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優先席の優先される側になった日

最近はなんだか朝グラノーラを食べることにハマっていて、常に机の上に置いてあるのですが。

ふと目に入った、袋の裏側に書いてある賞味期限は「2024.11」。
ああ、この頃には産まれてるのかあ……などと、思ったり。

今こうして膨らむお腹を見てみても、いまだに自分の身体と思えなくて。どこか人ごとな部分もあるのですが。

どうやら妊娠して、10月に子供が産まれてくるみたいです。他の誰のでもなく、自分の。


妊娠がわかったのは忘れもしない、今から約3ヶ月前の2月8日木曜日、22時15分頃。

不妊治療をしてたので、自ら望んでのことだったし全くのサプライズではなかったのですが。

その2日前から朝起きたら謎にものすごく汗をかいてて、でも風邪っぽいかんじはなく。常に身体が火照ってて、初めての感覚になんだかおかしいなーとは思ってたのですが。

タイミング的に可能性あるよなあとは薄々感じつつ、なんだか勇気が出なくてなかなか検査薬を使えずにいました。望んでることなんだからわくわくしながら確認すればいいのに。私は何に怯えていたんだろう?と不思議にも思います。

それでも2月8日の夜、仕事から帰宅した夫が落ち着かないから早く検査して!と急かしてくるので……ついに決心してトイレに検査しに行きました。

妊娠検査薬ってすごいですね、こんな大事なこともう少しもったいぶってよ!とこちらからお願いしたくなるほどのスピード感で、たった1分で判定が出てしまうのだから。

それでもあの1分間、陽性を示す赤い線が頭の中でチラつきながら待つ時間は日常の中で過ぎていく1分とは違う重みがあって。自分と検査薬だけの空間というとんでもない緊張感と相まって、ドキドキが止まりませんでした。

こちらの緊張感をよそに、リビングで待っていた夫は「どうだった?」といたって冷静な様子で聞いてきて。もしかしたら私以上に、陽性の結果を信じきっていたのかもしれません。

「陽性でした」

驚きと喜びと不安が入り混じりすぎて、結局ただの気まずい顔になっていただろう私。不妊治療の方法が人工授精だったので、自分の子分たちが出した成果にどこか満足げな夫。

「さすが俺だな」感を出してきて、世の中の旦那さんたちの反応となんか違わない?と苦笑いしつつ、冗談混じりの夫の反応に救われたような気もしました。

そんなこんなで、私と「お腹の中にいるらしい新たな方」との生活が始まりました。


そこからは、赤ちゃんに会える楽しみや喜びに胸を高鳴らせる……!というわけには残念ながらいかなくて。明日から何を食べ、飲んでいいのか?あたりまえにしていたことの1つひとつを疑い始めなければならず、疑問だらけの頭でグーグル先生に質問しまくっていました。

「コーヒー 妊娠」「お茶 妊娠」「チョコレート 妊娠」「チョコモナカジャンボ 妊娠」

そんなに刻む?と自分で引くほどに少しでも不安になったらいちいち検索。赤ちゃんのためと思えば意識の高い母親なのかもしれませんが、正直完全に自分のためでした。

よくわからないけど「やらかしてはいけない」の一心で、ありとあらゆるリスクを排除しようとしてたのだと思います。

たった数日で、人ってこんなに神経質になってしまうのか。


日々の疑問との戦いの他に、もう一つ戦ったのは自分の身体の変化との戦い。言うなれば日々の自分が「人体の不思議展」状態。

いわゆる「つわり」の辛さは人それぞれと言いますが、私は食べづわりとの戦いでした。

食べづわりとは、空腹になると気持ち悪くなるタイプのつわりのこと。それまでどちらかというと食は細い方で、平日なんて忙しければコンビニのおにぎり2個で十分!というくらいだったのに。

すっかり別人のように食に貪欲になり、自分でも引くほどでした。

それまで食べてなかった朝食を食べ、午前中にコンビニで買ったクリーム玄米ブランを食べ、11時半頃から食堂に行きたくてそわそわし始め、残すこともしばしばあった定食をペロリと平らげる。

午後にはミニドーナツとチョコチップクッキーが欠かせず、帰りも家まで持たなくて会社の近くのマックに駆け込んでポテトをむさぼるように食べたり。

SNSだって気づけば食べ物のことばかり投稿するようになってたし、「一体どうしたんだ自分……」と怖くなるほどでした。

それくらい、ちょこちょこ耐えられない気持ち悪さが襲ってきてたんですね。これは初めての経験でした。

たった数日で、人ってこんなに食いしん坊になってしまうのか。


「人に言えないストレス」にも、もがきました。

家族の他には直属の上司と一緒に動いていた一番近い先輩、美容師さんには早々に報告しましたが……

一般的によく言われる「安定期までは公表しない」を守ろうとすると、これが想像以上に苦しかったです。

どちらかと言えば誘われたら断らないタイプなのに、急に付き合いが悪くなったと思われてるんじゃないか、とか。

仕事のパフォーマンスも周りから見れば原因不明なまま、ただただ謎に落ちてるんじゃないか、とか。

対等に扱うのもおこがましいけれど、なんだか「人に言えない秘密」をたくさん抱えて明るく振る舞うアイドルたちの気分になりました。アイドルオタクの私はいつも応援してる側だけど、応援される側はこんなに大きな爆弾を常に抱えてる気持ちなのか……と。

公表できない次の仕事にまつわる秘密、健康や恋愛や家族などプライベートにまつわる秘密。もちろん内容は自分が抱えてるものとは違うと思うけれど。なんだか現実をうまくくるんで夢を見させてくれる彼らに感謝したくなったし、労いたくなりました。

たった数日で、人って違う世界にいる人の気持ちをこんなにもわかるようになるのか。


妊娠前とは別人のようになっていく自分。

でも、それは自分とは違う「向こう側」にいた神経質な人や、食いしん坊な人や、人に言えない秘密を抱える人の気持ちが少しだけわかる機会でもありました。

もちろん自分と他人は違うから、全てをわかった気になってはいけない、というのは大前提として。

今では妊娠してる側だけど、妊娠がわかるまでは不妊治療に悩む側。「妊娠した」と聞いてうらやましいと思う側にいたわけで。

仕事だって、今は産休をとらせてもらう側だけど、かつては産休に入る人をフォローする側でした。

遡れば、結婚前は既婚者に囲まれた飲み会で早く帰りたいな……と思ってしまうこともあった側だし。

35年間、優先席の「優先される側」になる経験なんて一度もなかったのに。今では「座りますか?」と声をかける側ではなく、かけられる側になってるだなんて。今でも信じられません。

1日にして、他人事だった「向こう側」に行ってしまうのだから人生は不思議だ。


何もこれは今に始まったことではなくて、大学受験でも就職活動でも「選ばれない側」の期間は選ばれた人たちがとんでもなくうらやましかったし。自分が選ばれる側になったときのことなんて、想像もつかなかった。

それでも生き抜くためには周りの人がどうなろうと、ガムシャラに向こう側を目指すことしかできなかったんだと思います。

30代になって、同世代の女性たちの間ではこの「こちら側」と「向こう側」があまりにも複雑に絡み合っていて……学生時代よりシビアだなあと。

志望大学に入れたか、入れなかったか。志望する企業に入れたか、入れなかったか。2択以上のあまりにもさまざまなパターンに、私たちは分かれすぎてる。

恋人がいるかいないか。
結婚してるかしてないか。
離婚したことがあるかないか。
浮気したことがあるかないか。
浮気されたことがあるかないか。
子供がいるかいないか。

20代の頃は幸せになれる恋がしたくて、みんなで合コンに行ったり恋バナしたりして。微妙な違いはあれど、同じ方向を向いて共感し合って励ましあって。盛り上がってたはずなのに。

いつからだろう。

自分とは違う状況の相手に対して傷つけないか不安になったり、何気ないことで傷ついたり。

どんどん臆病になって、口数が減っていって、表面的な付き合いになっていく。無邪気に集まれた「女子会」の形が、どんどん変わっていって、しまいには消滅していく。

でもそれはただ関係が希薄になってるんじゃなくて、お互いを思い合ってのこと。こちら側の気持ちも向こう側の気持ちも、ある程度許容できるようになった頃に、きっといつかまた合流できる。そんな気もしてます。


私がここ数ヶ月で想像もしてなかった「向こう側」に来たように、自分とは程遠い向こう側にいつ行くことになるかなんて、わからない。

そこはうらやましくもあり、憧れでもあり、たどり着いてからしか知り得ない不安と恐怖がたくさんある、未知の世界でもある。

いつ、どんな世界にたどり着くかわからない中でもできる限りの想像力をもって、今向こう側にいる人たちのことを決めつけず。思いやりをもって、生きていこう。

グラノーラの賞味期限が切れたあとどれくらい経ってからかわからないけれど……

私も、お腹の中の人と共に、今いるところから「次なる向こう側」へ、またいつか行く日が来ると思うから。

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