介護ってなんなんだろう
昨年の師走の頃の話。
私の母が初めて不可解な行動を起こしたと弟から連絡があった。
以前から認知症の疑いがあると知ってはいたが少しショックを受ける。通園の初めの頃はニコニコ楽しそうに過ごしている、と聞いていたのだが。
家にいるときはいたって普段通りの様子だと弟はいう。
ある日のこと。送迎車の中で「殺されるから、ここで降ろして!」と車の窓をバンバン叩き、持っていた杖でドアをドンドンつついていたらしい。
迎えに来るよう連絡をもらった弟が顔を見せると安心した様子でその日は終わったそうだがその後もデイケアでやはり「殺される、、」とぶつぶつ言うことが増え、ある日は利用者なのかスタッフなのか(弟は利用者だと聞いたが不明)男性に対し「あなた男でしょ!私のこと守ってよ!」と説教のように大声を出したと聞いた。
あくまでも私がその状況を目の当たりにしたわけではないし想像するほかないのだが、たとえ認知症だからといって意味もなく「それは病気だから」と捉えるだけで病院や薬に頼るのはいかがなものか?と私は思っている。
レビー小体型と診断された亡き義父は特に幻覚が酷く私達には見えない“誰か”に向かって深いお辞儀をしたり、泣きそうな顔になりながら「申し訳ありません」と謝ったりしていた。
しかしそんな義父の様子を眺めているうちに、相当厳しいノルマに追われ、本来口下手で人一倍営業に苦労したであろう保険外交員だったかつての義父の姿を想像できるのだ。
前述の母の言葉ももしかしたら、いやこちらの勝手な推測でしかないが今までの母の苦労の種といえば弟の病気や生活のこと。母の過剰な過保護が原因とはいえ自ら物事を判断し、行動しようとせず家庭内暴力を繰り返す弟や、そのことを母が相談をしようとするにも黙っているばかりで話題から極力避けようとしていた父(父自身が暴力の対象になっていたことも原因かもしれない)に対する鬱憤によるカタルシスのようなものが今になって「あなた男でしょ!」と他者である“男性”に無意識に向けられたのではないか、と考えてしまう。
そんな私も娘という身近な存在でありながら自分のことで精一杯であった。ゆっくり話を聞いてあげる機会も作らず結婚して母から離れてしまった。人によれば“逃げた”ように思われるだろう。しかし自身の家庭環境に逃れるために結婚を選んだわけではないし、今となっては経済的、精神的に自立したことによって冷静に母と向き合うために必要な過程であったと捉えている。残念ながらこの世の中には親、兄弟等家族が原因で結婚、出産、育児、仕事、学校など様々なことを諦めざるを得ない人が多い。それがいわゆるヤングケアラーといわれる方達だろう。
私自身、社会に出た頃は既に父も定年間近、母も内職が出来ない年齢になっていたので定期的に給与の一部を生活費として母に渡していた。私の結婚が決まった時期、母からこう言われた。「お金のことは気にするな。あなたが結婚してもせびるようなことはしないから安心して結婚しなさい」と。
昔から母はあまり人に相談事をしない人だった。弟の問題も自分の身近なきょうだいや友人に話さず母一人で解決しようともがいていた。
あの“事件”を機に母と向き合いゆっくり話を聞いてみるとデイケアに怖い人がいる、という。ただ一人だけなのでその人がいなければその日はいい。私だけが我慢すればいいんだから、デイケアを変えなくてもいい、どっちでもいいという。
「我慢すればいいんだから」って、、、我慢しなければいけないデイケアって何よ?
弟も「そういえば、僕が見学してもいいですか?と聞いたらえーっ?と嫌な顔されたなあ」という。
おいおい、そんなデイケアに今まで長い間変だと思いつつ通わせていたとは、、!
以前私は家族が人生を犠牲にすることのないように公的な介護支援をもっと上手く利用すべき、とNPO法人と介護経験のある編集者の著書『親不孝介護』という本を紹介させていただいた。
もちろん、介護に関わるすべてをそのようなサービスに丸投げしろということでは決してない。
ケアマネや施設のいうことが“すべて”正しいということではないし“すべて”疑わしいということでもない。
本来介護される人(うちの場合は母)の状態を第一に考えるべきではないのか。
今まで私と弟がヘルパーやケアマネに丸投げだったこと。これでは本当の意味で“親不孝”介護だったと私自身も非常に反省している。
手続きが面倒くさい、今までお世話になってきたから先方に悪い、えらい人(母がいう怖い人)に何か嫌みを言われる、といった理由でこのままでいい、と初めは頑なだった弟も「そういえば変だな」と思っていた、とやっと打ち明けた。弟は突然の環境の変化などにパニックを起こしやすいのだが、お母さんのことをもっと考えてあげようよ、と自分への戒めと反省も含めてなるべく丁寧に説得をする。
現在、施設の変更も検討している。前任のケアマネージャーも退職したので弟はガッカリしている。どうもたくさん世間話をしていて馴染みのあった方らしい。
どうやらその旧ケアマネもかなり変わった方であった。
例の母が「送迎車で暴れた」事件の話を聞き、母本人に
“誰に殺すと言われたのか?”
“なぜ怒りのスイッチが入ったのか?”
と厳しく追及していて、お母さん怯えてたよ、手が震えてた、と弟がいう。
なぜ母を怯えさせる程追及するのか?
ケアマネが交代する、と弟から知らされ私も新旧のケアマネに会った方がいいだろうとこの機会に初顔合わせをした(会うのが遅いけど)。
旧ケアマネの質問に疑問を持ったからである。
するとやはり
「施設や娘さん、息子さんに迷惑が掛かるから宿泊型の施設に入ることも考えなきゃね!」
と母に向かって呼び掛けるのであった。
、、、!?
認知症の疑いがある本人になぜ面と向かってそんな話をするのだろうか。
母も困惑していた。それはいやだなあ、と。何を話しているかはちゃんと母は理解はできている。母は自分がおかしなことを口走ったことも覚えているようで「私が騒いだせいか周りの目が冷たく感じるのよね」。
しかしそのような話を本人に対して話す、という旧ケアマネの頭の中が私は理解できない。
とにかく早く高齢者専門の病院に連れていけ、と弟に必死にのたまう。あなたの介護(本当のところ介護というより見守りだろうが)も楽になるんだから、などと弟を問い詰めている。今度は弟が怯えて手が震えている。
あー、こりゃだめだわ、、弟が気を許せる人なんだから悪い人ではないのかもしれないがケアマネとしてはどうなんだろう?
「なんで退職するんですか?」と前もって私が聞かない方がいいよと言っていたにもかかわらず弟がケアマネの退職理由を聞いてしまう、、。ああ。
先方、案の定?言葉を濁していた。
何か言えない理由があるのだろう、、、。
デイケアのリーダー、ケアマネ、父が生前の頃から訪問している薬局までがとにもかくにも専門の病院に行け、と言われたらそりゃ弟でなくても連れていかなきゃ!と思うかもしれない。
薬局までが認知症の薬をはやく病院で処方してもらってという。思わず「施設やケアマネとつながりがあるんですか?(グルなの?)」と聞いたら「いや、全く。ただ症状が悪化するといけないから」とのたまう。
新ケアマネにも薬剤師から電話があったそうで
「弟さんがパニック起こしてる。今施設を変えたらダメです、早く病院に行って処方箋をもらってきてほしい」
とすごい剣幕で捲し立てられた、と気落ちしていた。新ケアマネに「それって母のために言っているのか、それとも弟が混乱しているからなのかどっちだと思います?」と聞いてみたらたぶん弟さんが怖いからじゃないですか?と。
弟も病気(統合失調症)だし、すぐ混乱しやすいし非常識だし自己中心的で平気で人を傷つけるけど。姉の私も彼の言動や態度でしょっちゅう腹はたててるけど。
今まで弟に意見をいう方々(デイケア以外)の話を直接聞いてみると、本当に母のためを思って助言しているというより
「もっと症状が悪化して手遅れになったら困る」
というもの。その困る人、というのが私や弟だというのは表向きでゆくゆくは自分たち、という気持ちが透けて見えてこれから誰を、何を信用していいものやらわからなくなってしまった。
初めて薬局の方との電話で私は結論を言わせてもらった。
「もし、環境(施設)が変わってしまったら母の症状は悪化するかもしれない。しかしその時はその時で改善策を考えればいい。とりあえずかかりつけの病院で相談して薬を処方した方がいい、専門の病院に行った方がいいというならばそれに従う。どんなに手続きが大変だったり面倒だったりしてもまずは母の気持ち優先で、母が穏やかに日々を過ごせることを優先に考えていきます」
私だって専門家じゃない。母も弟も、私だってこの先「自分が自分でなくなる」のは怖い。
ただただ心穏やかに過ごせる日々が少しでも長い方がいいに決まってる。
後日再度薬剤師の方から電話あり。やはり認知症の薬をもらっておいた方がよい、とのこと。専門の医療センターに予約だけ取ってください。後はこちらでケアマネに電話しておくと言う。
初めて専門の医療センターに電話をしソーシャルワーカーに母のことを相談し、受診の予約を取る。ソーシャルワーカーの明るい対応に少し心が軽くなる。
ケアマネは薬局から話を聞き「これからもしかしたら大事(おおごと)になりそうだけど、あまり心配することはないですよ。専門の先生やソーシャルワーカーも優しいし。話を聞きに行くと思えば。でも出来ればケアマネの私を通してもらった方がよかったかなあ」と。
そりゃそうだ。ソーシャルワーカーも緊急連絡先とケアマネの連絡先を聞いてきたのだから。
とりあえず何事も経験だと思うようにしてあまり深く悩むのはよそう。
しかしあれこれ考えて眠れない夜が続くかもなあ。
あーあ、家なんか建ててる場合じゃないよ(?)
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