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病名を人に伝えるということ

病名を書くと病気の人というイメージがついてしまう。
有名人やもともと大々的な肩書きがある人ならばまだしも、特に肩書きがない場合は病名のインパクトの方が強いわけで。
プロフィールに病名をのせようものならそれがアイデンティティになってしまう気がしていつも「うーーん」となる。

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一見、五体満足健康体に見えるけど、持病があって長時間歩けなかったりする。
休みながら動ける範囲だけで歩くなら問題ないので普段はなるべく車いすを使わずに生活している。
車いすだったり杖だったり使ってれば、視覚的に「なにかしらできないことがあるんだな」とわかってもらえる。
でも何も使っていなければ見た目にはなにもないから外からはわからない。
なにもないようでも体調急変して動けなくなったりが結構頻繁に起こってしまうので、関わる人や周りの人に先に申告するようにしている。
どうしても迷惑がかかってしまうし、起こりえることや、できないことを先に伝えておいた方がかかる迷惑が減るんじゃないかと思って。

しかし。

「病気だといって人に気を遣わせるのをやめた方がいい」
「辛さ(しんどさ)自慢」
と言われてしまった。
…たしかに。
「病気がある」なんて聞いたら、聞いた方としては気を遣わざるを得なくなる。
「私に気を遣え」と言っているように思われてしまうのも納得。
でもかといって言わずに隠しとおせるものでもないので、問題が起きたり迷惑を最小限にするには伝えておくしかなく……

難しい。

病気だからとまわりが気を遣うことを強制するのは違う。
(「私は大変なんだからまわりが配慮して!」なんてなおさら)
でも、人と同じことが出来ない状態であることは事実であって。
かといって病気や症状を先に伝えると「配慮して!」みたいなになってしまうし。
いつも悶々としてしまう。
どうしたらいいもんか…

一番いいのは周りも気を遣わない(できないことがまわりの負担にならない)環境だ。
できないことがあっても、それはそれとしてできることの方に目を向ける。
病気や障害に対して過剰に気遣いすることなく双方フラットに関わり合える環境。
相互に負担にならない環境が一番理想だ。

でもやっぱり多くの場所ではそれも難しい。
できないことがあればまわりに配慮をお願いしなきゃならない。
そのためにはやっぱりまずはできないことを申告するしかないわけで…でも病気アピールみたいになるのもなんだか(無限ループ


どうやったらまわりにも負担にならず、こちらも腫れ物のようにならず、うまい具合に生きていけるんだろうか。
病気だと伝えたことで逆差別のような過剰な配慮や特別視も疲れてしまうし本当にどうしたもんかと思う。


病気や障害だったり努力だけではどうにもならないできないことについて、話を発する側も受けとる側ももっとフラットな世の中になったらいいのになぁ。


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