ある男の魂の彷徨(伊勢正三とともに)その3 「なごり雪」
ついに彼女が故郷へ帰る日がきました。
「そろそろ行くね」
「···うん」
彼女はスーツケースを持とうとしたが、男はそれを遮った。
「やっぱり駅まで見送るよ」
男はスーツケースを軽々とさげた。その軽さが東京で暮らした二人の生活の重さのような気がして男は目頭が熱くなった。
「大丈夫?」
「うん」
「帰りは一人だよ」
男は背中を見せたまま答えた。
「遅かれ早かれってやつだよ」
ドアを開けると冷たい風が吹き込んできた。
男は呟いた。
「暦の上ではもう春なのに」
「まだまだ寒い日が続くから身体に気を付けてね」
なごり雪
この曲はイルカが歌ってヒットした名曲ですが、正やんはかぐや姫時代に作ってたのですね。
かぐや姫は「神田川」の大ヒットで一躍メジャーとなりましたが、リーダーの南こうせつはメンバー全員に印税が入るようにと正やんとパンダさんにも曲作りを課したそうです。その結果できたアルバムが「三階建の詩」ということです。三階建とは言うまでもなく南こうせつと正やんとパンダさんなわけで、南こうせつの懐の深さを示していますよね。正やんがその課題に応えて出来たのが「22才の別れ」と「なごり雪」ということで、その才能の凄さに驚かされます。
さて、東京駅のホーム。いよいよ彼女が故郷の大分へ帰る時、雪が降ってきました。その雪は決して積もることはありません。
「落ちてはとける雪を見ていた」男は彼女の呟きを耳にします。
「東京で見る雪はこれが最後ね」と。
彼女はもう東京へ戻ってくるつもりはありません。そんな彼女をまだ愛している男に雪は教えます。彼女への愛は積もらせてはいけないと。
こうして彼女は故郷へと帰っていきました。そして、彼女がいなくなり、最低限の家財道具だけが残ったアパートへと帰っていくことでしょう。
名曲「なごり雪」の背景には「君と歩いた青春」と「少しだけの荷物」があるような気がしてなりません。
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