【ブックレビュー】『ゼロから12ヶ国語マスターした私の最強の外国語習得法』Kazu Languages
私が普段見るYouTubeチャンネルは非常に限られたものなので全く存在を存じ上げなかったのですが、著者のKazu Languagesさんは登録者85万人(2024年5月段階)の日本のみならず世界的に大人気の24歳YouTuber(だけでなくTikTok、Instagramなどもされているとのこと)。スペイン語、英語、フランス語、アラビア語、ロシア語、インドネシア語、韓国語、中国語、ヒンディー語など12ヵ国語を操って、さまざまな国の方とオンラインなどで交流される様子を投稿されている。
いくつか拝見して感じた動画の魅力は、Kazuさんが多言語で話されることだけでなく、当初はお互いにとっての外国語である英語で話していたところから相手の母語へ(しかも時にあえてスラングを交えた表現で)突然スイッチした際に生じる素の驚きの瞬間が捉えられていることだろう。Omg! How do you know that!?
ここにはコミュニケーションの原初の歓びが溢れている。なぜあなたは私の国の言葉を知っているの!?著書の中でKazuさんが書かれているように、この言葉の壁を乗り越える瞬間の魅力はたとえ翻訳ツールがいかに進歩・普及しようとも決して色褪せることはないだろう。
さて、ではそんなKazuさんはどのようにしてかくも多くの言語を習得(日常会話レベル)していったのだろうか?
本書によると、意外なことにKazuさんは特殊にグローバルな経歴を持つ帰国子女などではなく、日本生まれ日本育ちでむしろ学校での英語学習にはあまり興味が持てなかったタイプだとのこと。最初に本格的に学んだ外国語はスペイン語で、その国内学習と現地での留学体験は大きな意味を持ったという。
Kazuさんがユニークなのはここからで、その学習の成功と挫折経験を活かして、以後はほぼ国内独学で様々な言語を学習されているとのことだ。
その学習法に関して、英検1級・英語塾講師をしている私が個人的に考えさせられるのは、体験上学校英語に否定的なKazuさんの「文法」に対するスタンスである。
Kazuさんは「感覚的な学び」→「論理的な学び」という順序を重視されていて、いきなり文法・単語学習といった理屈から入ると挫折しやすいと自らの体験をもとに主張されている。まずはリスニング+スピーキングの音声模倣から入り、土台が出来てから文法・単語を導入する。実践から入り、「ルール」は後から覚えるべきだと。
そう、Kazuさんは大人になってからの外国語習得では「文法」はむしろ必要との姿勢をとっている。ただそのタイミングが問題なのだと。
これは学校英語否定派からとしては比較的穏当な意見で、日頃受験生の入試対策をしている仕事柄どうしても文法を教えることの多い私としても、この主張はもっともだと感じる部分もある。正直言うと私自身は「文法」を楽しいと思うタイプなのだけど(笑)、生徒にとってはそうではないだろうなと感じる瞬間は少なくない。例えるなら、新しいAI等の使い方を身につけるにあたって、最初に「説明書」を隅々まで読み込んでから手をつけるのはあまりに非効率だろう。まずは実際に触って動かしてみて、分からないところ、上手くいかないところがあれば、そこでマニュアルを調べてみるのが自然の流れだ。しかしそれはマニュアル=文法の否定でもない。順序の問題だ。
英語はまず文法書と単語帳を一冊完璧に仕上げてから!という受験に特化した武田塾的なやり方は、子どもの失敗を心配して先回りしすぎる過保護な親みたいになっている嫌いがある。まずは仕入れた英語をすぐに使ってみて、不具合が生じたらそこで「文法」の出番だ!という方が言語学習の本質に適っているのかもしれない、などと考えさせられた。
また同書で興味深かったのは、一見レトロとも思えるペンを握って手書きする学習の効能を説いているくだりだ。触覚、視覚、さらに書いたものを音読すれば聴覚も刺激され、定着度が上がると実体験をもとに伝えられている。
ここで個人的に思いだすのは今ではもう見ることのできない伝説の英語系YouTuber長野えひめさんの英単語学習法で、彼女もやはり「手書き」を大いに活用されていたことが深く印象に残っている。
彗星のごとくYouTube界に現れて忽然と姿を消してしまった長野えひめさん。今はどこでどうされているのだろうか。。
さて、本書の話に戻ると、Kazuさんは現代的な学習ツールもいろいろ紹介されている。中にはPimsleurというアプリなど個人的にはじめ知るものも含まれていて勉強になった。また私が大学・大学院時代に言語学研究室に大量に置いてあった「白水社エクスプレスシリーズ」も特に初学用に推奨されていて懐かしい思いがした。
あの頃かじってやめてしまったフランス語とか中国語、またやってみようかしら。大好きなロシア文学や旧ソ連映画を原語で味わえたら楽しいだろうな。今話題のラテン語にも興味あるし。そんな風に今年48になる人間をもポリグロット(多言語話者)へと誘ってくれる、Kazuさんのように爽やかな読書体験となりました。
最後に、何より素敵だなと思ったのは、本書の締めに、語学には近道もなければ完璧もないこと、「マスター」のハードルを下げて、コミュニケーションを楽しもうというマインドセットを強調されていたことです。よく言われる話ですが、日本人が一番日本人の英語に厳しいんだよなあ。。
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