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『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第29話

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第4章 村はずれの社に住む男

1 不生女

 突然意識が飛び、気を失って倒れてから半月ほどが経った。
 あれ以来、どんなに身体を休めてもすっきりとしない毎日が続き雪子を悩ませた。
 身体中にまとわりつくような倦怠感が抜けず、微熱状態が続いた。

 村医師の八坂先生からお薬を処方してもらい飲んでも、身体の調子はいっこうによくならず、常に気怠そうに振る舞う雪子を見とがめた世津子から、気が緩んでいるせいだと顔を見合わせる度に嫌味を言われた。
 世津子のお小言すら右から左へと抜けていく状態だったので、さらに彼女のご機嫌をそこねさせた。

 ほんとうにどうしたのかしら。

 めまいを覚え、ふらつく足で側の柱に寄りかかる。
 このまま布団に入って眠りたいところだが、そうもいかない。
 それこそ、自堕落な嫁だと回りから咎められる。
 雪子は屋敷を見渡した。
 それに、以前よりもいっそう屋敷中に漂う臭気が濃くなっているような気がした。

 まるで死体が放つ腐臭のような。
 もっとも、死体など実際見たことはないが、たとえるならその言葉があてはまるような気がした。

 この屋敷に来て二ヶ月半になるが、結局、臭いの原因がなんであるのかいまだに分からないまま。誰も何もそのことを口にしないのだから、感じるのはやはり自分だけなのか。

 柱に寄りかかり、白塗りの塀の向こうに広がる山々の景色をぼんやりと眺める。
 この村へ来たのは初夏の頃。
 あの時は緑一色だった木々が、今は燃えるような赤みをおびて山を彩っている。
 毎日の忙しさに追われ、季節の移ろいすらも感じる暇も余裕もなかったことに気づく。

 ふと、雪子は以前立ち寄った、山奥の神社に行ってみようかと思いたつ。
 神社にお参りをして、神聖な空気にでも触れれば、鬱屈とした気持ちも変わるかもしれないと思ったからだ。

 屋敷を出て、北側の山の麓に沿うように歩けば、地理的に鳥居のあたりに出るのではと思った雪子の考えはあたりであった。
 屋敷から十五分歩いたところで、色褪せた朱色の鳥居が見えてきた。

 以前は、いったん村の中央の広場に出て、それから北に向かって歩いて神社に行ったが、これなら村の人たちと顔を合わせることなく行って戻ってこられるから気も楽である。

 鳥居に近づくと、四、五人の子どもたちが輪になって集まっていた。
 学校帰りに寄り道でもして遊んでいるのだろうと思ったが、よくよく見るとどうも様子がおかしい。

 さらに、近づいていくと遊んでいるのではなく、四人の男の子たちが一人の少女を囲んでいじめているのだということに気づき、雪子は子どもたちの元に駈け寄った。
「あなたたち、なにをしているの!」
 雪子の声に、子どもたちがいっせいに振り返る。

「誰かと思ったら利蔵の嫁だ」
「おい、よそ者がきたぞ! よそ者のうまづめだ」
「母ちゃんがよそ者とは喋るなって言ってた」
「口をきくとよそ者の菌が移るってな!」
 口々に憎たらしいことを吐き捨て、少女をいじめていた子どもたち全員がわっと逃げるように去って行った。

 子どもは残酷なくらい素直で思ったことをそのまま口にする。
 親たちが雪子のことを余所者だと陰口を言っているのを聞き、そう言っているのだろう。
 分かってはいても、子どもにまで余所者という言葉を投げつけられ雪子の胸は痛んだ。しかし、今はそれどころではないと、その場にぽつんととり残されうつむく少女に近づきしゃがみ込む。

 小さな女の子だ。
 年はまだ十にも満たない。
 華奢な身体つきに、色白のほっそりとした顔。まぶたを縁取るまつげの影が白い頬に落ち、きつく噛みしめた唇が赤く染まっている。
 可愛らしいというよりは、きれいな顔立ちの、村には似合わない雰囲気をもつきれいな子だった。
 耳の両脇で髪を三つ編みにして垂らしていて、その三つ編みも先ほどの子どもたちに引っ張られたせいで解けかかっていた。

「大丈夫?」
 腕や足のいたるところに擦り傷があり、すでに傷がかわいてかさぶたになっているものもあった。
 おそらく、いじめられたのは今回が初めてではなく、何度も先ほどのように蹴られたり叩かれたりしているのだ。
 痛々しい姿に雪子は眉を寄せた。
「ひどい……」
 泥で汚れた少女の衣服を払ってあげる。

「怪我の手当をしたほうがいいわ。家はどこ? 送ってあげる」
 雪子の問いかけに、少女は無言で鳥居の向こう、階段を上った先の場所を指さす。
 少女が指さしたその先には神社の境内があるのは以前来たときに見たが、民家まで存在していたかどうかは定かではない。

 雪子は手を伸ばし少女の手を取る。
 余所者と言って振り払われることがなかったことにほっとする。
 少女とともに階段を上り境内へ歩いて行く。
 こんな場所にこの子の家があるのだろうかと訝しんだ雪子だが、確かに社の裏手に家があった。

 表札には高木とかかれている。
 境内の奥で落ち葉を掻く音が聞こえ、視線をやると一人の男が熊手を手に掃除をしていた。
 男も雪子たちの姿に気づいたのか、手を止めこちらを見る。

ー 第30話に続く ー 

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