『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第24話
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第3章 多佳子の逆襲
7 おすそわけ
山奥の村に夜が訪れるのは早い。
陽が落ちれば、またたく間に村は暗闇に飲み込まれる。
さて、これから夕餉の支度をしようかと腰をあげた植村タエは、がらりと玄関の扉が開いた音に気づいた。
夫と子どもたちはすでに帰宅し、今は風呂に入っている。
村の誰かがやって来たのだろう。
山奥の僻村だ。
村のみんなが顔見知りのため、どの家も一日中玄関の鍵は開けっ放しで鍵を閉める方がおかしいと思われる風習がある。
もっとも、扉を開けっ放しにしていても、特に何かを盗まれるようなことなどこれまで一度もなかったし、村人全員が顔見知りだから犯罪とは無縁な土地だという安心もある。
そもそも盗まれるようなものなんてない。
「はいはい。ちょっと待っておくれ。こんな時間にいったい誰が訪ねてきたんだろうねえ」
急いで玄関に向かうと、扉口に平治の父山片文雄がぼうっとしたまま立っていた。
「おやまあ、文雄さんじゃねえか。いったいこんな時間にどうした……ちょっ! あんたどうしたんだい!」
タエは驚きに目を見開き、腰を抜かしそうになる。
なぜなら、文雄の衣服に真っ赤な、まるで血のようなシミが飛び散っていたからだ。
タエの驚きに、文雄は自分の姿を見てああ……と声をもらす。
「山で立派なイノシシをしとめてのう。解体してた」
「ああ、それでそんな姿かい。びっくりしたじゃないの。心臓がとまっちまうかと思ったよ」
タエはほっと息をもらす。つまり、イノシシの解体のために血で汚れたのだ。
それにしてもと、タエはあらためて文雄を見やる。
文雄は猟師で、しとめた野生動物をさばくのはお手のもの。
これまでも、鹿やうさぎの肉をお裾分けにやってきたこともあった。とはいえ、ここまで血で汚れるのもおかしなものだとタエは首を傾げるが、自分にはそういった知識はないので不審に思うだけにとどまった。
とはいえ、血にまみれた姿で現れては、心臓に悪い。
「肉を村のみんなに配っていた」
文雄はヌっとタエの眼前に、油紙に包まれた塊を突きだした。
差し出してきた包みを受け取ったタエは、ずしりとした肉の重さに目を丸くする。
「こりゃまた立派な肉だこと」
じゅうぶんに血抜きをされていないため、油紙からはじわりと血がにじみ、手のひらがしっとりと赤く濡れた。
かなりの量だ。
これなら当分肉に困らないかも。
食べ盛りの子どもたちも、久しぶりの肉だといって喜ぶだろう。
「よく超えたイノシシじゃった。脂もたっぷりのってる。間違いなくうまい」
それから、文雄はしとめたばかりのイノシシの肉を村中に配って回ると言って去って行った。
タエはさっそく文雄からいただいた肉を調理することにした。朝収穫した野菜とイノシシの肉、小麦粉を練っての団子汁だ。
「母ちゃん、うまそうなにおいがするな。今日の晩飯はなんだ?」
風呂からあがってきた二人の子どもたちが食欲を誘うにおいにつられ、台所へやってきた。
「お! 肉じゃねえか」
「ほんとだ! それもたくさんあるぞ」
「この肉どうしたんだ?」
久々の肉の塊に、子どもたちは目を輝かせている。
普段は収穫した野菜や、山から採ってきた山菜ばかりの食事だ。
よほどのことがない限り、なかなか肉など口にすることはない。
「山片んとこの文雄さんが、イノシシをしとめたからお裾分けだってくれたんだよ」
「へえ、すごいなあ」
鍋に野菜と煮込んだ肉の汁をかき混ぜ、タエは眉根を寄せた。
「それにしてもすごい脂ね……アクがすごいこと」
「イノシシって、こんなに脂が浮き上がるのか? それに、においも独特だぞ?」
「さあ……」
タエはすくってもすくってもブクブクと浮き上がる白いアクを、何度も取りのぞいた。
ー 第25話に続く ー
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