羊たちの大晦日【ショートショート】
「皆、よく聞いてくれ!」
1頭のリーダーであろう羊が山盛りになった牧草の上に登り声をあげる。
たくさんの羊たちがその周りに群がり始め、さっきまでガヤガヤとしていた空間が一瞬で静まり返った。
「今日はいよいよ大晦日だ。皆よくこの日まで頑張ってくれた」
その一言で、群がっている羊たちはそれぞれ思い思いの感情を出し始める。
雄叫びをあげる羊や、仲間同士慰め合う羊、鳴き出している羊もいた。
「まてまて、まだ今年は終わっていないぞ!今日が俺たちの最後の仕事だ。みんな気を抜かず最後まで頑張るぞ!」
リーダーの言葉で群がっている羊たちが一斉にメェーと鳴き始める。
会場のボルテージは今年で1番高く、羊たちがいかにこの日まで頑張ってきたかが分かるだろう。
ーー最後の仕事。
それは、眠れないものの頭の中に行き寝るまで柵を飛び続けるという過酷な仕事。
5~6頭で1つのチームを作り、順番に柵を飛び続ける。
寝るまで飛ばなければならないため、時には何時間も飛び続けなければならない。
その過酷さ故に1年契約にも関わらず途中でリタイアしてしまう羊たちが多くいる。
ここに集まっている羊たちは、そんな過酷な仕事をこなした強者たちばかり。
そして今日いよいよ1年契約の最後の仕事が始まる。
「例年、大晦日は比較的仕事が少ないと言われている。だが、必ず仕事は入ってくる。最後の最後まで、気を抜かずいくぞ。俺たちならできる!」
「ヴェーーー!!」
リーダーの熱意が羊たちに伝わり、全員の士気は最高潮に達する。
事前に決めていたチームに分かれ、それぞれ準備を始める。
1チーム、また1チームと現場に呼ばれていき、たくさん居た羊たちの数が少なくなっていく。
さっきまでの熱気が徐々に薄くなってきたが、羊たちは皆やる気に満ち溢れていた。
日が登り始めた頃、羊たちの最後の仕事が終わった。
「やったな!最後までやりきったぞ!」
リーダーが山盛りの牧草の上に立ち皆を褒める。
ここにいる全員がいつも以上に全力で飛んでいたため、ヘトヘトになって帰ってきた。
だが、皆が達成感を感じているようだ、笑顔でお互いに称え合い、褒め合っている。
「1年間よく頑張った。ここにいる全員が力を合わせて努力したことで、今日がある。本当にありがとう。途中でリタイアした者もいたが、そいつらも含めて皆が頑張ったお陰だ」
「メェー!」
「今日は帰ったらぐっすり寝れるだろう。皆お疲れさま!」
「ヴェーー!!」
こうして、羊たちの大晦日は終わった。
この過酷な仕事をこなした羊たちは心身ともに大きく成長し、今後の羊生の大きな糧になるだろう。
「寝れない……」
仕事が終わり、帰宅したのは今から1時間ほど前。今日は仕事納めで、いつも以上に頑張った日だった。
なのに寝れない。体は疲れているはずなのにまったく眠れる気がしない。目を瞑っても眠気がなく寝たいのに眠れなくて、もどかしさを感じる。
ああ、そうか。こういう時に羊を数えればいいのか。
そう思い出し、目を閉じて頭の中で羊を数え始めた。
羊が1匹、羊が2匹、羊が3匹……
リーダーの頭の中で羊たちが柵を飛び始める。
羊が4匹、羊が5匹、羊が6匹……
眠れないものの頭の中に行き、寝るまで柵を飛び続けるという過酷な仕事が、今年もまた始まった。
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