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元素(げんそ)

頭痛で苦しみ歩き回りる。
頭を叩いて、苦しみ吐きながら声をあげる。
病院に行っても、原因がわからない。
夜になるのが、怖くて時間ばかり気にしていた。

「痛み止めを出します。痛い時は我慢しないで飲んで下さい。」

病院で、出された薬を一週間飲んで、いつの間にか治っている。

記憶の中に、正座をして下を向いている私がいる。
「ごめんなさい」
泣くことも許されず、下を向いて正座をしている私。

いつのころか、殴られても痛みを感じなくなっていて、小学2年生の家庭訪問の日、家に来た先生に、

「先生、忘れものをした時、もっと叩いてもいいよ。私、痛くないの」

と、母親の前で話しをしていた。
母親も、先生も、笑顔で会話をして、楽しそうだった。

その日、母親と父親は口論の末、母親は仕事に出かけ、父親の寂しそうな後ろ姿を感じて、父親に近づくとお金を燃やしていた。

「お父さん、どうしたの?」

「みらい、何があっても声を出さないで隠れてて、のぞみと一緒にベッドの下の奥に行って」

「お母さん、お母さんは?」

母親を必死に心配している私に、

「大丈夫。絶対、声を出さないで隠れてて」

父親は、今まで、見たことない優しい笑顔で言った。

それから、私と妹は、ベッドの下へ隠れた。

ドンッ!
ガッシャーン
「舐めた真似してんじゃねゾ!」
ドン!ドン!

父親は、たくさんの人達から暴力を受けていた。
怖かったけれど、

「お母さん、帰って来たら危ない。お母さん、今、帰って来ないで。」

と、願っていた。

いつの間にか、警察の人がいて、殴られ血だらけの父親が、ベッドの下の私達に手を差し伸べていた。

とても、大きな手でベットの下から、ゆっくり引っ張ってくれた。

それから、数分で母親がドタドタと帰って来て、帰ってくるなり、父親に殴りかかろうとし、警察の人から止められて、

「私のお店に来て、娘を売り飛ばすとか言って、なんなの、誰なの、いい加減にして!」

母親の怒りは、さっきの人達と同じだった。

「達也が、あいつらに目をつけられて、組に入れられそになったから、逃がした。」

父親は、暴走族の人達に、食事をご馳走したり楽しくしていたから、へんな揉め事に関わることが多い。

「達也が、みらいにくれた千円札をお父さん燃やした。終わりにした。」

父親の考え方を、素直に聞くしかない。

言われたことは、すぐにやらなければ酷く叩かれ、挨拶をしなければ蹴られ、絵を描くと、ご飯粒を一粒一粒描かなければ怒鳴られた。
どこにでもいる子育てに熱心な人だったけれど、伝え方が不器用だった。

父親は、また、誰かと喧嘩して入院したと母親から聞いて、それ以来、会うことはなかった。

恋愛をして結婚した二人は、子供が出来たことによって、上手く行かなくなったのかもしれない。

私が、原因で喧嘩をしている。


「お母さん、ごめんね。」

と、どこかで思いながら生きていた。
母親は、正論ばかりを言う人とは違っていたから、聞いてみた。

「お母さん、何で私を産んだの?」

私の答えに、母親は、大爆笑していた。

「産んでないよ。」

私は、冗談だと思って、

「大切な話しをしているのに、ふざけないで!」

と、怒った。

「本当だから、お父さんが連れて来た子なんだよ。」

と、余裕の顔で話してきた。

「のぞみは?」

母親は、当たり前のように、

「のぞみも」

私は、言葉が出ない。

「みらい、私は、あなたに見せたいものがあるの。聴かせたい音楽があるの。一緒に食べたいものがあるの。」

母親は、静かな声で言った。

「いろいろなことあって、苦しいよね。それで、いいよ。そのままで、」

私のこと、なんでも、知ってるような言い方に頭に来た。

「どんだけ我慢して来たか、わかってる?」

怒鳴って、泣いた。

「みらい」

母親も、子供のように、声をあげて泣いていた。

この世にあるすべてのものは、元素から出来てる。母親と同じもので出来ている。

とても小さなものだけど、なんだか嬉しい。


二十歳の成人の日、父親からの手紙、

「みらい、おめでとう。」

あの日の、父親の笑顔を思い出し、手紙を燃やした。


「お父さん、これでいいよね。」







        完

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