タイシルクはいらんかね
「残念だね。今日はお休みなんだよ」
横にいた通行人と思しきおじさんが声をかけてくる。鼻が大きくてオルメカの石像に似ている。
そんなことあるのか。ここはバンコクの中心街の寺院。こんなに観光客がたくさんいるのに定休日だなんて。
そんな逡巡を察してかオルメカは畳み掛けてくる。
「お兄さんたちラッキーよ。もっといい観光地案内してやるよ。乗りな」
見るとオルメカの後ろには派手な三輪車。これがトゥクトゥクか。オルメカは運転手だったのか。
付いて行ったらマズイという冷静な自分が8割。実際に今日は寺院がお休みでここで客を待ってるトゥクトゥクの運ちゃんかも、という気持ちが2割。
「面白そう。いってみよーぜ」
隣のけいちゃんが言う。この人はいつもテキトーだ。行き当たりばったりでハプニングが起こるのが好きな変態なのだ。
「けいちゃんが言うなら・・・」
けいちゃん大好きなショータが言う。彼はオレの話は聞かないがけいちゃんの言うことはなんでも聞く。主体性はないが根はいいやつだ。
「お、乗るか?オーケー。お兄さんたちバンコクの思い出になるよ!」
こうして期待と不安が入り混じったトゥクトゥク観光ツアーが始まる。
🟰🟰🟰
「さぁ、着いたよ」
オルメカ号に揺られること10分。
ガタガタ道を進んだ先に屋根が金色の寺院があった。
先程行きそびれた寺院よりはずっと小さいが作りはよく似ており美しい。
正直タイの寺院なんて1ミリも予習をしてきていない我々はその違いも分からない。
「どーだ、いい寺だろ」
まるで俺のうちどうだ!と言わんばかりに自慢げなオルメカを無視して我々は寺院の敷地に足を踏み入れた。
近くで見ると寺院はきれいで新しい。
そして中には欧米人の男が1人座っている。
我々が近づくと男は親しげに話しかけてきた。
「どこから来たの?タイは初めて?」
いきなり話しかけられてびっくりしたが、物腰柔らかでよく見ると身なりも整っている。
こちらはスティーブ・ジョブズに見えてくる。
何より英語で会話できることが嬉しくて 結構長い時間色々な話をした。
「タイシルクって知ってるかい?タイの良質なシルクを使ったスーツがとても良いんだ。僕も愛用してるんだけど、ちょうど今週タイシルクのスーツが安く手に入る絶好のチャンスなんだよ。だから僕もタイに来たってわけさ。」
正直スーツとは縁のない研究職の我々からしたら「へーそうなんですね」としか言いようのない話。
「もしチャンスがあったらタイシルクのスーツ買いなよ!滅多にないチャンスだ。グッドラック!!」
ジョブズ耳より情報をありがとう!
寺院の外にはオルメカが笑顔で待っていた。
「さあ、まだまだおすすめのお寺あるよ」
🟰🟰🟰
その後はさらに2箇所ほど寺院を回った。
有名なニルヴァーナ 涅槃像も見学したが全部小さめ。そして妙に新しい。
ガイドブックを見てもどの寺院に該当するのか分からない。
そもそもオルメカがどの道を走っているかなんてGoogleマップもない時代だったから分かりようも無かった。
ただ安心できたのは 我々以外にも観光客がトゥクトゥクに乗って結構集まっていたからだ。
中には日本人らしき人たちもいてタイのディープな観光ができている、くらいに思っていた。
「普通に案内してくれるね。ラッキーだったね」とけいちゃん。
「けいちゃんの言うとおりだね」とはショータ。お前は相槌しか打てないのか。
「さあ、次がラストよ!行くわよ!」
オルメカは無駄に最後まで元気だ。
あれ、この人オネエだっけ?
🟰🟰🟰
「ここが最後よ。アタシ出口で待ってるから。出てきたら最初の場所まで戻るからね💋」
2時間かけてすっかりオルメカ観光ツアーを堪能した我々。暑さとオルメカで脳がトロトロになった我々が最後に着いたのはスーツ屋さんだった。
そう、スーツ屋さん。
そういやジョブズもタイシルクスーツがイイって話してたな。
「おれ、ちょうどスーツ欲しかったから良かった!」と喜ぶけいちゃん。
「おれも」と相槌ショータ。
正直オレはスーツに興味なかったが 入店すると気の良さそうなおばさんが接客してくれた。
いわゆるオーダーメイドのお店で生地がズラリと並ぶ。
「お客様ラッキーですね。今ちょうどタイシルクがお得に手に入る時期なんですよ。是非お買い求めください」
見るとけいちゃんは早速採寸を始めている。
こいつ買う気か?タイに観光きてスーツ買う?
横を見るとショータが深刻そうに下を向いている。いつもの調子だとショータが採寸を始めるのも時間の問題だろう。
どうしよう。2人が買うってなるとオレも買わなきゃなのか。
そもそもここ怪しくないか?
寺、寺、寺、スーツって組み合わせ明らかにおかしいだろ。オルメカに嵌められたのか。
もしかしてジョブズもみんなグル!?
出たい。店から出て逃げなきゃ。
でもけいちゃんは採寸が終わって生地を選び始めている。全く疑っている様子はない。あれが終わるまでは店を出られないか。。
どうしよう。
「いい加減にしてくれ!何を言ってるか分からない!
I can’t understand you!!!」
突然ショータが壊れた。
店内でいきなり叫び始めたのだ。
ちょっと待って。そもそも誰もショータに話しかけていない。
店員もびっくりして声をかけるがショータは「I can’t understand」を繰り返すのみ。
多分店中の人が同時に突っ込んだだろう。
「お前が1番なに言ってるかわからんねん」
と。
流石にけいちゃんも買うのを中断する。
「行くぞ!」
ショータの掛け声で一斉に入り口に走る。
視界の端にはスーツでサングラス姿のイカツイ男3人。
何か叫ぶ店員のおばさん。
入り口で唖然と立ちすくむオルメカ。
🟰🟰🟰
その後はなんとか走ってホテルまで帰った我々。
まさかのショータのファインプレーに救われるとは。
ホテルでガイドブックを見ると思いっきり記載されていた。
スーツ詐欺
巧みな手法でスーツを買わせる。入金してもスーツは届かない、あるいは頼んだものと異なる商品が送られてくる。(例として半ズボンのスーツ)
半ズボンのスーツだと?(ゴクリ)
そこからの2日は詐欺が怖くてほぼホテルに閉じこもっていた我々でした。
おしまい
🟰🟰🟰🟰
最後まで読んでいただきありがとうございました。
半ズボンのスーツまで買っていたらいいオチがついていたのに、と12年後の今になって後悔しています。そんなん新喜劇でしか見たことないわ。
気に入っていただけたらスキやコメント、フォローをよろしくお願いいたします。
皆さんの1日が笑顔と安心で満たされますように。
サポートいただきありがとうございます😊嬉しくて一生懐きます ฅ•ω•ฅニャー