見出し画像

40代膵臓がんサバイバーです [3]

〜前回のあらすじ〜
「今日から入院してください」と医師に告げられる。謎の腹痛から、24時間経たずあっという間に患者へ。この時の病名はまだ膵臓がんではなかった。ひとまず、胆管の処置のため、術着に着替えて処置室へ。


四人部屋へ

1~2時間ほどで処置を終え、麻酔覚めのボーッとした状態のまま、ストレッチャーで病室へ。
今まで短期の入院は経験があったのですが、短期のため個室での入院(病院のお金儲けの事情もありそうですが…)しか無かったので、俗にいう大部屋は初めてでした。しばらく寝そべっていたら、だんだんと目が冴えてきて、その時ふと思ったのは、

・・・そういえばこういう時って、挨拶どーすればいいんだろう??
でした。

一つ一つカーテン開けて挨拶する??いきなりすぎる??患者さんだし寝てるかも・・・明日顔合わせた時でいいかな・・・と悶々としていました。
でも自分自身も疲れていたので、その日はそれ以上考えるのはやめました。

翌日、顔を合わせた順番にご挨拶して無事解決。この日は日曜日だったので、特に検査はなく、お見舞いにきてくれた家族と談笑していました。


怒涛の検査

月曜日は朝から看護師さんから色々とお話しがあって、それ以降ほぼ毎日、大小何かしら検査がありました、合間に1日ちょっと何もない日があった気がしますが、もうほとんど覚えていません(笑)
朝一、まずは職場へ事情を説明し、検査入院でお休みするという旨の連絡を入れました。

その日から3日間くらいは食事制限指示があり、ほとんど何も口にしていなかったので、慣れない環境と検査も加わり、本当にヘトヘトでした。夜も目が冴えてしまって寝れやしない。
特に地獄の時間が食事の時間で、入院していて特に楽しみもない中、最後の希望の満足な食事すら取れなかったので、同じ病室の方が「まずいまずい」と言っている食事が羨ましかったです。ワンちゃんの気持ち、理解しました。3~4日目くらいからやっと、軽めの食事が出たような記憶です。

検査の中で一番嫌だった検査は、大腸検査でした。もうまず下準備がムリです。謎の冷やした液体を一時間ごと?だかに決められた分量を飲んで、飲み切ってトイレ往復して…という、しんどい作業を経てからの検査でした。終わった後は自力で自室へ戻れず、車椅子で運んでいただきました…
翌日はさすがに無検査の休息日だった気がします。これらの検査の結果は次の月曜日にお話しがあるとのことでした。

しかしこの後、ひょんなことから自分の病名を知ることとなるのでした。

つづく



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?