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Case Study - 番外編「愛の骸 夢の残り香②」

この世の名残り 夜も名残り
死に行く身をたとふれば あだしが原の道の霜

一足づつに消えて行く 夢の夢こそ哀れなれ
あれ数ふれば 暁の七つの時が六つ鳴りて
残る一つが今生の鐘の響きの聞き納め
寂滅為楽と響くなり

鐘ばかりかは草も木も空も名残りと見上ぐれば
雲心なき水の面 
北斗は冴えて影うつる星の妹背の天の河

梅田の橋を鵲の橋と契りていつまでも 
われとそなたは女夫星
必ず添ふとすがり寄り 
二人がなかに降る涙 川の水嵩も勝るべし

心も空も影暗く 風しんしんと更くる夜半
星が飛びしか稲妻か 死に行く身に肝も冷えて

「アヽ怖は いまのはなんの光ぞや」
「ヲヽあれこそ人魂よ あはれ悲しやいま見しは
 二つ連れ飛ぶ人魂よ まさしうそなたとわしの魂」
「そんなら二人の魂か 
 はやお互は死にし身か 死んでも二人は一緒ぞ」

と 抱き寄せ肌を寄せ 
この世の名残りぞ哀れなる

哀れこの世の暇乞 
長き夢路を曾根崎の 森の雫と散りにけり 

by近松門左衛門「曽根崎心中」

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過去に「ケースファイル」でも書いた話だけれども…

恋人いない歴=年齢のその方の左手には、
見えない紐(腰ひも)がぶらさがっていた。

その紐にしても、その先にあるものにしても、それは…

この世の物ではない、この世に非ざる物質。

ボロボロになって切れかけた、かつての腰ひもの先には、

人とも何とも言えない姿かたちの、まるでミイラのような黒い肉塊。

いやさ影と形容できるのだけど…

今生の彼女の瞳にはそれは映らないし、
何の記憶も覚えも持っていないが。
過去生の彼女はいとおしくそれを愛でる。
自らの左手の紐に触れて、
まるでそれを婚約指輪かのように…
大切な何かの証のように優しく触れる。

すると、紐の先にぶら下がる黒い影が、
生き返ったかのように姿を現す。

それは250年も前だろうか…

彼女は遊郭に売られた遊女であった。

客と恋仲になり、添い遂げることを共に願ったものの、
二人自由になるには足枷が重すぎた。
見受けする金額など用意するのは不可能で。

追い詰められた若い二人は、
この世で結ばれることのない恋ならば…
夫婦とちぎり合うこと叶わない縁ならば…

と…ドラマに浸ったのか現実に絶望したのか、
心中を決意した。

必ずあの世で会って添い遂げようと、
離れぬよう固く腰ひもで互いの手を結んで…
冷たい河へと身を躍らす。

二人があの世で会えたのか、会えなかったのか。
今生に至るまでの道のりで、想いが成就したのか、
叶えられた恋なのかどうなのか…

以来、

彼女の左手には、常に紐を通じて"彼"が結ばれたまま。

それはすでに"彼"ではなく、
腐敗した彼の遺体のコピーであり、
抜け殻としてのエレメンタルに過ぎなかったが…

私にはこの人がいる
彼が寄り添っている

私の運命の相手はこの人なのだと…
私はこの人のものであるのだと…
誇示するように、いつまでも紐は結ばれたまま、
その先には変わり果てた彼の姿がそのままに。

確かに、彼女には左手首を撫で摩る癖があり、
自分の左側には常に誰かの居場所であると…
無意識にその場所を"空けて"いた。
誰も座らぬように、
誰も自分に近寄らぬように、
見えない柵を創り出して。

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