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デービット・アトキンソンが"論破"する経済の俗説


過去30年間、日本の経済はほとんど成長しなかった。経済政策に関しても当然、厳しいものが大半を占めている。これは仕方のないことだろう。詳しくはこちらの書籍から。

一方、ネットという新しい技術の誕生によって、これまで一切日の目を見ることのなかった俗説も注目を集めてしまった。ハッキリ言うと自称経済評論家が大手を振って跋扈している。

その多くはマクロ経済及び、財政政策の話であり、安易に政府のせいにしたがるものもある。筆者は成長戦略会議に参加したことがあるが、その席でさえ無根拠な俗説が紹介され、驚いたという(個人的にはむしろ、そういう席でこそ政府批判を目的とした説が入ってくるのが当然だと思うが)。日本経済の低迷を招いたとされる新説をアトキンソン氏が検証する。

新説1.「消費税の引き上げ犯人説」

消費税の引き上げが日本経済の足かせとなり、景気の低迷を長引かせて、ひいては日本で給料が上がらない原因となっているという説だ。

日本の消費税は1989年に税率3%で始まり、1997年に5%、2014年に8%、2019年に10%に引き上げられた。その間、ずっと所得が上がらないので一見消費税と相関しているように見えるが、「相関関係と因果関係は違う

ほとんどの先進国が日本より高い税率の消費税を導入しているにも関わらず、経済が成長しており、給与も上がっている。例えばイギリスでは20%の消費税だが、成長を継続している。軽減税率を考慮した実質消費税であっても15%だ。

確かに消費税は短期的にマイナス要因になるというのは間違いがないが、消費税を10%に引き上げただけで550兆円規模の日本経済が停滞することはありえない。残酷だが、仮に低所得者が打撃を受けたのは事実だとしても、日本経済成長停滞の原因として正当化する材料にはならない。

新説2.「デフレ」犯人説

この説は論外。デフレとは継続的に大半の商品価格が下がる状態を指す。経済を破壊するデフレスパイラルともなれば、失業率の大幅上昇を伴うはずだ。一方で、日本は非常に低いインフレ率だが物価は上昇しており、デフレではない。さらに、労働参加率が非常に高くなっていることを考えると、デフレだから低迷しているという理屈はでたらめとなる。

また、マイナスではないが日本銀行の立てた2%のインフレ目標に達していないからデフレだという反論もある。ここまで来ると経済学的な定義が崩壊してしまった暴論である。

仮に、低インフレ=デフレと置き換えるとしても、コロナが始まる前はそもそも主要国は低インフレが続いていて、2%目標に達していなかった。つまり日本だけがデフレ(低インフレ)だったわけではない。


世界各国のインフレ率比較
世界経済のネタ帳で作成。

新説3 「新自由主義の影響」犯人説

新自由主義とは民間に自由に競争させる考えのことで、具体的な政策としては大幅な規制緩和や構造改革があたる。

新自由主義には「格差の拡大」という問題がある。確かに新自由主義を標榜してきた国々では以前より格差が拡大している。しかし、新自由主義を進めてきた国では経済が成長しているのも事実だ。給料も日本より大きく上がっている。

これらを考慮すると、新自由主義を取り入れたから日本経済が停滞していると考えるのは無理がある。仮に新自由主義が犯人なら諸外国の成長率はもっと低いはずだ。

ただし、日本の新自由主義には問題があるともアトキンソン氏は批判する。「新自由主義の理解が浅いまま、見切り発車してしまった」

日本の場合、アメリカの規制緩和政策を深く分析せず、中途半端に導入してしまったことで悪影響が出ている。例えば非正規雇用の規制緩和だ。非正規雇用の増加は一般的に”悪”かのように言われるが、そう単純ではない。正社員として労働参加が難しい人、例えば高齢者や主婦、学生なども労働市場に参加しやすくなる。実際、第二次安倍内閣以降、非正規雇用者はこれらの属性が大半を占めていた(参考)。

ただし、非正規雇用は雇用側への交渉力が低いので、給料低下=労働生産性低下の要因になりやすいことも事実だ。これは海外でも確認されている明らかなデメリットだ。

そのため、新自由主義を先んじて進めてきた海外の国々の研究で、「不当に安い雇用を防ぐために、最低賃金を戦略的に引き上げないといけない」ということがわかってきた。特に新自由主義の雄であるアメリカは最低賃金をしっかり上げながら遂行してきた。

日本ではこうした条件を理解せず、非正規雇用の緩和だけをしてしまった。なので主義というより、制度設計の問題と言える。

新説4~5 「四半期決算の導入」「モノ申す株主」

そもそもが主観的な話で、根拠がないのだが、仮に関係あるとしてもこれらが影響あるのは大企業の話だ。日本人労働者の7割は非上場の中小企業で働いていて、株主資本主義とは無関係だ。そして、日本の大企業の生産性は諸外国と比べて低くないことも分かっている。

「株主資本主義をステークホルダー資本主義に変えるべきだ」という主張は良いかもしれないが、ほとんどの日本人労働者には関係のない話だという。

新説6 「緊縮財政」犯人説

「政府が支出を拡大すれば、日本の経済低迷は解決できる」という説が聞こえてくる。積極財政派と言い換えてもいいだろう。政府支出の増加率と経済成長率の相関を示している。

日本は、OECD33カ国中で政府支出が最も増えておらず、経済も成長していないことがデータで確認できる。これらの事実をとらまえて、一部の評論家は「政府支出を増やせば自動的に日本経済が成長する」と主張している。これを阻む「財務省」こそが悪だという考え方だ。

おそらく、この主張の背景には、政府支出が経済成長を決めるという、ケインズ経済学の「総需要至上主義」がある。仮にこの説が事実ならば、どこの国の政府も経済政策には一切苦労しないし、不況になることもない。

しかし、繰り返すが「相関と因果は違う」。例えば実は、「税収と経済成長」もグラフにすると強い相関を示す。だが税収を増やせば経済が成長するという説はどう考えてもでたらめなのはわかるだろう。

ここで確認しなくてはいけないのが、因果の方向性だ。つまり、「GDPが成長したから政府支出が増えた」のか、それとも「政府支出が増えたからGDPが成長した」のか、ということだ。

結論から言うと後者だ。仮に因果関係なら、毎年の政府支出の増加率と経済成長率が連動しないと筋が通らないが、そんな事実はない。

また、日本では政府支出を増やした1990年代、企業は給料を上げずに内部留保に吸収してしまった。

さらに、積極財政は失業率を減らすというメリットがあるが、日本はすでに失業率はかなり低い。これらを考えると、財政を拡大しても効果は限定的といえるだろう。

最後に

合成の誤謬という言葉がある。個々は正しい行動や事象であっても、総体としては間違っていることがある。

例えば、野球場で一人だけ立ち上がればよく見えるが、全員立ってしまうと見えなくなる。物事を決める際には大局観が必要で、木を見て森を見ない状況には警鐘が必要であり、鳥の如く世の中を俯瞰し、魚の如く時代の流れを読む”眼力”が必要だ。経済政策も同じことがいえる。

ミクロの問題をマクロ経済の話に適用することは正しいことではない。そもそも日本経済は膨大で「○○すればよい」というウルトラCはありえない。冷静に考えることが大事だ。




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