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【連載小説】韓信 第2話(2)少年期


 韓信は虚勢を張る、ということがなかった。できることとできないことを冷静に判断し、自分の将来についても夢想することはない。同じ年ごろの鍾離眛などには、韓信のこのような姿が、実につまらない男にうつるのである。

「男として生まれたからには、もっと気宇壮大であるべきだ。信、おまえは意気地がなさ過ぎる。家宝の剣が泣くぞ」

 鍾離眛のいう剣とは、韓信の父が城父より持ち帰った、あの長剣のことである。

 韓信はこの剣がむしょうに好きで、幼いころは背中に結びつけて持ち運んでいたが、ようやく背丈が伸びてきたこのごろは、腰に帯剣するようにしている。しかしまだ充分に成長していないので、長すぎる剣の鞘の先が地面にあたり、がちゃがちゃと金属音を奏でることが多かった。このため韓信が通りを歩くと、姿が見えなくても人々は音でわかったといわれている。

 しかし韓信の母は、息子が剣を持ち歩くことを好まなかった。

「大切なものなら、大事にしまっておきなさい。見なさい、鞘の先が傷だらけではないですか」

 と、小言を繰り返すのだった。

 これに対して韓信は、父親ゆかりの剣を持つことで、父と一緒にいる気持ちになれる、などということは言わない。彼が言うのは、外を歩いていると何が起こるかわからない、自分は年若く腕力も充分ではないので、いざというときには剣で対応するつもりだ、ということであった。

 どんな価値のある剣でも大事にしまっておいたのでは、その価値を発揮できない、剣というものは人を斬るためにあるものだ、と淡々と語るのである。その口調にも内容にも、少年らしさはあまり見受けられない。

 そのような息子の考え方に危険を感じた韓信の母は、父親がどんなに温厚な人物であったかを話して聞かせ、父が剣を持ってきたのは、息子に人を斬らせるためではないと説明した。

 それに反論するように、韓信は言う。

「私はもう何年もこの剣を持ち続けていますが、未だかつて人を斬ったことはありません。どうしてだかお分かりですか。私がこの剣を持ち歩いていることで、私に危害を加えようとする者がいないからです。剣を持つことで人を斬らずにすむ。父上がこの剣を私の護符にした、という意味が……今ではよく分かります」

 母は、おまえのように綿もはいっていない貧相な服を着た者を襲っても何も出てこないことがわかっているから、人はおまえを襲ったりしないのだ、と言い、大げさに物事を考えずにもっと人を信用するものだ、とさとした。

 後年になって韓信は母親との会話を悔恨の念を持ってよく思い出した。あのとき守るべきは自分の身などではなく、母親の身だったのだ。


 世の中にはよい意味で年齢不詳の人がいつの時代にもいるものだが、韓信の母がまさしくそれで、年齢や出産、あるいは労働の苦労を外見からはまったく感じさせない美女であった。

 美女といっても、王宮にいるような高貴な存在ではなく、彼女自身が息子に語ったように、綿もはいっていない服を着ているような庶民的なものである。決して近寄り難い雰囲気を持っているわけではなかった。

 邑のなかのいつまでたっても可愛い娘、といったところだろう。

 本来であれば、こういう女性は「箱入り娘」としてめったに外に出さないのが本人にとっても保護者にとっても安全な道だったし、実際に韓信の父は外に出るのはいっさい自分の役目として、妻は文字通り奥方として不必要に人目にさらさないよう気遣っていた。

 ところが夫の死によって、韓信の母はいつまでも奥にいるわけにもいかなくなり、外に出て働くようになった。

 だが、人前に出るようになると、悪意の目も避けられない。

 儒教が国教になるのはまだまだ先で、仏教が伝来するのはさらに先の未来である。個人の道徳観が希薄な時代だった。

 ある日、韓信の母は、小作している畑の脇の草むらで、二人の男に犯された。

 よくは思い出せない。農作業中に見知らぬ二人の男に襲われ、必死に逃げたが、下草に足を取られてつまづいたところで捕まり、馬乗りに抑えつけられた。もう一人に両腕を抑えられ身動きできなくなると、そこから乱暴に……。

 抵抗しようとして逆に顔を殴打されたところで、気を失ってしまった。しかし、意識がまったく無かったわけではない。

 二人の男が交代で何度も自分を犯すのが感じられた。とすれば自分はただ恍惚状態に陥っていただけではないか、とも思う。だとすれば、恥ずべきことだった。

 夕暮れ近くなり、ふと我に帰ると、一糸もまとわぬ姿で草むらの中に寝そべっていた。傍らにあった衣服はどうしようもなく破れていたが、何もないよりはましだったので、それを身に付け、走るようにして家に帰った。

「信には知らせないでおくことだ。あなた自身も忘れるしかない。つらいことだが犯人の顔かたちも思い出せないというのであれば、恨みを晴らすのも難しいだろう。あまり思い詰めず、今まで通りに過ごしなさい……そのほうがいい」

 相談を受けた栽荘先生は、この件に関してはあまり気の利いたことも言えずじまいだった。

「……さて、悲しいことではないか」
などとと言って、嘆息するしかなかった。


 翌日になって、韓信が珍しく自分から話しかけてきた。

「先生、母の様子がおかしいのですが……お心当たりはないですか」

 栽荘先生は、いや、わからんとしか答えようもなく、夜通し泣いておられるのです、という韓信の訴えに心を動かされはしたが、実際に言ってやれることは何もなかった。

 翌日も、その翌日も韓信の報告は続き、栽荘先生もこのままでは自分の方が気狂いするのではないかと不安になった頃に、韓信がいつもとは違う内容の報告をした。

「先生、母の姿が見えないのですが……なにか聞いておられませんか」

 韓信は母の帰りを待ちながら、一晩ひとりで過ごしたと言った。行き先にも心当たりがなかった栽荘先生は、またしてもかけてやるべき言葉が見つからず、そのまま時が過ぎていった。


 それからほんの三日後に鍾離眛は、邑の水路から女性の水死体が引き上げられる場面に遭遇した。

――あれは、信の母ではないか。

 不審に思った鍾離眛は、急いで栽荘先生のもとに走ってことを伝えようとしたが、都合悪く韓信もそこに居り、なかなか話が切り出せない。仕方なく耳打ちして知らせると、先生は目つきを変え、

「なぜ、もっと早く言わぬ」

と大声を放ち、現場に急行した。むろん、韓信を連れてである。

 そこで彼らが目の当たりにしたのは、韓信の母の変わり果てた姿だった。

 日頃、物事にあまり興味を示さない韓信だったが、この時は目を伏せ、しゃがみ込んで泣いた。

――こいつでも、泣くことがあるのか。

 鍾離眛は思い、普段のように前向きな言葉もかけられなかった。

 いっぽう、泣きながら栽荘先生から事件の真相を聞かされた韓信は思った。

――秦の政治は、法家主義だというが、手ぬるいではないか。

 韓信はこの事件から、以前にもまして、容易に人を信用しなくなった。

 三人は韓信の母のなきがらを邑が見下ろせる高台に運び、そこに小さな墓を作って葬った。

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