昨日済ませた買い物はほとんど荷物の中に詰め込み、ゴミはゴミ箱へ突っ込んだ。まるで宿を出ていくように片付けると、今日までの宿代を計算して、それよりも多い硬貨を用意しておいた。

「釣りは要らねぇ、って一度はやってみたいやつだよな」
「オレがやっていい?」
「どうするかなぁ」

 軽く袋を振ると、硬貨の音がした。
 それから再び仮眠という名目でベッドに潜り込み、結局起きてきたのは夜の八時をまわった頃だった。
 シャワーを浴びてから着替えを済ませ、タイを締めてジャケットに袖を通す。マントを羽織った頃には先ほどまでの自堕落な姿はすっかり消えていた。
 カナリアはその姿を見ながら、首をかしげる。

「待ち合わせの時間って、確か十時だったよな?」
「多分、それより前に電話が掛かってくると思うぞ」
「電話って、新人作家から?」
「いや。たぶん、駅長あたりから」
「えっ」

 その予言通り、九時二十分を過ぎたくらいに宿の電話がけたたましく鳴った。本来は客の側からしかかけることの無い電話は、やけにうるさかった。
 カナリアが飛び上がった。出ると、フロントからだった。困惑気味の声が伝える。

『あの、駅長殿がすぐにお二人に駅まで来てほしいと……』

 カナリアは濃紺色のマントを翻し、ベッドから立ち上がった男を見た。

「ほらな」

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