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君と地獄

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君と地獄

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あの日から男は寝ていない。

食事も喉を通っていない。

気力も体力も、何一つ、
彼を動かすための力は残っていない。


ボロボロになった体と心で、
辛うじて、稼動する足を引きずるように、

一歩一歩、命を削るかのように、
ある方向へと歩いていった。



彼はどうしてもここに戻ってきたかった。
数日前、彼女と別れたこの場所に。

やはり彼女はここにいた。


数日前も変わらず、
彼女はうつ伏せになって倒れていた。



少し彼女の体は朽ちていた。

鳥だろうか、獣だろうか、
かじられたような跡がある。



望んだのは彼女だ。

彼は自分にそう言い聞かせるが、
何故だか涙が止まらない。

彼は彼女の側に膝を着いた。



「おれもここで」

「A子」

「遅くなってごめんな」



彼は自分の喉をナイフで突いた。

彼の涙と血は混じり、
彼女に重なるように倒れた。




何も楽しいことなんてなかった。
幸せなことなんてなかった。




彼は死に逝くなかで、
彼女と重なりあうなかで、


小さな幸せを感じていた。

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