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『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第28話

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第3章 多佳子の逆襲

11 跡継ぎを得るため

「いったい、この屋敷はどうなっているの……呪われているのだわ!」
 頭を抱える世津子に、利蔵はある提案を持ちかける。
「祈禱師を呼んでみたらどうでしょうか」
「祈禱師ですって!」
 世津子の顔がみるみる歪んでいく。

「そんな胡散臭い者を呼ぶなど考えられません!」
「あくまでも気休めですよ。たまたま悪い気が家に入り込んだだけなのでしょう。お祓いをしてもらえば、ここで働く者たちも少しは安心するのではないでしょうか」
「だけど……」
「大丈夫ですよ。この家のためです。利蔵家の」
「利蔵家のため?」
「はい」
「おまえがそういうのなら」

 そもそも田舎者は迷信深い。よくない〝気〟と言われてはそうなのかと思い込むのも無理はない。さらに、立て続けにおかしなことが続き、利蔵に嫁いだ者までもが死んだ。
 利蔵家のためと言われては、世津子も納得するしかなかった。
 渋々といったていで、頷く世津子の気が変わらないうちにと、利蔵は町から一人の祈禱師を呼び寄せた。

 やって来たのは背の曲がった小柄な老婆で、祈禱師らしく神職の格好に顔面白塗り、ひたいに丸い鏡のようなものをあてがい手には数珠が握られていた。祈祷師の老婆は利蔵の家に足を踏み入れるなり、辺りを見渡し目を見開き奇妙な声を発した。

「きえーっ!」
「何か感じますか?」
「感じるも何もこの屋敷全体に禍々しいものが漂っておる。死者の深い怨念、この屋敷に住まう者すべてを食らいつくそうとするほどの凄まじい呪詛」
 そこで祈禱師はふと利蔵を見る。

「とくに、あんたに取り憑いているものはとてつもなくたちが悪い」
 祈禱師にそんなことを言われ、利蔵は眉根を寄せた。
「失礼な! うちは他人から怨みをかうようなことはしておりません!」
 顔を真っ赤にして抗議したのは、言わずもがな世津子だった。この屋敷によからぬ噂をたてられては利蔵の家名に傷がつくと思ってのことだろう。
 激怒する世津子を利蔵は宥めた。

「どうか落ち着いてください」
「落ち着いてなんていられますか! おまえに悪いものが取り憑いていると言われて黙っているわけには!」
 祈祷師はすっと利蔵に指を突きつけた。
「怨まれているのではない。淀んだ執着だ」
「聞いたでしょう? 怨まれているわけではないようですよ。そう、僕に悪いものなど取り憑くはずがありません。いったい、何が取り憑くというのでしょう。ですが、ここのところよくないことが続いたから、もしかしたら不運な運気を呼び込んだのかもしれない」
「不運な運気?」
 問い返す世津子に利蔵は頷く。

「わしの神通力で、この禍々しいものを祓いましょうぞ」
「どうかお願いします」
 祈禱師は祈祷を始めた。
「きえーっ! はらい給え、清め給え!」
 部屋中を回るように飛び跳ね、数珠を鳴らし、祝詞を唱え続ける。それが一時間ほど続き、いつまでこれをやり続けるのだろうと不安になった頃、祈祷は終わった。

「これで、悪いものは断ち切りました」
「では、この利蔵の家にも子が、跡継ぎをもうけられるのですね?」
 世津子の声に切実な色がにじむ。
 汗でおしろいがはげた祈祷師の顔は滑稽ではあったが、本人は真面目に頷いた。
「村の外の女を娶るとよいだろう」
「余所者をこの家に迎えろと! ありえません!」
 村以外の人間、つまり余所者を利蔵の家系に入れるなどとんでもないと案の定世津子は憤りをみせる。

「いや、祈祷師の言うとおり、村以外の女性を屋敷に迎えてみましょう」
 世津子は一瞬ぽかんとした顔をする。
「そんなこと、今まで前例がありません」
「確かにそうかもしれません。ですが……」
 多佳子の怨念を、はたしてこの祈禱師が感じ取ったのかは分からない。しかし、多佳子は〝この家に嫁いだ村の女〟は呪い殺すと言ったことを利蔵は思い出したのだ。

 ならば、村の外から来た者はどうであろうか。
 試してみる価値はあるかもしれないと思った。
「むしろ、この村の惨劇を知らない者に来てくれた方がいいのかもしれません。それに、こんなことが起こってはおそらく、村の女性たちは恐ろしがって利蔵の家に来てくれないでしょう」
 そうでしょう? と利蔵は世津子に言い含めた。

「跡継ぎを得るためですよ」
 跡継ぎのため、と言われては、世津子もそれ以上何も言えなかった。
「おまえがそういうのなら……」
 世津子は渋々利蔵の提案に承諾をするのであった。
 しばらくして、町から妻を娶りその女は利蔵家にとって待望の子を身ごもり出産した。

 男の子であった。
 だが、難産だった三番目の妻は、子を産んだと同時に力尽き命を落とした。
「残念ですが奥方様のほうは……」
 医師の言葉を遮り、世津子は赤子に手を伸ばす。

「ああ、なんて愛らしい子でしょう」
 難産で息を引き取った嫁のすぐ横で、世津子は生まれた子を抱き歓喜の声をあげ涙を流した。
「見て? 男の子よ。男の子が生まれたの! ああ……やっとこの利蔵の家も安泰です。あの子はどうしたの? 跡継ぎが誕生したと伝えなさい!」
「へえ、それが、旦那様は具合が悪いと言って部屋でお休みになって」
「いいから起こしてきなさい!」
「へえ!」

 しかし、跡継ぎを得たと思ったのもつかの間、生まれた子どもの名も決まらないうちに、当主である利蔵は帰らぬ人となった。
 生まれたばかりの子を残して。
 当主を呼びに部屋に行った下働きの男が、布団で眠るように死んでいる利蔵を見つけたのだ。

 そして、世津子は子どもの名を隆史たかふみと名付けた。

ー 第29話に続く ー 

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