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街の本屋さんが生き残るため、本当に必要なこと~前編・出版業界の裏事情~

リッカ・コンサルティングの福田です。
ここ数日、話題になっている「経産省が街の書店の経営支援に乗り出す」というニュース。

SNSでは「役人が書店経営の指南なんてできるか」「ブックカフェなめんな」的な意見が多いようです。
さらに「10年間で書店764社が倒産・廃業」というニュース

私は1993年に当時の出版取次(卸)最大手・トーハンに就職して13年間、バイヤーや書店向けリテールサポートのお仕事をしていました。
中小企業診断士となって退職後も、業界に残る同僚や先輩たちから話を聞いたりニュースをチェックしていたので、書店や出版業界の経営状況についてはこの30年ぐらい、ずっと気にかけてきました。
今日は元出版業界、そして現役コンサルとしての立場から「街の本屋さんは生き残れるのか」についてお話します。書き始めたら恐ろしく長くなってしまったので、前後編に分けて書こうと思います。業界のタブー的な話にも少し触れていきましょう。

※私がトーハンを退職したのは2006年なので、今とは現場の細かい状況が変わっているかもしれません。ご了承ください。


本屋さんが儲からない理由「77%」

77%。何の数字かというと、本屋さんが本を仕入れるときの一般的な掛け率です。1,000円の本であれば770円で仕入れて、儲けは230円。粗利益率は23%ということです。大手チェーンだともう少し掛け率が低くなったり、教科書や専門書は極端に高かったりしますが、書店の経営指標でも、売上高対総利益率の平均値は23%となっています。

これは小売業の中でもかなり低い利益率です。スーパーやコンビニ、ドラッグストアなどは、食品の利益率を抑えて「お得感」を出しながら、医薬品や加工食品、衣料品などは30%、40%と高い粗利益率を出すように品揃えを設計します。靴屋さんなどの専門店も「セール品」と「利益を出す商品」を組み合わせて適正な利益を生み出しています。書店はそれができないのです。

ここを無視して、ブックカフェをやろうとか品揃えを見直しましょうといった枝葉末節のアドバイスをしたところで、焼け石に水です。

出版界の特殊なルール「再販制度」と「委託販売制度」

なぜ利益率が低いのか。それにはいくつかの理由があります。
まず、出版物の特殊なルールとして、「再販売価格維持制度(再販制度)」があります。
ざっくり言うと、出版社が書籍や雑誌の定価を決めて、小売店での値引きを認めないというものです。そうなると当然、不当な高額販売や値引き競争も起きませんが、「小売店が価格(=利益)を自由に決められる」という権利も奪われます。

「委託販売制度」というのは簡単に言うと、毎日大量に出版社から発売される本や雑誌を、取次会社が「多分これくらい売れるだろう」と予測して本屋さんに送る(委託販売)ことです。本屋さんに委託配本された本や雑誌が売れなければ、仕入れた値段で出版社に返品できます。
本屋さんはいちいち注文書を出さなくても、店に売れそうな本を並べることができるし、返品ができるからデッドストックのリスクも減ります。
一方で、返品のリスクを負う出版社は、多めの利益を確保しないといけないため、仕入率が高くなるのです。
一般的に、1000円の本が売れると、出版社に650円~700円、取次に80円~100円、書店に230円ぐらい、手元に残る計算になります。

この2つの制度は戦後にはじまり、部分的な見直しはされつつも70年以上続いています。もちろんメリットも沢山あるのですが、今後、リアルの書店経営を続けていく上ではかなり厳しいルールと言えます。
詳しくお話しましょう。

人口ボーナス期でないと、従来型書店は成り立たない

書店の利益率が低いのは今に始まったことではありません。では、なぜ近年、急激に書店経営が厳しくなってしまったのでしょうか。

もちろん出版のデジタル化や、Amazonなどweb書店の台頭もありますが、現在の書店経営は、人口が増え続ける「人口ボーナス期」でないと成り立たない事業モデルなのです。

戦後から平成にかけて、街の書店で永く経営を支えてきたのは、子ども向けの商品売上でした。

本屋さんが儲かっていた頃は、児童書・学習参考書・マンガ・雑誌、そして教科書の売上が、書店経営の大きな柱だったのです。
特に教科書は、定価が低く掛率が高いものの、小学校から大学まで毎年学生全員が購入しますし、店に置く必要がないため、本屋さんとしては経営的に利益が出やすい商品だったのです。(大体、地域の書店が毎年順番で教科書の扱いをしていました)

その子どもの出生数が、1973年のピークが209万人、1983年は150万人、2023年は75万人と、50年で3分の1近くに減ってしまいました。
「ピカピカの一年生」の雑誌「小学生◯年生」シリーズは、全盛期は全学年で500万部以上売れていたそうです。今は「小学一年生」の平均発行部数が5万部を割り、二年生以上は休刊になってしまいました。

ドル箱である子どもの数が凄まじい勢いで減っているのですから、薄利多売モデルはもう成り立ちません。業界全体の収益モデルを見直す時期に来ています。

書店の集客効果が期待できなくなった

最初にお話した通り、本屋さんは薄利多売の商売です。沢山の本が右から左に流れていかないと儲けが出ません。
例えば50坪くらいで、店長とスタッフ数人で運営している「街の小さな本屋さん」だったら、月に最低でも1200~1500万円ぐらいは売れないと赤字です。客単価1200円として、月に1万人が利用してくれないと成り立ちません。いまの時代、月に1万人が買ってくれる(=1日400人が買ってくれる)小さな本屋さん、どれぐらいあるでしょうか。

2000年代前半ぐらいまでは、駅前のデパートやショッピングセンターの上層階に必ず本屋さんがありました。シャワー効果と言って、上の階に集客効果の高いお店があれば、お客さんが下の階に降りてくるので、レストランや本屋さんは優先的に(比較的安い賃料で)入居できたのです。

しかし、スマホが普及して「雑誌の立ち読み」という文化が廃れ、集客力の落ちてきた書店は、駅前デパート・ショッピングセンターからどんどん姿を消していきました。

書店員の重労働と返品のムダ

アルバイト経験のある方はよくご存知ですが、書店員というのはイメージより遥かに「肉体労働」です。文庫本などはダンボール1箱で15キロ以上あります。毎日届く大量の本を売場に並べ、返品する本を箱詰めする作業はかなりハードです。

書店の本・雑誌の返品率は35~40%ほど。月に1000万円売る本屋さんであれば、1600万円が入ってきて600万円返品。1000万円の売上のために、2200万円分の重たい本を運ぶ羽目になります。

これだけ運んで粗利は230万円。割に合わないですよね。書店員さんのお給料が概して低いのも、この生産性の低い作業が関係していると感じています。

なぜ、こんなに返品率が高いかというと、ズバリ、売れない本まで発行されて委託配本されているからです。
書店だって取次だって、返品は物流のムダですから減らしたい。だから1冊あたりの仕入部数は減ります。そうなると出版社は売上をとるために、本の「発行点数」を一生懸命増やす。

出版物の売上ピークは1996年の2兆6000億円でした。その後市場はどんどん縮小していったのに、書籍の発行点数だけは2013年頃まで増え続けていったのです。(その後、出版社の倒産が相次ぎ、発行点数も減ってきました)

2020年の年間出版点数は書籍だけで約68,000点、1日あたり270点もの新刊が出ている計算になります。どんな大書店だって、こんなに並べきれません。

また、「返品されることが分かっていても、出版社が配本したい商品」というものがあります。 
代表的なものはリクルート系の情報誌です。ゼクシィなどは分厚いですが、中身の大半は広告ですよね。極端な話、雑誌として売上がなくても、広告収入がたっぷり入るから出し続けたい雑誌、というものが存在します。

今だから話せることですが、昔、本屋さんのバックヤードに行くと、書店員さんが新刊のダンボールを開けて、売れそうな本だけ数冊取り出し、残りをそのまま返品しているところをよく見かけました。

Amazonの登場で、なし崩しになった業界ルール

では、Amazonはなぜ、送料無料なのに利益が出るのか? 不思議ですよね。リアルの書店もネット受注をしていますが、配送料は別料金のところが多いです。

実は、Amazonはいま、取次を通さずに出版社から直接本を仕入れているので、定価の60%程度で仕入れることができているのです。これでは、一般の本屋さんがいくらサービス向上で努力しても、利益率で太刀打ちできません。

さらに、Amazonで書名を検索すると、新刊の金額の下に、安く新品同然の中古本が表示されます。
長い間守られてきた「本屋さんは取次から本を仕入れる」「本はどこで買っても同じ価格」というルールは、Amazonの登場により、すでになし崩しになっています。

こんな絶望的な状況の中で「本屋さん、各自工夫してがんばれ!」というのはかなり酷だと思います。
これぞ!という必殺技なんてありませんが、後編では、「どうしたら街の本屋さん、紙の本の文化を残せるのか」を考えてみます。

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