『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第27話
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第3章 多佳子の逆襲
10 消えた多佳子と新たな嫁
妻の死は心不全だった。
あまりにも唐突すぎる死だ。
村の共同墓地に掘られた穴に桶を、降ろされ土がかぶされていく。
埋葬されていく妻の遺体がおさめられた桶を利蔵は虚ろな目で見下ろしていた。側では妻の両親が声をあげ泣き崩れていた。
相次ぐ村人の死。さらに利蔵家に嫁いだ娘までもが亡くなったとなれば、回りの者も穏やかではいられない様子だ。
「そういえば」
いつもは気にもとめないが、ことがことだけにさすがに気になったのだろう、村の一人がぽつりとこぼす。
「最近、多佳子の姿をとんと見かけんな」
利蔵の心臓がどきりと鳴る。
姿を見かけないのはあたりまえだ。多佳子は自分が殺して庭の隅に植えられた木の下に埋めたのだから。
「確かに」
「あの女、いったいどこに消えたんだ?」
「さあ、知らんね」
村人たちは興味がなさそうに答える。
利蔵は自分に多佳子の話題を振られることを恐れ、わざと彼らの話が聞こえないふりをよそおっていた。が、村人の一人が利蔵をかえりみる。
「何日か前に多佳子が利蔵さんの屋敷に向かったのを見たが、利蔵さんは何かご存じではないですかね?」
「いや、僕は何も」
声の震えがでないように気をつけて答えたつもりだが、はたしてうまくいっただろうか。
「多佳子は利蔵さんに気があったようでしたからね」
「利蔵の旦那に相手にされる面構えじゃねえのに」
村人たちはここにはいない多佳子の陰口をここぞとばかりに口にする。
「あんな気味の悪い女など誰が相手にするか」
「まったくだ」
「そもそも、昔から何を考えているのか分からない女だったから」
「確かに」
「そういえば、多佳子んとこに寝たきりの母親がいただろ? 母親はどうしとるんだ?」
村人の疑問にその場にいたみなが顔を見合わせる。
気になった以上、いてもたってもいられなくなったのか、その後何人かの村の者たちが揃って多佳子の様子を見に彼女の家に向かった。
やはり、多佳子の姿はなく病気だった母親が床の上で布団をかぶり身体を横に向けうずくまっていた。
誰が置いたのか、土間をあがってすぐのところに、二つのにぎり飯が置かれていた。
ずいぶん前のものらしく、米は堅くなりかびが生えている。
「何だこの腐臭は?」
家に充満する鼻をつくいやな臭いに、誰の脳裏にもまさかという予感が過ぎったのはいうまでもない。
あちこちでハエが飛び回っている。
すでに母親は死んでいると分かっていながらも、一人の男が近づき声をかける。
「あんた、大丈夫か? い、生きとるか?」
男は寝ている多佳子の母親の肩に手をかけ、こちらを向かせた。
何の抵抗もなく母親の身体がころりと引っ張られた方向へと転がる。ずっと食事をとっていなかったらしくその身体は枯れ木のように細く皮膚はしわだらけであった。
多佳子の母は死んでいた。
見開いた目と半開きになった口からハエが飛び立った。
粘膜部分にハエが産みつけた卵が孵り、そこから大量のうじがわいてこぼれている。
男はうっ、と声をもらし後ずさる。
死後かなりの日数が経っていると思われ、遺体は腐乱しかけていた。
「なんてこった……」
「病気の母親を放って、多佳子はいったいどこに行ったんだ」
みな、無言で首を横に振るしかなかった。
「母親が死んだとなれば、しかたがねえ、多佳子も探すか?」
「いや、そのうちひょっこり何事もない顔で帰ってくるんじゃねえのか?」
つまり、探すと言ってはみたものの、誰も本気で多佳子を探す気はないということだった。
「とにかく、母親の遺体を何とかしなければならないな」
「そうだな。このまま放置しておくわけにはいかねえ」
「とりあえず、警察を呼ぶか」
「また死人がでたのかって、やつらに言われちまうな」
「まったくだ」
案の定、ここ何度も村に呼びつけられた警察は苦り切った顔をしていた。
立て続けに村で死人が出るという異常さに首を傾げはしたが、やはり調べても事件性はないとみて処理された。そして、多佳子の母親の遺体も墓地の片隅に埋葬された。
ついでに多佳子が行方不明になったことも伝え警察の手によって捜索が行われたが、どんなに探しても多佳子を見つけだすことはできなかった。
警察官を村で見かけるたび、利蔵は自分が多佳子を殺したことがばれてしまうのではないかと気が気ではないものを感じて怯えて過ごしていた。
実際、多佳子が何度も屋敷にやってきた理由を警察に訊ねられた。
多佳子につきまとわれて迷惑をしていたのは事実だが、彼女が行方をくらましたことには知らない、分からないを貫き通した。
何より、警察の事情聴取を受けるたび、横で世津子がわめきたてるので、彼らもほとほと手を焼いていたらしい。
実際、あまりかかわりたくないと思ったのが本音であったのだろう。
やがて、何日かに続く多佳子の捜索も成果がないということで打ち切られた。
しばらくは、何事もなくいつもの日常を取り戻すようになり、いつしか事件のことも多佳子の存在も村人たちの脳裏から忘れかけた頃、利蔵家では亡くなった妻の一周忌を待たず、新しい嫁を迎えることとなった。
いずれは、妻を娶ることになるとはいえ、それにしても、さすがに一周忌を待ってからの方が世間体もよいのではと世津子を説得したが、世津子は決して首を縦に振ろうとはしなかった。
「いいえ、こんなことはできることなら口にしたくはありませんが、おまえだっていつ何が起こるか分からないのですよ。こういうことは一日でも早いにこしたことはありません」
「ですが、新しく妻になる者も、あまりいい気はしないのではないでしょう」
「関係ありません。私たちを誰だと思っているのですか」
つまり、利蔵の権力を振りかざしてでも新たな嫁を迎えるつもりなのだ。
世津子はがんとして、他者の意見を受け入れようとはしない。
もはや、何を言っても利蔵家のためだと言われては、返す言葉もなかった。
彼女にしてみれば、一日でも早く跡継ぎをもうけ、安心したいという気持ちで頭がいっぱいだったのだろう。
死んだ者をいつまでも気にかけるよりも、この先の利蔵の安泰を得ることが彼女にとって重要だった。
そこで、次の嫁として選ばれたのは、村一番の働き者と評判の娘だった。
器量は並以下だが快活な性格で、何よりでっぷりとよく肥えた健康そうな娘だ。
これなら、病気をすることもなく立派な跡継ぎを産んでくれるだろうと世津子は大いにその娘に期待をよせた。
「早く立派な跡継ぎを頼みますよ」
大奥様と恐れられている世津子の嫌味や小言にも娘はまったく動じず、五杯目のどんぶり飯を豪快にかっこみ、豚のように肥えた腹を片手でぽんと叩くと。
「がはは、任せてくだせえ。十人でも二十人でも、養豚場の豚みてえにいくらでもこさえて産みますだあ」
と威勢よく答えた。
「利蔵家の跡継ぎを豚と一緒にしないでください!」
品性の欠片もない娘の態度に、世津子はなかば呆れたようにため息をつく。
ついこの間まで、朝から晩まで泥土にまみれ畑仕事で働いていた娘だ。
行儀やら品格を期待するのは無理というものである。
今は丈夫な跡継ぎを産んでくれればそれでいい。それからゆっくりと利蔵の嫁としてのしつけを叩き込めばいいと。
世津子は怒りを飲み込みそう自分に言い聞かせた。
だが、嫁いできたその娘も三ヶ月後、子をなす前に凄惨な死を遂げた。
日本刀を口から差し自殺したのだ。
なぜ、娘が自ら命をたったのか分からない。
がさつにみえても、娘は娘なりにいろいろと悩むところがあったのでしょうと、八坂医師は言ったが、利蔵も世津子も医師の言葉に首を傾げるばかりであった。
初夜の日の晩も娘はしっかり体力をつけにゃあ、と言い人一倍白米を食らっておひつの中身を空っぽにしたのだから。
そんな娘が、自殺をするだろうか。
ー 第28話に続く ー
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