小説「バスター・ユニオン」
第一話 獣人の扱い Ⅴ
獣人とは人間のために働く奴隷。
これこそが平和だった世界を侵略した彼らに対する人間の考え方だ。
職場や環境、または家族など。自分にとって嫌悪感を抱く出来事、要因があれば誰かに頼むこと、裁判や告発をすることで獣人の犯罪を訴える。
つまりは人間とは嫌いな人間と距離を離すこと、罰するために動くことが常識であると考える生き物だ。ただしこれは個人の感想、自論である。相手側が納得できない理論ではあるのは承知の上だが少なくとも俺はそう感じている。
このように現代に生きる人間は獣人を「戦争の発端者」だと軽蔑した目で見ていて、今の紫苑は人間の様々な欲望を満たすある場所まで連行されているのだ。
「さぁ、着いたぞ」
そんな訳で彼は紫苑を自動車から降ろした。
「今日からお前はこの街で働いてもらう」
彼はそう言うと手錠に紐を付けて目的地まで歩いて行く。
(うわぁ、なんか変な匂いがする……)
紫苑は鼻で呼吸をするごとに頭が朦朧とする強い香りが漂って気分が悪くなる。
もちろん、その匂いの原因はこの場所が遊郭だからだ。
成人男性だけいる夜の店は辺り一面に明かりを灯らせている。
ただ一つだけ気になると言えば————
「あ……あのぉ」
「なんだ?いまさら逃げたいなんて言うなよ」
質問をする前に決めるなよ。誰が逃げるなんて言った。
「あ、違います」
「……なら、いいが」
真面目な口ぶりで答えて、少し戸惑いを隠せない彼。
当然だ。普通なら逃げたいと言うのかと思えば全く違ったのだから。
また、あとで知ることになったのだが、遊郭に雇用する事実は基本的に嫌がる人が多い中で、紫苑のみが初めてそれを受け入れていたらしい。
「で、確認したいことがあるのですが」
「ああ、なんだ?」
「ここって遊郭ですよね?」
思わず首が傾げるような至極全うな発言をする彼女に、彼は当たり前だろと言った。
「それはそうだが、聞いてどうする?」
「そうですね……でも私は少し容姿に難がありまして」
こんな地味な獣人が男の相手を務まるわけがない。
売ってもいいとは言ったがよくもまぁこんな場所に連れたものだ。
ただ自分がそう発言した以上、逃げるなんてあり得ない。
だから、違う働き口を探したい。そう、例えば敵の仲間になるとか。
そんな冗談を彼女は思っていると、下品に笑っている彼は会話を続けて言った。
「何だよ。それなら大丈夫だ」
「え?それって……」
「ああ、お前なら十分に男の相手ができるぜ」
彼は紫苑の身体を舐め回すように見て、体中に寒気が走り身震いさせる。
(わぁ、最悪……本当に気持ちの悪い人だ)
そう言うと男の人が自分に疚しい気持ちで嫌な視線を送る。自分の容姿に対して大丈夫と言われても嬉しくないのは初めてだ。
「そうですか、変態」
「変態?確かにそうかもな」
「自分から認めるスタイルですか。じゃあ変態じゃなくて変人ですね」
「ハハ、それはどうも」
まるで自分は変態、いや変人だと認めているような態度で話を進める彼。
随分と自己肯定感が強くて性格が変わっている人である。
「で、私は何処の店で働くんですか?」
「ああ、ここだよ」
彼はこっちに来いと紫苑を雇用させる遊郭に連れて行こうとする。
だがその瞬間。
(やっぱり無理だよぉ‼知らない男の相手なんかできるワケないって‼)
男の欲求を満たすために働くのは勇気や力強い心が必要であると感じ始める。それに遊郭で働くなんて考えてもなかった彼女は人間に思い通りにされる恐怖の気持ちで埋められていた。
(ここまできたけどやっぱり無理無理無理、むりぃいー‼)
段々と拒否反応が強くなって、何故だか誰も見ていないはずの客が彼女の体を見ているまでに感じ始めていた。やはりここはここは逃げるしかない。
「どうした?早く行くぞ」
「……すいませんっ、やっぱり止めます‼」
「何言っているんだぁ、っと‼」
その言葉と同時に男を押しのけて物凄いスピードで走る彼女。一方、男は彼女に押された衝撃で尻もちを付いた。
「クソッ逃げられた‼」
「お前ら獣人が脱走したぞぉぉ‼」
当然、逃亡したことを仲間に報告されて何人かが彼女を追っていく。
「おいっ、今すぐそいつの足を止めろ‼」
遊郭で働かせるために今すぐに捕えようと必死になる。
もし確保できないのなら彼らは紫苑を娼婦として雇用したいのに、遊郭から脱走されると売上が伸びない。その考えは容姿に飽きない若い女性を雇用する商売をしているからだ。
ただ忘れてはならない。獣人は種類によっては脚が速いのだ。
「くそっ‼アイツ速すぎる」
それを忘れていた彼らは追う事を止めずに走るが、距離は縮まらない。
「おい、お前ら‼アイツを囲うぞ‼」
「「「ハイッ‼」」」
あの足の速さで追いつくには、まず先手を打つ。
彼女を目的地まで誘導して彼とその連れで挟みうちにするのだ。
その一方で紫苑も遊郭の外へと出るように北へと走る。
(確か、北極星を見れば目的地に着く説があるって聞いたことがような)
いつの時代の説なのかと思うところはあるが、今はどうこう言っている状況ではない。取りあえず藁を掴むように逃げることを優先した。
そしてもう一つ。彼女は逃げながらも既に敵の作戦を見通していたのだ。
人は鬼ごっこや犯罪者を追う時、大体仲間がいれば両方から回って捕まえようと考える。これは彼女の経験の一つであったが、それをあえて誘導させることで敵を沼にハマらせたのだ。
つまり彼女の目的は一つ。『仲間の分散』だ。
「あ、あれ?」
「おいお前ら‼」
「え?ここ何処なんだ⁉」
それぞれの兵士は一~二人の人数になって思惑通りにかく乱させた。
(さすが私。こんなのは朝飯前よ)
どうにか作戦は成功したため、ほっと息をつくと外へと出たのだ。
しかし、遊郭の外に出る門には監視が見ており、荷物検査をされる市民が多くいるうえ、隅々まで顔や荷物を確認して厳重な検査をしていた。
そして、立て続けに紫苑の手配書が見ないうちに壁に貼っていた事に気づいてしまった。
「まずいな……」
このまま何もせずに突入すれば検査をしなくとも捕まる。
そのためこの姿だと身元はすぐに発覚するだろう。
彼女は違和感なく変装をして脱出するのを計り、どうにか見つからないで逃亡できる打開策はあるかを考える。
「……しょうがない」
しかし幾ら考えても答えは一つ。強行突破しかない。
「すいませーん、退いてくださーい‼」
「て、手配書の獣人だ‼今すぐ捕まえたら全員ボスに報告と追跡を開始だ‼」
「「「はいっ」」」
彼女は門で待っている群衆を押して脱走を図る。
もちろん監視役は彼女を阻止しようとする。が、力強く押し倒して無理やり外へと向かう。
こうして紫苑はひたすら走って、目的地も分からずに人間の住む街へと迷い込んだのだった。
「という訳なんです」
「……そうなんだ」
これで謎が解けた。と納得する俺。と同時に焦ったように彼女を玄関まで誘導させる。
「何しているんですか⁉」
「今の話で誰がここに保護したいと思うんだ‼」
大声で早く出て行けと扉の外側に追い出そうとする。
そりゃそうだ。戦えない自分が死んでしまう可能性は拭えない。
「何で⁉私を助けたいんじゃないの?」
「いいや、厄介事は控えてるから」
「なら、私をあの時に助ける必要なかったでしょうが⁉」
いまいち思考が理解できない男である。
そんな事を思いつつ、彼女は不満が爆発して思わず大声で突っ込みを入れる。
「大体、あなた男でしょ?女の子を助けたら、最後まで貫くのがセオリーよ‼」
「いや別に獣人に好意を寄せるなんてないし」
「そんな話はしてない‼」
まるで犬の様にキャンキャン吠える彼女。
いや待て、あの耳と毛の質感、尻尾。
「お前、犬の獣人だったんだな」
「いきなり私についてのカミングアウト⁉」
こんな感じでお互いに意見を言い合い、まるで漫才のような掛け合いになって疲れた彼女は「もういいです」と言って何事もなかったように一時的に匿ってくれたことだけを感謝する。そして俺にさようならと別れの挨拶をして家のドアを開けるとそのまま何も言わずに帰っていった。
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