新芽 取亜 ―symmetria―

アメブロにて主にクラシック音楽CDなどのレビューを綴っています。このnoteにも (コ…

新芽 取亜 ―symmetria―

アメブロにて主にクラシック音楽CDなどのレビューを綴っています。このnoteにも (コピペですが) エッセイを中心に少しずつ投稿できたら、と画策中…。 「唯我独尊的クラシックCD聴聞記(仮)」➡️https://ameblo.jp/symmetria59-95

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  • note クラシック音楽の普遍化を達成する

    • 1,582本

    クラシック音楽の歴史や作曲家、作品について、哲学的な視点から分析し、その普遍性や深さを探求する和田大貴のnoteです。クラシック音楽について語り合えることを楽しみにしています。参加希望の方はマガジンの固定記事でコメントしてください。

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「青い海と森の音楽祭」プレイベント室内楽コンサート(2024/06/08)

来年2025年夏から青森で開かれる「青い海と森の音楽祭」のプレイベントとして行われたコンサート。「名曲の花束」に相応しい音楽が用意されたが、特にシューマンの歌曲と室内楽を中心としたプログラムに魅せられた。しかもシューマンの誕生日の6月8日に行われるとは「天啓」というほかなく、錚々たるメンバーによる名演奏を楽しむことができた。 青森県五所川原市出身のソプラノ歌手、隠岐彩夏が音頭をとった形で実現した当コンサート。ピアノに横山幸雄、ヴァイオリンに矢部達哉 (2人は音楽祭の特別顧問

    • 特別対談「シューマンについて僕が語ること」

      今日6月8日はロベルト・アレクサンダー・シューマン(1810年06月08日/ツヴィッカウ-1856年07月29日/エンデニヒ)の誕生日です。僕がコレクションしている数少ないCDの中でも3分の1を占める推しの作曲家シューマン―今回特別企画ということで、自称「シューマニアーナ」であるわたくし新芽取亜が、シューマンについてインタビュー形式で語ってみたいと思います。この度、フロレスタンとオイゼビウスの調停役として知られる「マイスター・ラロ」こと、ラロ楽長にわざわざお越しいただきました

      • シューマンの指/奥泉光

        ✳️本記事は2021年5月にアメブロで投稿した内容に基づいています 作家・奥泉光 (1956-) がシューマン生誕200年の2010年に執筆したミステリー作品。テーマが「シューマンのピアノ曲」であり、特に「幻想曲 ハ長調 Op.17」から物語が展開してゆく内容に魅せられたのだった。 実際、「幻想曲」についての描写は全ページの中心に位置し、物語のキーパーソンであり根っからのシューマニアーナである「永嶺修人」が夜の音楽室で弾いていたのがこの作品で、それぞれの楽章の分析と周囲の

        • マイルス・デイヴィス/カインド・オブ・ブルー

          ✳️本記事は2023年4月に投稿したアメブロを下敷きにしています。5月26日はマイルスの誕生日でした。 言わずと知れたジャズの超名盤。あまりにも名盤過ぎて、ジャズ評論家たちも(語り尽くされたと感じ)あえて語ることがないように思えるほどだ。マイルス・デイヴィス・セクステットによる1959年セッション録音。脇を固める(というには豪華すぎる)「キャノンボール」アダレイ&コルトレーンたちも素晴らしいが、このアルバムの真の立役者は何といってもビル・エヴァンスのセンシティヴなピアノであ

        「青い海と森の音楽祭」プレイベント室内楽コンサート(2024/06/08)

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          今日5月20日はクララ・シューマンの命日

          クララ・ヨゼフィーネ・シューマン(Clara Josephine Wieck-Schumann, 1819/09/13 - 1896/05/20) ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第4番~第3楽章カデンツァ。 モーツァルト/ピアノ協奏曲第20番~第3楽章カデンツァ。いずれもクララ作で彼女がコンサートで演奏。 71歳のクララは1891年3月12日にフランクフルトで最後の公のコンサートを行った。彼女が演奏した最後の作品は、2台ピアノ版のブラームス/ハイドン・ヴァリエーションであ

          今日5月20日はクララ・シューマンの命日

          映画「クララ・シューマン 愛の協奏曲」(2008)

          原題「Geliebte Clara」。ブラームス家の末裔であるヘルマ・サンダース=ブラームスが監督・脚本を手がけ、ロベルト&クララ・シューマンとヨハネス・ブラームスとの関係に迫る (伝記) 映画。2008年ドイツ上映。カンヌ映画祭や日本では翌年上映された。以前にDVDをレンタルして視聴したことがあったが、この度はYouTubeで全編観ることができた―。 邦画タイトルからすればクララが主人公のように感じるが、ドイツ語の原題からすると「最愛のクララ」となるので、クララを巡るロベ

          映画「クララ・シューマン 愛の協奏曲」(2008)

          街とその不確かな壁/村上春樹

          ✳️本記事は2023年10月に投稿したアメブロに基づいています 2023年の春に発表された村上春樹の新作。珍しくあとがきが付されているが、それによるとオリジナルは1980年にまで遡り、作者にとっては「喉に刺さった魚の小骨」のような存在だったそうだが、ここに来てようやく明確な形を得て僕たちの前に現れてくれた―まさにWork in progress。図書館での貸出も既に20人以上の予約が入っており、今年中に読むことが叶うかと思われたが、意外に早く貸出が実現し、読了を果たしたのだ

          街とその不確かな壁/村上春樹

          ラドゥ・ルプーは語らない。―沈黙のピアニストをたどる20の素描/板垣千佳子(編)

          ✳️本記事は2022年3月に投稿したアメブロに基づいています 2019年6月に惜しまれて引退し、2022年4月に天に召されたピアニスト、ラドゥ・ルプー。インタビューを一切受けない彼が心許した日本人マネージャー、板垣千佳子氏の一声で出版できた1冊。「何か語れるとしたら、音楽を通してだけだ」という帯封の言葉通り(タイトル通り)、ルプーは一切語らず、彼と親しかった音楽家や周辺の人々、そして(最初の)ルプー夫人のコメントで構成された20の寄稿に基づいている。 去年 (2021年)

          ラドゥ・ルプーは語らない。―沈黙のピアニストをたどる20の素描/板垣千佳子(編)

          不機嫌な姫とブルックナー団/高原英理

          「ブルックナー生誕200年」を意識して読んだ1冊。 以前から綺麗な表紙と面白いタイトルが気にはなっていた。ページ最後に載せられているブルックナーに関する大量の資料が劇中劇のような小説パートで存分に生かされていて、中には初めて知るエピソードもあり(フィクションの可能性ありだが)とても興味深く読み終えることができた―。 著者の高原英理氏は初めて知った作家で、作品を読むのも初めてである。主に評論を中心に執筆活動を開始、作家デビューを果たしたのは2001年だそうだ。 本書は2016

          不機嫌な姫とブルックナー団/高原英理

          評論について僕が語ること

          ✳️本記事は2021年11月に投稿したアメブロを大幅に改訂したものとなります 僕自身は評論家でないばかりではなく、目指してさえいないのだが、執筆中に頭の片隅で常に思考し続けているのは「評論」そのものの必要性である。 ブログでもツイッターでも「評論」までいかないが、感想や意見が(時に忌憚なく)語られることがある。人は表現する生き物だから、音楽を聞いて湧き上がってきた感情や感想を自分の中にそのまま落とし込んでおくことは基本的にできないであろうと思う。これだけ簡単に個人が発信で

          評論について僕が語ること

          「音楽と構造」

          ✳️本記事は2021年9月のアメブロ記事の再投稿版です 音楽を初めて聞いた時のことを思い出していただきたい―。どんな反応をしただろうか。どんな感情や思いに捕らわれただろうか。おそらく、美しいメロディに、演奏する様子にうっとりしたり、テクニックに驚愕したりしたのではないだろうか。最初から音楽の「構造」に注目した聞き方をした方は、多分ほとんどいらっしゃらないと思う(皆無だとは思わないが) こう考えると、「構造」を聞き取るということが普通は自然にできることではないことがわかる。

          「音楽と生命」 坂本龍一×福岡伸一

          音楽家/坂本龍一と、教授が20年来親交のある生物学者/福岡伸一との対談集。「世界のひずみに目を向け、新たな思想を求めて行った対話の記録」「あと戻りできない時間、私たちの生を輝かせるには―」帯に刻まれたこれらの言葉が、この貴重な対談のベクトルを示しているといえよう。 本書は2023年3月、坂本龍一氏が亡くなった翌日に第1刷が発行され、約1ヵ月後に第2刷が追悼の意を込めて再販された―そして先日3月28日は、教授の命日であり一周忌であった―。内容は複数のソースから構成され、主にN

          「音楽と生命」 坂本龍一×福岡伸一

          日曜劇場「さよならマエストロ~父と私のアパッシオナート~」最終楽章を終えて

          2024年1月14日からTBSで放送された日曜劇場「さよならマエストロ~父と私のアパッシオナート~」が全10楽章を終え、幕を閉じた。僕はリアタイではなく、TVerで全楽章を観ることができた。 当初は某ドラマの二番煎じだとか、アンチな意見が目立っていたが、楽章が進むにつれ、感銘度が上回った印象。 所々涙を誘う場面もあり、ユーモアで笑わせてくれるところもあり (この要素が一番多かったかな) 、とても楽しめたドラマだった。音楽を志していたり、アマチュアやプロで活躍中の演奏家たちに

          日曜劇場「さよならマエストロ~父と私のアパッシオナート~」最終楽章を終えて

          編曲の楽しみ

          ✳️この記事は2020年12月に投稿した内容に基づいています この度は「編曲モノ」について、その奥深さにできる範囲で多角的に迫ってゆきたいと思います。 暫しのひととき、どうぞお付き合いください―。 少なからず「原典主義」の影響が避けられないクラシック音楽 僕もかつては「原曲が一番」みたいな考え方をしていた。ただ以前より心が広くなったのか、拘りが減ったのか、どうでもよくなったのか、ハンドルには遊びがあることを思い出したからか、僕自身が変容を迎えたからか、は解らないが、よう

          モダンかピリオドか―演奏の多様性についての考察

          ✳️この記事は2021年5月にアメブロにて投稿した記事の再編集版です 実は、このテーマは既に古いものになっている―過去数十年にわたり、音楽家たちが取り組んできたことだからだ。そして今はもはや「二元論」ですらなくなってきていて、「融合」が随分なされてきた。もう少しすれば、問題ですらなくなることだろう。僕には喜ばしいことに思える。 「モダン楽器」による演奏は「普通」のことだった。高性能で耐久性があり、グランドホールでも困らないほどの音量も獲得した。僕たちは一時期までこれらの演

          モダンかピリオドか―演奏の多様性についての考察

          今日、3月5日はニコラウス・アーノンクール (1926-2016) の命日―。 彼の最後の録音となった「ベートーヴェン/ミサ・ソレムニス」のアルバムを取り上げたブログ記事で偲びたいと思います―。 https://ameblo.jp/symmetria59-95/entry-12809113922.html

          今日、3月5日はニコラウス・アーノンクール (1926-2016) の命日―。 彼の最後の録音となった「ベートーヴェン/ミサ・ソレムニス」のアルバムを取り上げたブログ記事で偲びたいと思います―。 https://ameblo.jp/symmetria59-95/entry-12809113922.html