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ドラマ『海のはじまり』第10話感想 家族の形と縁



和田長浜海水浴場

「ここがその海岸らしいですよ」

古居真郎まさお、通称マーロウはそう言いながらクルマを停めた。

参考:マーロウ登場の経緯↓

「あゝ確かにそれらしい風景だな」

私はクルマを降りながら辺りを見回した。私は東京に来るついでにマーロウを呼び出し、ドラマ『海のはじまり』のロケ地でも案内してほしいと彼に頼んだ。それならばと、マーロウはドラマの象徴とも言うべき和田長浜海水浴場までクルマを走らせてくれたのだ。

「あの辺りを水季と海は歩いていたんだな」

私は海辺の方を見ながら言った。

「おそらくそうでしょう。オフシーズンなので人影もまばらですが、その方が雰囲気もあるでしょう」

「確かに…我々もちょっと散策してみよう」

私とマーロウは並んで砂浜を歩き始めた。傍から見れば我々は不思議な組み合わせに見えるだろう。私はともかくマーロウは相変わらずダブルのスーツを着て中折れ帽を被っている。しかし、マーロウは気にする風もなく歩いている。彼は仮想現実的な存在なので、周囲を気にするといった感覚がないのだろう。

向こうから年配の男性が歩いてきた。すれ違いざま互いに軽く会釈する。

「!」

南雲翔平

私はハッとして思わず声をかけた。

「南雲さん、南雲翔平さん」

男性は振り返り、訝しげに我々を見た。

「…はて、すみませんが、どちら様でしたっけ」

「…」

私は言葉がでなかった。私は視聴者として南雲翔平を知っているだけだったからだ。どう説明するか混乱しているとマーロウが口を開いた。

「私は津野晴明の知り合いでして、古居真郎、通称マーロウというものです。津野から南雲さんのことを伺っておりました」

「津野…あゝ水季の同僚の津野さんの…」

南雲翔平はマーロウの言葉に納得したようだった。私はマーロウの機転に救われた。

「津野さんには娘や孫がお世話になったようで、改めて私からもお礼を申しあげたいと思っています」

「それはご丁寧にありがとうございます…津野にお伝えします。彼も喜びますよ…それはそうとお嬢様につきましては、この度は御愁傷様でございました」

マーロウは中折れ帽を取り胸に当て頭を下げた。

「これはご丁寧にどうも…もう49日も終わったのですが、正直なところまだ心の整理がつかない状態で…」

「それはそうでしょうとも…我が子に先立たれる親ほど辛いものはないでしょう」

マーロウは如才じょさいなく南雲に言葉をかける。探偵という職業柄かなかなか弁が立つようだ。

「水季が、娘が小さい頃はこの浜辺にもよく連れて来たものです」

南雲は懐かしそうに浜辺を見渡した。

家族の形

「水季が妊娠したと分かった時、私は不思議と冷静でした。本来なら相手先へ怒鳴り込んでもいいくらいなのに、そういう怒りもなかったのです」

「それは何故なのでしょうか」

私の問いに南雲は歩きながら答えた。

「うーん、何故なんでしょうかね。水季は私ら夫婦にとっては歳をとってから授かった大事な一人娘ですからね。ただただ水季のことだけが心配だった。そして、新しく授かった生命です」

南雲は立ち止まり私を見た。

「正直なところ、私は相手の男などどうでもよかったのです。水季とお腹の生命さえ無事であればそれでよかったのです。ですから私は中絶するという娘に対してそう伝えたのです。すると水季は考え直したのか、海を孫を産んだのです」

そう言うと南雲は再び歩き出した。私とマーロウはその後に続いた。

「海を、孫の名前ですが、海を初めて抱っこした時は私も家内も感激しました。これで家族4人で暮らしていけると喜びました。でも、水季は私たちを頼ろうとしませんでした。極力一人でやっていったのです。そのうち同僚の津野さんという方にお世話になっているということが分かったのです」

南雲はマーロウの方を見た。

「私と家内はそれで納得したのです。水季は津野さんと再婚して海を育てていくのだろうと。私ら老夫婦と水季と津野さんと海の、そういう家族の形を思い描いたりもしていました。結局、その願いも虚しく水季の病気が分かり水季は逝ってしまいました…」

私とマーロウは返す言葉もなかった。

「水季が亡くなって、私と家内と海の3人暮らしが始まりました。時折、思うのです。もしかしたら水季と4人だったかもと、津野さんも含めて5人だったかもってね」

「私も津野にはきつく言ったこともあるのですが…」

マーロウも津野との会話を思い返しているようだった。

「家内は口には出しませんが、津野さんにはかなり落胆していたようです。でも、津野さんが悪いわけではなく私ら夫婦が勝手に思い込んでいたことですからね…そんな時に現れたのが月岡さんでした…」

頑固者

「私は月岡さんを責める気持ちはありません。水季の妊娠や中絶や出産を巡る騒動は全部水季が引き起こしたことですから。月岡さんは言わば被害者です。7年後に既に別れた水季の死と海の存在を突然知らされたのですから困惑するのも当然でしょう」

「…」

「月岡さんは心優しい青年です。家内のやり場のない感情を受け止めてくれました。最大の被害者は月岡さんの彼女の百瀬さんですね。家内の心ない言葉に傷付かれたのでしょう。でも、私は家内の気持ちも理解できます。本来、月岡さんの横には水季がいたのかもしれない。でも、現実には百瀬さんがいる。家内はその理不尽な現実を、家内にとってはですが、受け入れられなかったのでしょう」

「今回、月岡さんの心も定まって海ちゃんとの2人暮らしが始まりますね」

私の言葉に南雲は天を仰いだ。

「それなんですよね。私たち夫婦からすれば、水季がいなくなり海までいなくなることは寂しい限りです。月岡さんが『かぐや姫』の月からの使者のように海を連れて行くような感覚になります。でも、海がそう望んでいるのなら仕方がありません。ただ、月岡さんは、いや、月岡さんもかたくななんですよね」

「と言いますと?」

「どうしても海と2人で暮らす必要はないと思うのですが…今までのように海がうちで暮らして週末に月岡さんがうちを訪ねてくれる形でもいいと思います」

「確かにそうですね。海ちゃんも転校する必要もありませんしね」

南雲は頷いた。

「そうなんですよね。月岡さんは、どうして2人暮らしにこだわるのか…月岡さんは意外と水季と似てるんですよね。頑固なだけに、そのうち折れないか心配です。百瀬さんが傍にいれば安心なんですが、百瀬さんと別れたらしいし…あっ、それでは私はここで。家内が待っていますので」

南雲の視線の先には運転席で待っている朱音の姿が見えた。

「お話しを聞いていただきありがとうございました。見ず知らずの方々に余計な事を言い過ぎましたが、お陰様でスッキリしました」

「残暑も厳しいですから、どうぞお気をつけて」

南雲翔平は私たちに一礼すると朱音が待つクルマへと向かった。少し猫背気味のその背中が寂しげだった。

名前の奥底おくそこ

南雲夫妻が乗ったクルマを見送った私にマーロウは言った。

「以前、私が津野に対して名前のことを言ったのを覚えていますか?」

「あゝ確かにバーで津野と会った時に言ってたな」

「それが、この第10話でも取り上げられていましたよね」

「そうだったな。水季と海と夏という名前の繋がりについての場面があった」

「それで百瀬弥生についても考えてみたんです」

「ほう」

「名字にサンズイが付きます。そういう意味で水に関係してると言えます」

「ふむ、確かに」

「で、名前の弥生ですが、これは和風月名わふうげつめいの3月ですよね」

「そうだな、1月から順番に、睦月・如月・弥生…師走」

「3月と12月だけ月がつかないのですよ。弥生と師走」

「何!月岡の月が付かないのか…つまり、弥生は月とは縁が無いということか」

「ええ、私もそれに気付いてショックを受けましてね」

「月岡夏と百瀬弥生が別れたのは名前でも縁がなかったからということだったのか」

「でも、私もさすがに諦めがつかなくて調べました。弥生の別名を、そしたらあったのです…弥生の別称の中に『花見月はなみづき』とか『夢見月ゆめみづき』というのがありました」

「おおっ、月を見る、月を見守る、百瀬弥生そのものではないか。さすがだな」

「それだけではありません。読み方です」

「読み方…『みづき』おおっ『水季』」

「カナは違いますが『みづき』と『みずき』実は弥生という名前の奥底には『水季』が隠されていたのです」

「なるほど、百瀬弥生も月岡夏や南雲水季や海たちと縁があったのだな」

「名前の縁から考えると夏と弥生はこのままではないでしょうね」

「さすが名探偵だな、マーロウ」

マーロウは照れくさそうに言った。

「小田原駅まで送りますよ」

マーロウがクルマのエンジンをかけた。カーラジオから流れてきたのは『ハナミズキ』だった。


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