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【小説】冬の魔術師と草原竜の秘宝 ⑫

第12話 新人作家キラカ・ペチカ

「電話の方はどうだ?」
「ぜんぜん駄目だ」
「そうか……」

 シラユキとは相変わらず繋がらなかった。
 二人は街で必要な買い物を終えたあと、『空っ風とホイルスの旅籠』にまで戻ってきた。もう一度電話を試してみていたが、結果は同じだった。

「……こればかりは仕方が無いな」
 カナリアが受話器を置き、自分のベッドに戻って座る。
「しかし、こんなに繋がらないのも久々だな。誰かと電話してんのかなー」
「誰とだよ」
「わかんねぇじゃん。ほら、トイレ入ってるとか風呂入ってるとかもあるし」

 もはやどこから突っ込めばいいのかわからない。
 超自然的な方法での会話に、そんな物理的な理由付けをされても困る。

「で、どうしよう。これから?」
「……ひとまず、アンシー・ウーフェンの巨樹を見に行く」
「おお」

 カナリアは返事をして、少し止まってから続ける。

「じゃあ駅長に言えば良かったんじゃないか? オレたちにならたぶん見せてくれるだろ」
「駅長に任せると、本当の意味では見せてくれない可能性があるからな」
「じゃあどうするんだ? 観光ルートとかあったっけ?」
 ウィルは首を横に振った。
「決まってるだろ。忍び込む」
「……ウィルってそういうとこは思い切りがいいよな」
「お前に言われたくないわ」

 自分はカナリアとは違う、と自分に言い聞かせてから、咳払いをする。

「で、だ。これを見ろ」

 ウィルはそう言って新聞を取り出すと、求人欄を示した。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 臨時アルバイト募集

 アンシー・ウーフェンでの荷物運搬
 収穫された食材の仕分け・運搬作業の手伝い

 昼:朝五時集合 日給6クラン
 夜間:夜十時集合 日給8クラン

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

「なんか普通に載ってんだな」
「少なくともあの樹での収穫はこの国にとっては普通の事のようだが……」
 いまだに少し信じられない。エネルギー源だというのならまだしも、食べ物がなる樹など。
 それを見透かしたかのようにカナリアが言う。
「さてはウィル、信じてないな?」
「俺はまだあの樹をエネルギー源に畑が自動で作られていると信じてるが!?」
「まあ直接見てこればわかるだろ~」

 楽しげに笑い声をあげる。
 どうやらアルバイトに募集するのはウィルだと思っているようだった。

「何を言ってる。お前が行くんだよこれに」
 求人欄を突き出す。
「え~~~!」
 即座に抗議の声があがった。
「えー、じゃない。お前のせいでこっちはあんな依頼受けることになったんだぞ!?」
 新聞を丸めて突き出しながら憤慨する。
 カナリアは新聞を避けようとしたが、しぶしぶ受け取った。再び開き、求人欄に目を通す。
「いいけど、これオレのお小遣いにしていい?」
「まあ、いいだろう」
「やったー! じゃあ途中で売ってたあのソーセージ食ってきていいかな!?」
「そんなのいつでも行って来いよ!?」
 別に今からだって行ってきてもいい。
 鞄も買い足したのだから、硬貨を分担しておくこともできる。
 ウィルはふうっとため息をついて、気を取り直した。
「とにかく明日行ってこい」

 翌朝、二人は朝食をとったあと別々に動き出した。
 ウィルは昨日手に入れた帽子を深くかぶり、眼鏡をかけて商店街を歩いていた。一応それなりの変装のはずだ。濃紺色のマントは目立つので、脱いでコートのように偽装して腕に引っかけていた。これだけでもいいはずだ。十二月というと完全に冬の感覚だったが、それなりの温かさがある。むしろここは年中こんな感じなのかもしれない。
 喫茶店に入ると、コーヒーを頼んでテラス席で新聞を広げた。ドラゴニカ・エクスプレス新聞は相変わらず謎の魔法使いについて書き立てて興味を煽っていたが、ひとまずは進展が無く似たようなことを書き立てていた。昨日の今日ではまだ他の目撃者にも証言が得られていないのだろう。
 草原新聞のほうへと手を伸ばそうとしたところで、不意に目の前に影が立った。
 影が動かなかったので、視線をあげる。
 紅茶の香りがした。

「すみません。相席、よろしいですか」

 そう声をかけてきたのは、ハンチング帽をかぶって眼鏡をかけた少年だった。紅茶のカップを持ったまま、すまなさそうに笑いかけている。
 ちらりとすぐ近くのテラス席に視線をやる。がやがやと賑わうテラス席には、ほとんどの席に客がいた。同じように一人でテラス席を占領している客もいるが、テーブルごと空いている場所は無さそうだ。

「……どうぞ」
 ちらりと少年を見てから、テーブルの上に投げ出した新聞を自分の方へ寄せた。
「ありがとうございます!」
 少年は空けられたスペースに紅茶のカップを置き、ちょこんと座った。
「今日もいい天気ですねぇ」
 相手はにこやかにテーブルに紅茶を置いた。一緒に置いた砂糖とミルクを紅茶の中に順番に入れ、マドラーでかき混ぜる。
「ああ」
 ウィルはコーヒーを手に、生返事を返した。
 目線は新聞に向けたままだ。流し読みをしながらも、その目は鋭く何か書かれていないかを確かめる。

「あなたはコーヒー派なんですか? 新聞を読みながらの一杯、いいですよね」
「……ああ」
 どうやら知らない人間にも果敢に話しかけるタイプだったらしい。
 コーヒーをすすり、適当に言葉を返す。
「最近の情勢はどうですかねぇ。盗賊団も最近は何やら企んでいるという噂がありますし……。この平和が続いてくれればいいんですけど」
「……ああ」
「あなたもそう思いません? 魔法使いさん」
「……」

 思わず目線を向けてしまった。
 明らかに配慮を入れ込んだ小さな声だったが、弓で射貫かれたような鋭さがあった。
 しまった、と思った時には遅かった。
 弓矢はウィルを射貫いたのだ。
 イエスの証となった。
 いったい、誰だ。

「今日は、お一人なんですね」
「お前――」
「……そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ」
 少年はおもむろに、テーブルの上にあった新聞に手を伸ばした。
 草原新聞を開くと、そのうちの記事の一つを示す。

「僕も、いまここでバレてしまうと大変なんです」

 目線を落とすと、最年少で文壇デビューした新人文筆家キラカ・ペチカのインタビューが載っていた。記事の中に載せられている写真には、少年の顔が写っている。目の前の少年は少しだけ眼鏡をずらした。写真と同じ顔だった。

「はじめまして」
 キラカ・ペチカと書かれた文字を指さす。
「……です」

 ウィルは大きく深呼吸するように息を吐いた。

「……なるほどな。だが……」
「わかります。どうしてわかったか、ですよね」
 キラカは新聞から指を離して、新聞の角をそろえる。
「新聞ではないだろう」
 新聞記事を見ても、容姿に関しては載っていない。
「ええ」

 答えながら几帳面に新聞を折りたたみ、ウィルに返した。
 金の目が少し見返してから受け取った。

「単純な話です。僕の兄があの場に――列車襲撃の現場にいたんですよ。かなり興奮していましたよ。そして、僕だけにこの事実を教えてくれたんです」

 キラカは少しだけ勝ち誇ったように笑った。
 複雑な表情でその顔を眺める。

「新連載の記事、読んでもらました? ええと――」
「ウィルだ」
「ウィルさん」
「タイトルは読んだ。内容まではまだだ」
「タイトルだけでも読んでいてもらえたら、どうして僕が貴方を探し出したのか理解してもらえるはずです」

 ウィルはため息をついた。
 あの女記者――ヘイウッドにしろ目の前のキラカにしろ、人のことを探し出す嗅覚が飛び抜けすぎだ。

「大丈夫ですよ、雑誌や新聞に売り込んだりはしません。僕の現状を知ってるでしょう?」
「まあな……」

 こんなところにいま注目の人間がいるとなれば、多くの者が集まってくるだろう。注目の人間というとウィルもある意味そうだが、向こうは面が割れている。

「列車ではずいぶんとご活躍になったと聞いています。もしかして、ドラゴニカ・エクスプレスの専属なのですか?」
「違う。あれは火の粉を払っただけだ」
「火の粉?」
「あー……、ええと、偶然だ、偶然。俺が乗り合わせたところに盗賊が来たものだから、対応せざるをえなかった。それだけの話だ」

 キラカは少しだけ瞬きをした。

「盗賊団を退けたと聞いたので、ドラゴニカ・エクスプレスに雇われているのかと思ったのですが……」
「違う」

 ウィルは断言した。
 結果的にそうはなったが、最初からそうだったわけではない。

「え……。あ、そうなんですか」
「なんだ、意外か?」
 キラカはまた少し考えてから言う。
「正直にいって、僕はいま一番驚いているんです。まほ――ウィルさんのような方は、もうとっくにこの世からいなくなっているのだと。だから僕は、この話を書こうと思ったくらいですから」
 キラカの最新作のタイトルは『最後の魔法使いララウバ』だ。
 最後の魔法使いの活躍を書こうとしているのに、まさか本物の魔法使いが出てくるとは思わないだろう。実際は生き残りでもなんでもなく、この世界に閉じ込められた異界の魔術師だったとしても。
「別に俺がいても、それくらい書けるだろう」
「でも、本物が居たら話が変わってくるじゃないですか」
「どういう理屈なんだ、それは……。というかこいつは小説じゃないのか?」

 ドラゴニカ・エクスプレス新聞によると、小説や漫画の中にしか生き残っていないときている。だからキラカの最新作も、小説だと思い込んでいた。

「小説ですよ。でも、本当の事も交えています。魔法使い達がどうしていなくなったのか。そのなかで最後の魔法使いがどのように生き、どのように死んでいったか。その生涯を描く小説です」
「ならいいじゃねぇか」
 キラカが何か反論しかけて、そして声をとめた。
「……?」
「……ウィルさん、ええとですね」

 キラカは言葉を探すように、少しだけ逡巡する。

「もしかしてあなた……どうして魔法使いがいなくなったのか、ご存じではないのですか?」
「残念ながらご存じじゃないな。あのアンシー・ウーフェンの巨樹を作った後にいなくなった、とだけ聞いた。残念ながら、俺の師匠は世事に疎くてな。そういった事はまったく教えてくれなかった。俺に聞くだけ無駄だ。残念だったな」

 ウィルは想像上の師匠の話を出した。
 キラカは目を丸くしていた。まるで非常事態が起きたかのようだった。だがその驚きは、失望というよりも違う色をしていた。

 ――……なんだ、この反応?

 本物の魔法使いに、新進気鋭の作家が話を聞きにくる。となれば、当然「魔法使いしか知らないこと」を聞きに来るのだと思っていた。その魔法使いが何も知らないなら、そこに浮かぶのは失望や肩透かしのはずだ。それなのに。

 ――どんなスカしたガキかと思ったが……。

 意外に反応のほうは素直だ。何を探りに来たのか知らないが、ただ作品の質向上のために取材に来たわけではないらしい。
 だがウィルが疑念を持ったことを察したのか、キラカはごほんと咳払いした。

「そうですか。残念です」
「ああ。他をあたるといいぞ」
「ところでウィルさんは、アンシー・ウーフェンの巨樹はもうごらんになりましたか?」
「見えてるだろ、ここからも」

 ウィルは駅の方角を指さす。

「違います。中を見たか、という話です」
「いや、まだだ」
「なら、見に行くご予定は?」
「そうだな、そのうち見に行こうと思っている」
「そういえば、あの樹には面白いものがあるそうですよ。ご興味ありません?」

 そう言いながら、懐から手帳とペンを取り出す。
 手帳をめくり、適当なページを開く。

「食糧が実る以外に何か面白いものでも?」
「ええ! なんでも秘密の部屋みたいですよ」

 キラカは笑いながらページに何かに書き付けた。そうしてビリッと破る。

「普通の人じゃ入れないところが」
「……」

 キラカは手帳とペンをしまいこんだ。そして紅茶を持とうとして、中身がすっかり冷めていることに気付いた。ぐっと飲み干し、口元を拭う。立ち上がると、片手で紅茶のカップを手にした。

「それじゃあ、今日は貴重なお話をありがとうございました!」

 突然、無邪気な子供のように片手を差し出すキラカ。
 ウィルは差し出された手を見てから、握った。

「では、また会いましょう。ウィルさん。……必ず」

 そう言うと、キラカは紅茶のカップを返しに喫茶店の中へとずんずん歩いていった。その背中を見送ってから、握らされた紙切れを見た。

『今晩十二時、『朝と宿命の酒場亭』にて待つ。』

 簡潔に書かれた手紙を、ウィルは握りしめた。

 キラカは喫茶店から出ると、すぐさまアパートへと引き返した。
 あの魔法使いが何も知らないという事実は朗報だった。ならば、まだ、間に合う。きっと間に合わせてみせる。机の上に散らばった原稿をすぐさま払いのけて、机の奥深くから白い紙を取り出した。殴り書きのように、手紙を書き付ける。小さく丸めて糸でくくりつけ、封をする。
 そうして窓際に居座っている黒い鳥のところへすっ飛んでいき、いましがた書き上げた手紙をその足にくくりつけた。

「兄さんに送り届けてくれ。いいか、疾く、疾く頼むぞ」

 黒い鳥はそれを合図に飛び立った。誰もその鳥を気に留めるものはいなかった。

まずはここまで読んでくれて感謝を。 もし良かったらサポートをしてくれると嬉しい。サポートしてくれた分は俺の生活費や活動費などとして活用させてもらう。