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KagamiとAsami

「ただいま、戻りました~」
外出先から帰ってきた滝明久が、「ああ~寒かった」と羽織っていたコートを脱ぐ。
「あれっ、浅見さん、もう帰ったんですか?」
「まぁね」
データ入力をしながら、船縁由美は答える。
キーを叩く音がカチカチと響く。
「最近、退勤するの早いですよね。前は、みんなで飲みに行ったりしてたのに。浅見さん、オーバーアルコールになっちゃうから、こっちが大変だったけど」
「あの頃はね」
「えっ、どういう意味ですか?それ」
「女性には、女性の事情があるの。野暮な事、聞かないのよ」
「何ですか、それ?教えて下さいよ」
「そんな事いいから、今日は私につきあいなさいよ」
「ええっ!」
「何よ、その声」
「いや、その・・・船縁さんと飲みに行くと・・・さぁ」
滝は口の中で、モゴモゴつぶやいた。
船縁由美は、チラリと斜めの向かいの机に視線を向ける。
たたまれたノートパソコン。
以前、そこにいた人間は、机の上にテトラポットを6個飾っていた。
それはいつの間にかなくなっている。
山のように積まれた本も、何もかも。きっちりと整頓されて、そこには
誰もいなかったように。
神永新二と呼ばれたウルトラマンは、もういない。
戻ってきたのは、あの時の記憶を失くした「ガワ」だけの別人だ。
「・・・本当にいなくなっちゃったのね・・・」
息を吐くように、船縁は囁いた。
窓から見える夜空には、細い線を描いた月が曇るように浮かんでいた。

「ごめんなさい、つきあってもらって」
「気にしなくていい」
人混みに紛れるように、一軒の立ち飲み屋で浅見弘子と加賀美は飲んでいた。
「いたくないの、あそこに」
ビールをひと口含み、それが喉を通っていく。
「神永なのに神永じゃないとはね。わからなくもない」
「でしょ」
浅見弘子の口元に、少し笑みが浮かぶ。
ビールが入ったコップをテーブルに置く。
周りの騒がしさの中では、その音すら聞こえない。
「もういないの。私や仲間達が知っている神永さんは、どこにもいないの」
押さえていた寂しさを、こらえきれない辛さを絞り出すように、浅見弘子は低くつぶやく。
「あんたは、神永に恋愛感情を持ってたのか?」
「そういうんじゃないけれど。でも、少しはそうだったかもしれないわね。
でも、神永さんの姿をした外星人にだけど」
研修時代、初めて知った国家機密にも匹敵する存在「ウルトラマン」
どんな宇宙人なのだろう。どんな言葉で話すのだろうと、興味は募った。
そして、変身した彼が地上に現れた時。
きれいだと思った。
想像してた以上に。
でも、人間体は違ってた。
世間の事も何も知らないのか、不遜で愛想もなく、単独で行動する。
何を考えているのかわからなくて、そういうのを全部ひっくりめて、苛ついたけれど、自分をバディだと言って、信じて、大事なモノすらも託してくれた。
「ザラブ戦の時にリークされた週刊誌の記事、取っておけばよかった」
もったいないことしちゃったと、ずっと思ってたから。
三流ネタのあの記事。あれが真実だったら、よかったな。
ありえないけど。
加賀美がスッと差し出す。あの記事だ。
「どうしたの、これ」
「思い出に取っておいた。神永が、人間に興味を持つのは初めてだったからな」
「あなたの知ってる神永さんって、どういう人なの」
「君が知ってる神永とは違うな」
「そうだろうけど」
「俺から見れば、ウルトラマン神永の方が、人間らしかったな」
加賀美はコップに残っていたビールを飲み干す。
年末だからだろうか、周りの喧噪がさらに賑やかに感じる。
「もうすぐしたら、新しい年だな」
「そうね、休みはどうしようかな」
「いつもはどうしてるんだ」
「ひたすらゴロゴロしてる。食っちゃ寝の繰り返しね」
皿の上にあるツマミを取り、口に運ぶ。
「もし、神永がいたら?」
「いても、どうって事ないわよ」
『浅見君』
抑揚のない低い声。
白いワイシャツと肩が触れる度に、同じ場所にいる事を実感した。
バディとして、人間として、同僚として、仲間として。
浅見弘子の目は、遠い誰かに悪態を吐く。
遙か遠くに行ってしまったあの男へ。

「バカよ、こんないい女を置いていくなんて」


「遙か遠い星の故郷」番外編です。
ウルトラマン神永のバディだった浅見さん、公安時代、神永の元同僚だった加賀美さん。
あの外星人を通して、絡みがなかったかなと妄想で書いてみました。
心弱ってる浅見さんに加賀美さんが・・・というネタもあったのですが、
結局、ボツにしました。
2023年もあと2日になりました。
こんな書き散らしたものを読んで頂き、ありがとうございました。
スキもありがとうございます。
日々精進しながら、来年も不定期ですが、色々、書いていきたいと思います。
どうぞよいお年をお迎え下さい。












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