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〔台本〕摩天楼 著.玉城エト 作:吉谷しな


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前置き

玉城エト。高校生ミステリー小説コンテストで大賞をとった彼女はその圧倒的な美貌故に、単なる作家としては絶大とも言える人気を集めていた。緑がかった深い黒髪に、ツンとした鼻。猫のように鋭さと愛嬌を備えたアーモンドアイ…ミステリ作家らしいミステリアスさを兼ね備えた類い稀なる文才。完璧な彼女の元へ一本の電話が鳴り響く。「もしもし、工藤です」。ただの取材依頼が、彼女の人生を大きく変えることになると…この時の彼女はまだ知る由もない。

登場人物

(女)作家:玉城エト役と彼女の過去作である『摩天楼』に登場する作家役を並行して兼ねることになる。
(男)工藤:豚と呼ばれる殺し屋”伊藤”と、『摩天楼』の登場人物である工藤、二役を並行して行う。
(男)鷹司:伊藤の旧い馴染み。情報屋。胡散臭い話し方。
(女)給仕:鷹司の元で家事などをして働いている。おっちょこちょいなお馬鹿さん。
(女でも男でも)夢花:殺し屋。日本語がとても流暢な中国人。お茶目だが見た目はクール。

*店員とニュースキャスターをどなたか兼ね役お願いいたします


上演時間

35分ほど

読み込みの際のヒント

「」の有無

本編

作家:正直、私の作品は世間が言うほど面白いものじゃないと思う。
私ほどつまらない人間が描く作品が、前時代の大先生の作品に肩を並べられるはずがない。
にも関わらず、浅薄で観察眼のないメディアは、私のことを次世代の江戸川乱歩だのと騒ぎ立てる。
他の作家と違うところなんて、若い女性であり且つ、少し、容姿が整っていることくらい。ほんの、少し。

工藤:「もしもし、工藤と言います。」

作家:デビュー作が話題になって、バラエティに出演して。

工藤:「玉城先生の番号でお間違えないでしょうか」

作家:美人だなんだと誉めそやされるのが気分がよくて、ドラマにゲスト出演だなんてしてしまったのが間違いだったかもしれない。

工藤:「先日は取材依頼をお受けくださってありがとうございました。」

作家:どんな職業もアイドル化が進む現代のことだから、少しの才能と少しの顔の良さに恵まれればメディアに出るし、出れば人気になる。

作家:せめて稼げるうちに。
そんな情けない動機でありとあらゆる取材を受けていた。

工藤:「一週間、こまめにはなりますが…どうぞよろしくお願いします。」

作家:それが自身のアイドル化に拍車をかけて、より一層、自身の精神を病ませるのだけど。

0:取材中

0:可能であれば次の作家のセリフはフェードイン

作家:西野先生と仲がいいかなぁ、同じ女性作家だし。先週は西野先生に誘われて先生の作品に出てきそうなおしゃれなカフェに行ったよ。西野先生、『やっと終わったけど次の作品どうしよう〜』って…ネタ切れするくらい魂込めた作品みたい。

工藤:先生はネタ切れとか経験ないですか?

作家:ネタ切れは創作を生業にする私たちにとっての致命傷だからねぇ、ネタ切れしない…というよりか、しないように頑張ってる…かなぁ

工藤:へぇ、頑張ってなんとかなるものですか?着想を得るきっかけとか…やはりあるんですか

作家:うーん…実生活をもとにした妄想かなぁ、大体は。

0:手帳にメモする工藤の手元を見つめるエト

SE:書き込む音


作家:工藤さんは…

工藤:はい(書き込みながら

作家:携帯とかPC、ないの?

0:ふっと顔を上げる工藤

工藤:携帯は持ってますよ。3つくらい。仕事用と、仕事用と、もう一つは…

作家:仕事用?


工藤:さすが推理小説作家。

作家:でもおかしいね、

工藤:何がです?

作家:私と一緒にいる時間って仕事時間なはずなのに…携帯を使ってるところ、一回も見たことがない。


工藤:連絡にしか使わないですからね

作家:記者ってそんなに暇だっけ。人前でも連絡の一つや二つ、絶対するでしょ。


工藤:絶対?いいえ。現に僕が例外のうちの一人です。

作家:先輩作家と同じくらい回りくどくてめんどくさい冗長な応え方。

工藤:はは、先輩作家さんと同じくらい…。僕も作家になれますかね?

作家:本当に記者なら、文章力は充分じゃない?


工藤:…大物作家からのお墨付きか。光栄ですね。

作家:工藤さんには無理って意味だったんだけど


店員:お待たせいたしました。こちらアイスティーです。


0:工藤の前にアイスティーを置く店員


店員:そしてこちらホットコーヒーです

店員:注文の品は以上でよろしいでしょうか?

作家:はーい

0:去る店員

工藤:それで…

作家:(コーヒーに角砂糖を七個ほど放り込む)

工藤:どういうことですかね、

0:沈黙

作家:え、なんの話?

工藤:さっきの話の続きです

作家:…?…あぁ、作家は無理だよ

工藤:やっぱりそれほど厳しい世界なんですか

作家:ある人にとっては天職だけど、またある人にとっては転職必須の悲しき世界かもねぇ、ははー、あ〜寒い

工藤:やはり8年ちょっと記者をやったぐらいじゃ太刀打ちできませんか

作家:作家になりたいの?

工藤:これでも元作家志望ですよ

作家:ふーん、それ”は”本当?

工藤:本当ですよ。文字書きが諦めきれなくて記者という職にしがみついているんです。

作家:今の職が正解かもね

工藤:そうですか?

作家:うん、作家も記者も、大変な仕事だから。

工藤:本当に、疲れますね。編集長に叱られてばかりで。

作家:残念ながら工藤さんのとこにはお世話になったことないからなぁ、編集長、誰だったっけ?


工藤:上坂さんです。

作家:うん、やっぱり記憶にないな…

工藤:厳しい人なので知り合うべきじゃないですね。今回だって、コンテンツを取ってこないとこっぴどく叱られる。

作家:でも辛い取材も今日で終わり、よかったですね、工藤さん。

工藤:今回は随分とかかってしまいました

作家:「私を殺すのに?」

工藤:失礼、なんと?

作家:「大変な仕事だねぇ。君も。私を殺すために一週間も密着取材だなんて。場をセッティングするのにはきっとより長い月日が必要だったろう?でも仮にも私は推理小説作家。探偵ごっこは得意なのだよ。」

工藤:。

作家:。


工藤:「先生おっしゃっていましたもんね。自分の経験をもとに作品を作ると。」

作家:「なかなかいいんじゃないかい?」

工藤:「私がモデルですか?」

作家:「あぁ」

工藤:「殺人犯の?」

作家:「あぁ」

工藤:「光栄ですね。どんな話にするんですか?」

作家:「そうだねぇ。とある推理小説作家が、巷で話題の連続殺人犯をモデルに作品を書く。それが引き金となってその小説家は命を狙われてしまうんだ。記者と偽って小説家に近づく犯人と犯人の正体を探る小説家、気になる勝負の行方は?小説家は無事生き残ることができるのか?」

工藤:おお

作家:…

工藤:「その話は記事にしても大丈夫ですか、随分と面白そうだ。」

作家:結構粘るね、工藤さん。

工藤:…


作家:「さすがについた嘘に無理があったんじゃないかな?出版社から金をもらっている作家に対して、『出版社から金をもらっている記者です』と嘘の自己紹介するのは素人でしょう。警察の残飯潰し、「豚」が聞いて呆れるね。」

工藤:(アイスティーを飲む工藤)

作家:だけどどうやって私を殺すつもりだったんだろう?今日が締め切りなのに…まさか!コーヒーに毒でも?

工藤:「口をつけないのはそれが理由ですか?」

作家:…

0:角砂糖の溶け切ったコーヒーをぐるぐるとかき回す作家

工藤:「『先生について知りたいから密着取材をさせてくれ』というのは本当ですよ。」

作家:どっち?

工藤:…

工藤:「私がついた嘘は一つだけです。出版社に勤めている、と言うこと。」

0:作家のコーヒーカップに手を伸ばす工藤

作家:あ

0:コーヒーを一口のむ工藤

工藤:殺すつもりなんてないですよ。

作家:じゃぁ工藤さんは悪質なファン、ストーカーってことでいいかな。

工藤:正解です。

作家:警察

工藤:それは少し待ってください。


作家:少しでいいの?

工藤:いえ、まぁ…むしろ待たなくてもいいですが、無意味です。


作家:今ここで『この人ストーカーです」って叫んでもいいかな

工藤:それはなかなか、困りますね

作家:(大声を出そうと息を吸い込む

工藤:(手で制す工藤)頭のおかしな人と一緒にいると思われるのはいただけない

0:吸った息をため息にするエト

工藤:「普段から種明かしのシーンは犯人が輝くように丁寧なセッティングをする先生のことですから…場所を変えませんか。」

作家:…「ちなみにどちらへ?山奥やら岬やらに行くつもりならお断り。せめて死に場所は死体が見つかるとこがいい。」

工藤:ハハ

作家:「死体を見て…
    探偵に、推理してもらわないと。」

0:場転

鷹司:(ため息をつく

給仕:何読んでるんですか?

鷹司:これ

0:本の表紙を給仕に見せる鷹司

給仕:え、なんて読むんですかこれ、、、しょうてんざくら?

鷹司:まてんろう。どうやったら…?

給仕:まてんろう?萬天樓(まんてんろう)さんと関係ありますかね?

鷹司:あ、晩御飯は久しぶりに中華にしようか

給仕:え!やったー!流れからして萬天樓さんですか?!

鷹司:そうだねぇ

給仕:あ、でも今日祝日ですよ?空いてますかね?

0:勢いよく開け放たれる扉

夢花:ダカズカサん!

給仕:あームンファさんちょうどいいところに!

夢花:うんうん!ココいいところ、わたしもそうおもう

鷹司:今晩、あそこの予約取りたいんだけど…

夢花:アー!あの部屋ネ!イイヨー!今日はダレもこないダカラ

給仕:やった〜!楽しみ〜

鷹司:どうせなら夢花さんも一緒にどう?

夢花:ダカズカサんのモチ?

給仕:もち?

鷹司:もちろん、僕が持つよ。奢り。

夢花:なら食べるヨ〜したい話モある

鷹司:うんうん、だろうなと思って

夢花:何時がイイ?

鷹司:いつでも

夢花:おっけいね。今聞いてみるだから…(携帯を操作しながら)もしかしたらすぐ行けるカモだ。

給仕:え、今すぐ?じゃぁ私お腹空かせないと…

夢花:いつでも言ったのダカズカサン!

給仕:あ!いや、私はいつでも大丈夫です!

夢花:日本人いつも大丈夫じゃないくてもダイジョブダイジョブ言う!どっち?!ダイジョウブカ?!ダイジョウブジャナイカ!!ダカズカサン!!

給仕:あわわ…興奮してどんどん言葉がカタカナに…

鷹司:(本の続きを読んでいる鷹司)

夢花:オイ、頼み事しといて本読むはナイだ。親指落とすねケジメつけロ!

鷹司:あぁ、ごめん

夢花:ンモ!奢るじゃないならパンチだった!

SE:LINEの通知音

0:確認する夢花

夢花:ウン!今から行く!

給仕:えぇ?!は、早い…

夢花:時は金なり、早く

鷹司:行こうか、ちょっと待っててね。すぐ戻る。

0:支度をしに行く鷹司

夢花:オ、タカズカさんはほんとにダイジョブ

給仕:(情けない声)…鷹司さぁん…

夢花:ハァン…ナルホド

給仕:?

夢花:ダカズカサん、アレだ、高いご飯“持つ”の怖くテ、お腹いっぱいのヒナタ、ツれて行く。

給仕:む。鷹司さんはそんなケチじゃないですよ!?

夢花:阿、じゃ、どしてヒナタのダイジョブがダイジョブジャないでアルだと…ん?ヒナタの、ダイジョブ、ソウ、ダイジョブデハない、ん?(話してるうちにわからなくなる夢花)

給仕:本読んでる鷹司さんに話しかけちゃって、その時にムンファさんが来たので…続き読みたかっただけだと思います。

夢花:ア?本?

0:給仕の目線の先にある本を見遣る夢花

夢花:アー!摩天楼(モーティエンラウ)ね!

給仕:知ってるんですか?

夢花:読んだね!

給仕:え、すごい!あ、いや鷹司さんが中国語で読んでるのかな…

0:本をパラパラとめくる夢花

夢花:ンー、これ日本語ねぇ

給仕:ひぇ〜…ムンファさんすごい…鷹司さんの読む本難しそうなのに

夢花:普段は本とかよまねぇだけど…この作者有名カラ、チャイニーズバージョンある。ソレで読んだよ。翻訳もキレイ。オモロしい。

給仕:どんな話なんですか?

夢花:ンーそんなムズカシ話じゃない。短く読む、「アーおもろしかた!」。

給仕:へー!じゃぁ読んでみようかな!

夢花:もしかしたら日本語だけわかる冗談あるカモだが…バカでも楽しむできるお話ね!リポーターの真似したヒトゴロシが作家にコンニチワ、殺すチャンス狙う、

給仕:あぁっ!ネタバレ!

夢花:どんな話か言うてそれハないや。

給仕:ネタバレしないでどんな話か教えて欲しかったんですよぅ…大まかに…

夢花:ごめん無理だ。で…

給仕:あー!あーー!!(次のセリフ中も喚き続ける

夢花:デモ、ヒトゴロシは殺す予定なくて、ただ作家の再現してる、last battleが摩天楼だから摩天楼ネ。

給仕:あーーーーーーーーーー

夢花:マ、トニカク、オモロい話

0:鷹司戻ってくる

鷹司:お待たせ

夢花:ソレジャ、行くか。安心しろタカズカさん。

鷹司:ん?

夢花:ヒナタ、頭いっぱい使ったカラお腹ペコペコだ。

0:場転

0:中華料理店の個室

作家:…ご馳走様

工藤:お口に合いましたか?

作家:味は、なんだかよくわからなかった気がするけれど。

工藤:ハハ、でしょうね。

作家:…

工藤:どこまで分かりましたか?

作家:うーん…

工藤:先生の推理が今日の、この食事の支払いです。

0:真剣な面持ちで工藤を見据えて考える作家

作家:…

工藤:…

作家:…何も…わからない。

0:…

工藤:…っ、ははは!

作家:(ため息)情報を握ってる方は余裕だね…こっちは殺される可能性を捨てきれずヒヤヒヤしてるのに…。この一週間で分かったことなんて、君が私の作品のファンなことぐらい。

工藤:それは伝わりましたか

作家:伝わるよ!熱心なファンでも、ここまでセリフを一言一句正確に覚えてられない。だいぶ重症なタイプのファン…

工藤:「いつ気づきましたか、私が記者じゃないことに」

作家:取材依頼の第一声…いや、それは嘘かな。『工藤と言います』。その第一声で自作品をちらと思い出して…記者じゃないと確信したのは聞き覚えのあるセリフが君の口から出てきて…作品の筋書き通りの返事をしたら筋書き通りの返事が返ってきた…。今だって…うん、すごい、不思議な気分…

工藤:「記憶力には自信があるんです」

作家:そろそろ教えてくれても良いんじゃないの?工藤さん、あなたが一体何者なのか。

0:勿体ぶる工藤

工藤:先生、

作家:…

工藤:摩天楼、面白かったです。

作家:え?あ、あぁ、それは、どうも。うん、だいぶ気に入ってくれたんだろうなとは思ったけど…

工藤:先生も僕のファンだったんですか?

作家:…?

作家:…(アドリブ)

工藤:ふふ、初めまして。僕は、「豚」と呼ばれています。

0:場転

給仕:えぇと、小籠包二つ。あ、ふたつっていうのはこの、四個入りのが二つってことです。はい…あと…えび餃子、お二人も少し食べますよね?はい、これ三つ。あと蟹炒飯と麻婆豆腐と…八宝菜、わ、これなんですか?!美味しそう。じゃこの…なんて読むのかな、はい、これも一つ!お二人は?

鷹司:僕は…このコースお願いします。

夢花:あー、ヒナタ。

給仕:はい?

夢花:それ全部、食べるか?一人で?

給仕:いや、少しずつみんなでと思ったんですけど…メインは私です。なので食べたいものがあったらとってください!

夢花:あ、ああ…そうか。タカヅカサン大丈夫か?

鷹司:財布の心配をしてくれているのかな?

夢花:財布と、ヒナタの腹だ

鷹司:大丈夫、本当にこの子、ほぼ全部一人で食べるから。

夢花:そうか…じゃ、私、烏龍茶で。

0:店員退室

鷹司:ひどいね、“信用”してくれないなんて。情報屋に対しての無礼だよ。

夢花:もし残ったら勿体無い、…絶対ヒナタの腹、破れる

給仕:破れませんよ!大丈夫です!

夢花:それはほんとに大丈夫な大丈夫か?

給仕:大丈夫です!

夢花:…そうか。

給仕:ご飯来る前に私、お手洗い行ってきますね

鷹司:いってらっしゃい
…それじゃ、本題に入ろうか、ムンファさん。

夢花:あぁ。

0:軽く咳払いをするムンファ

夢花:タカズカさんは豚を知ってるか?角煮にされる方じゃない、コードの方だ。

鷹司:知っているどころか…うちの一番の太客さ。彼の”準備”は全部僕がやってる。情報屋と客以上の関係かな。友達。

夢花:あー…トモダチか。

鷹司:何か不都合でも?

夢花:いや…実は一週間前に、殺人の依頼がきた。

鷹司:「豚」の?

夢花:いや、違う

鷹司:誰?

夢花:それは言えない。でも、有名人ね。

鷹司:フゥン、それで?

夢花:うちのダフネが担当したが、難しい。

鷹司:あのダフネが?

夢花:常に女の周りに同じ男いる

鷹司:女、はターゲットだよね?彼氏とか?

夢花:いや、そういう感じじゃない、ダンナとかでもない、ボディーガードでもない

鷹司:一般人?君のとこなら殺す過程で巻き添えしても大丈夫そうなものだけど…

夢花:や、それが…プロかもしれない

鷹司:殺しの?

夢花:あぁ

鷹司:考えられるのは…依頼重複…かなぁ。その男もターゲットの調査中とか。

夢花:それを疑って依頼人に聞いた。そしたら、前依頼したやつには断られたって言った

0:何処か納得した顔の鷹司

鷹司:あぁ、それが

夢花:そ、「豚」だ。

鷹司:確かに。豚は女性や子供の殺人は受けないね。

夢花:そーなのか

鷹司:うん。母親と兄弟を目の前で殺されているから…死体を見るのがきついらしい。

夢花:難儀な人生のやつが多いな

鷹司:君もだろ

夢花:はは、確かに

SE:ノック音

0:場転

作家:私は…夢でも見てるのかな

工藤:かもしれませんね

作家:同じ…自分が書いた話と、全く。

工藤:…

作家:ブタ…

0:長い静寂の後ガタッと立ち上がる作家

作家:あっ

作家:これは、これは再現じゃない。これはセリフじゃなくてほんとにほんとに自分の本心なんだけど、あの、殺さないでほしいです。
いや、どう弁明しても…だからその…たまたま聞いただけなの!

0:場転

給仕:ん〜美味しい!

鷹司:それはよかった

夢花:ヒナタはあれだ、こんなヨゴレシゴトやめて、フードファイターになるべきだ

0:口をもぐもぐさせながら

給仕:いやですよう!好きなものを好きなだけ食べる!これが幸せです!

夢花:幸せ…か。

鷹司:好きなことを仕事にしようとは思わないの?

給仕:え〜?鷹司さんは好きなことが仕事なんですか?

鷹司:んー、そうだね、僕はいろんなこと知るのは楽しいし、交渉とか情報整理とか人脈形成とか得意だし、人が僕の話す内容に一喜一憂してるの見るのは楽しいから…そうだね、好きなことを仕事にしているかも。

給仕:それなら私だってご飯作ったりお掃除したり、大好きですよ!好きなことが仕事です!ムンファさんだって…

夢花:エ?

0:場の空気が凍る

給仕:…あっ

夢花:…

鷹司:…

給仕:あ、あわ…ごめんなさい(涙目になる)

夢花:あー、いや…

給仕:嫌な気持ちにさせたかったわけじゃないんです、ほんとに…あぁもうどうして私って…いつも喋りすぎるせいで…傷つけてばかりで…

鷹司:大丈夫だよ日向。

夢花:そ、そうだ。ヒナタ、大丈夫だ。ほんとに大丈夫な大丈夫だ。

給仕:…

夢花:確かにムンファ、好きでもないヒトゴロシして金もらう。だけど、この世界にいたおかげでヒナタやタカズカサンに会えた。ダフネ嫌なやつだが、この世界にいなきゃあんな怖いやつ殴るできなかった。バレットや鷺だって小さい頃からやらされてる。そんな悲しなることじゃない。

給仕:…ごべんなざいぃ

夢花:それにコロシも板にズいてきた!そのうち好きな仕事になる!

鷹司:いやそれは…

夢花:文句あるか?

鷹司:はは、ないです。

夢花:よろしいね!

0:啜り泣いているヒナタ

夢花:あー…

0:諦めてお茶を飲んで間を保っている鷹司

夢花:わ、話題を変えるね!タカズカさん、摩天楼面白いね?

鷹司:あ、あぁ、読んだの?

夢花:読んだヨ!

給仕:(鼻を啜る音)

夢花:私あのシーンとか!好きね!作家が一生懸命弁明するけど結局本の内容と同じであたふたするところ!け、けきょく、そのままだと殺されるルートで悲しー!なやつ

鷹司:待って、僕まだそこ読んでないんだけど…

夢花:あ。

夢花:は、はは〜〜…ネタバレのプロフェッショナルね?

0:場転

作家:たまたま聞いただけなの!

工藤:「誰から?」

作家:ひどい!ここまできてもセリフを繰り返すの?誰から?担当の萩本さんからだよ!次の作品はどうしようかと考えあぐねていた私に色々噂話を持ってきたのは萩本さん…私は、その中で一番面白そうだった警察の残飯処理人の話を元ネタにしただけ!!まさかほんとにいるなんて…

工藤:はははは!

作家:思わなかったから…

工藤:大人びた人かと思っていたのに、実際は随分と年相応な喚き方をするんですね。お若い。

作家:全く嬉しくない!

工藤:安心してくださいよ。僕は先生を殺しません。

作家:…

工藤:先生の中の「豚」と、実際の私は別人です。存在を知られるのを嫌がって、一人一人しらみつぶしに殺していくなんて残酷なことはしませんよ。

作家:…

作家:いや…怖いよ…

工藤:怖いですか

作家:おかしいな、あなたは、ただ作品の登場人物を真似しただけの“ただのおかしな人”かもしれないのに、そう単にふざけたやつだとは思わせてくらない威圧的な空気感がある。

工藤:へぇ

作家:本当にこの人は、人を殺したことがあるんだろうな…という感じがする…気がする…

工藤:生粋の殺人鬼という感じがしますか?

作家:変に狂人ぶらないで、淡々と楽しそうに、いかにも“おとなしい普通の人っぽく”話す感じが、とても。

工藤:…「先生に見てほしいものがあります。」

作家:…

工藤:ふふ、どうぞ、座ってください

作家:…

工藤:手を貸しましょうか?

作家:…や……見るよ

0:疲弊気味に席につく作家

SE:椅子を引き摺る音


0:作家の前に書類を置く工藤

SE:紙の擦れる音

工藤:種明かしです。

工藤:まず僕は、先生の思い描く豚と違って、本当に、犯罪者しか殺しません。

作家:…

工藤:いや、まぁもしかしたら先生も脱税か何かしらの犯罪を犯しているのかもしれませんけど、そういうことではありません。それは、些細なことです。僕は、気にしません。

作家:(息を吐き出す)

工藤:僕が殺すのは、理不尽な理由で殺しの依頼をする人間とか、人を殺しておきながらなんの罪にも問われていない人間だとか…警察が処理可能な範疇から溢れ出した悪人の処刑、それが僕の“仕事”です。

作家:…

工藤:その書類は、今回僕が断った依頼についてです。

0:場転

鷹司:そういえば、玉城エトの殺人の依頼理由ってなんだったんだい?

夢花:あー、それは…あ、、、あァ?!?!?玉城エト?ダレだ?

鷹司:ダフネがなかなか殺せないターゲット。玉城エトだろ?

夢花:う…

0:にっこり微笑む鷹司

夢花:さすがネ。1を喋ると10を知る。鷹みたいに賢い。

鷹司:豚が関わることに関しては特にね。最近あいつが断った有名人がターゲットの殺人なんて…そのくらいだったし。

夢花:依頼理由…は大した情報じゃない、ね。ただのくだらない言いがかり。テレビ局ですれ違った時に玉城がその男に挨拶忘れたらしいネ。怒って収録中に嫌味言ったら玉城がそいつに皮肉返してそれが気に食わなかったらしい。

鷹司:うわ…

給仕:そんなんで殺されたらたまったもんじゃないですね!

夢花:金に物言わせて依頼してきたね。前任に断られたこともあってとても怒っていた。うまれながらのクソジジイという感じだ。

鷹司:フゥン…

夢花:いや、生まれた時は流石にジジイではないだな。クソガキや。

鷹司:やめてくれ今変な絵面想像してしまったじゃないか

夢花:え、ヅラ?鷹司カツラに興味があるか?

鷹司:ゴホッ(茶を喉に詰まらす)

給仕:えぇ?!鷹司さんハゲてたんですか?!?!?!?!?

夢花:ブハッ!

給仕:えぇムンファさん大丈夫ですか?!?!?!!?

0:後ろで小さくむせ続ける鷹司と爆笑する夢花、困惑する給仕

夢花:ハハっ、ヒー…(笑い疲れ)にしてもその豚とかいうやつスゴイだ。あのダフネが一週間も無駄にしている。

鷹司:(軽く咳払いをして)ダフネさんは別の仕事を優先してもらった方がいいかもね

夢花:ンー…でも報酬が高い。多分ダフネゆずらない。

鷹司:一応確認なんだけど…

夢花:ン?

鷹司:その依頼主ってまだ、生きてる?

0:ぎょっ

夢花:…まさか

鷹司:はは、多分…

給仕:ひぇ。

鷹司:死んでると思うんだよねぇ

0:場転

作家:つまりあなたは…

工藤:(緩く口角を上げる

作家:私の身を守ってくれていたってこと?

工藤:そういうことです。

作家:…

工藤:(返事を待つように作家を見つめる

作家:気持ち悪い…

工藤:ははっ(次の作家の台詞中、小さく肩を震わせている

作家:なんで?意味がわからない。殺人鬼が私の身を案じて守ってくれていたなんてそんなロマンス小説みたいなファンタジーが現実でおこるわけない!

工藤:ははは…

作家:そもそも!密着取材と言っても日中だけだったし、身だしなみだって整っていたし、毎日違う服…靴まで違ってた!

工藤:鋭い観察眼だ。さすが日々名探偵を創作している先生なだけありますね。

作家:茶化さないで!一週間監視してただなんて…

工藤:ずっとは見てませんよ

作家:んん?

工藤:流石に同業者のやることぐらい推測できますからね。ある程度の時間帯を抑えて依頼請負人の目に入れば、常に監視がいると考えてある程度は慎重になるものですよ。

作家:そうなんだ…

0:スマホをいじる作家

工藤:ん、何を…

作家:今聞いたセリフ、次回作に使えるかもだしメモしようと思って…

工藤:ははははは!

作家:というか、まって、つまり私はいつ死んでもおかしくなかったってことだよね?この一週間。

工藤:そうなりますね

エト:その癖っ毛で長い茶髪の薄ら笑いを浮かべて工具箱を持ち歩いてるキャラ強めのやつからこれからどうやって身を守ればいいの?

工藤:あぁ、殺し屋なら多分もう来ませんよ

作家:どうして?幽霊じゃあるまいし、お祓い程度で退いてくれる人じゃないでしょ?

工藤:殺したからです

作家:え?

工藤:依頼人を。

作家:…いつ?

工藤:最近

作家:どこで?

工藤:あそこで

0:窓からランドマークタワーを指差す工藤

作家:あそこって…あの高層ビル?

工藤:えぇ。“知っている”でしょう?

作家:そこの、宿泊階?

0:満足げに人差し指を作家に向けながら

工藤:正解。さすが玉城エト先生。

0:場転

0:場には鷹司、伊藤。給仕は側で仕事をしながらテレビを聞いている

0:鷹司は作業をしながら興味なさそうな受け答え

ニュースキャスター:なお、死体は顔に激しい損傷のある状態で見つかっており、なんらかの事故による失血死と見て捜査を進めています。

鷹司:なんらかの事故、ねぇ

給仕:あー!この人、テレビにいつも出てる嫌な感じのおじいさんじゃないですか!

工藤:…

給仕:有名人でもいつの間にか死んじゃうものなんですね〜

鷹司:そうだねー

給仕:あ、そうだ、鷹司さんが伊藤さんを迎えに行ってる時にムンファさんがいらっしゃって…

鷹司:あぁ、何か言ってたかい?

給仕:えぇと…「ダフネから、豚に一言、金返せ」

鷹司:うん、いい俳句だね。

給仕:よかった、伝わったみたいですね。

鷹司:ばっちりだよ、ありがとう。

給仕:いえいえ〜それじゃ私は表のお掃除してきますー!

0:鷹司は作業をしながら興味なさそうな受け答え

鷹司:だってさ

工藤:申し訳ないことをしたね

鷹司:申し訳ないなんて微塵も思ってないくせに

工藤:はは

鷹司:にしても、かわいそうに。伊藤にさえ仕事を頼まなければ死ぬこともなかったろうに

工藤:代わりにお気に入りの作家が一人消されるころだった

鷹司:運がよかったね。伊藤も、玉城エト先生?も。にしても伊藤もあんな作品読むんだね。自己啓発本の類ばかり読んでるかと思っていたけれど。

工藤:いや?僕は結構小説好きだよ?ミステリーとか…参考になるし。

鷹司:参考ねぇ。作り話を参考に殺人事件なんて起こされたんじゃ作家さんたちは浮かばれないな

工藤:そうでもなさそうだったよ?

鷹司:“そうでもなさそうだった”?

工藤:エトさん、自分を殺そうとしてた依頼人を僕が殺したと知った時の第一声が「よかった」だったから

鷹司:命を狙われてたんだしその反応は普通じゃない?

工藤:そうかな。安堵だけじゃなくて、喜びって感じだったけど。嫌いなあいつが死んでくれた!みたいな

鷹司:へぇ

工藤:やっぱり作品に人柄って出るんだなぁって実感したよ。いい経験だったな。一週間だけだけど、記者体験もできたし。

鷹司:楽しそうでなにより。

工藤:友人にもなれたし

鷹司:え?

工藤:うん?

鷹司:そこの交友関係、続行なの?

工藤:え?あぁ

鷹司:玉城エトって君が…その、君がどういう仕事をしてるか知っているんだよね?

工藤:そうだけど?

鷹司:すごいねその人。

工藤:やっぱりいい作品を作る人って核が狂ってるんだよ。真似しようと思っても到底及ぶものじゃないね。

鷹司:殺した奴らの鼻を削ぐ程度じゃ無理そう?

工藤:嫌味か?僕が狂人ぶろうとしてるって?

鷹司:いや別に?皮肉に聞こえたかい?

工藤:いいや、…まぁ、事実だし

鷹司:何が?

工藤:何も

鷹司:寂しいなぁ。

工藤:なんだよ

鷹司:いつも勝手に自己完結して…

工藤:多くを語らない方が狂人っぽいだろ?

鷹司:嫌がらせかな?

工藤:いや別に?友人同士でよくやる中身のない会話のつもりだったけど。

SE:投げ出される書類

工藤:さて、そろそろ行こうかな

鷹司:それ処分して大丈夫かい?

工藤:あぁ、かまわない。次回作楽しみにしておきなよ。

鷹司:誰の?

工藤:二人の。

鷹司:…ネタにしていい情報かダメな情報かの判断をする頭は、残ってるよな?

工藤:ふふ、勿論。安心しなよ。

SE:ドアの閉まる音

SE:階段を降りる音

給仕:あ、伊藤さんお帰りですか?

工藤:あぁ、お暇するよ。またね。

0:締めナレ

作家:頂上からは街の全てが見渡せる。しかし、街のどこからもその頂上を見ることはできない。雲に隠され、陽に照らされて。ホテルの一室には鼻を削がれた肢体がゴロリと転がっている。喰い荒らされたソレは微動だにせずじっと聳え立つ。ヒュルリ。不気味な風音が耳を掠めた。

作家:摩天楼。

(終)



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