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『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第25話
◆第1話はこちら
第3章 多佳子の逆襲
8 おいしい具だくさん汁
「文雄さん、いるかい? あがらせてもらうよ」
翌朝、タエは山片文雄の家を訪れた。
やはり、昨夜の文雄と同様、勝手知ったる家とばかりに扉を開け土間へと上がり込む。
「昨夜はりっぱな肉をありがとうね。子どもたちも大喜びだったよ。これ、今朝採れた野菜だけどよかったら……文雄さん?」
タエの手には平たいざるいっぱいに、採れたての野菜が盛り上がっていた。
「文雄さんやい?」
返事がないことに首を傾げ、タエは敷居に膝をつき、薄暗い部屋の中をのぞき込む。
暗がりの居間の中央で、こちらに背を向け文雄は座り込んで食事をしていた。
汁物を啜っているらしく、ずずっという音が響く。
「なんだい、いるなら返事くらいしておくれよ。おやおや、電気もつけんでこんな真っ暗なところで何しとんじゃ」
呼びかけても反応を示さない文雄を訝しみ、タエはあがりこんで電気をつける。
ジジっというかすかな音をたて灯りがついた。そして、もう一度文雄の名を呼ぶ。
「文雄さん?」
間近で名前を呼ばれ、ゆっくりと文雄が振り返る。
タエはひっ、と引きつった悲鳴をもらした。
「な、なんて……なんてことを!」
振り向いた文雄の口の端から、一本の指がはみ出ていた。その指を文雄はかみ砕くように何度も租借する。
文雄の口からバリバリと骨を砕く音が響いた。
「文雄さん、あんた何を食べて! 指……指じゃないか! 人差し指。ちょ、ちょっと……だれ、誰か……来ておくれ……」
後ずさろうとしたタエは、ぬるっとした床に足を滑らせ尻もちをつく。
手のひらにしっとりと濡れた感触。
いったい、自分は何に足を滑らせたのか、恐る恐る手を目の前に持ち上げると、真っ赤に塗れていた。
あわあわと口を動かしながら、視線を横にずらしたタエの目に、部屋の隅に横たわるそれが飛び込んだ。
そこには血にまみれたのこぎりが置かれている。さらに、血の広がった床に、人間だったものが転がっていた。
だったもの、というのは身体中を切断されていたからだ。
腹から引きずり出された内臓。ぺらぺらに薄いものは、はぎ取った皮膚だろうか。
それは山片平治の遺体だった。
なぜ、それが平治だと分かったのか。切り刻まれた遺体の横に、切断された平治の首が苦悶の表情を浮かべタエを睨みつけていたからであった。
「何だタエさんか。肉、たらんかったか? おめえのとこには、食べ盛りの子どもがいるでな? おかわりもあるで、うまい具だくさん汁だ。食ってくか?」
文雄は手にしていた椀をタエに差し出してきた。
その椀から腸のようなものが渦を巻き、椀の縁から垂れ下がっている。
「文雄さん! あんた、まさか平治さんの、息子の死体を、その肉をあたしらに!」
食わせたんか、と声をもらしてタエは口元を押さえ激しく嘔吐する。
指の隙間から朝食に食べた、昨夜の残りの団子汁があふれていく。
「そうじゃ、タエさんにとっておきのものをやろう。ほれ」
と、文雄はタエの足元に、ふにゃりと柔らかく血にまみれたそれを投げてよこした。
「ひいっ!」
おそらく、内臓のどこかの一部。
「それの筋と薄皮を剥いで蒸して食べると、あん肝みたいでうまい。特別にタエさんにくれてやる」
「いら、いらな……」
タエは再び口元を押さえ嘔吐く。
脂ぎった肉が指にこびりつき、てらてらと光った。
独特な腐臭が嘔吐物から漂ってくる。その臭いにつられてタエは何度も嘔吐した。
さらに、胃の中のものをすべて出そうと、タエは口の中に指を突っ込み吐き出した。
苦しさに涙と鼻水を垂らしながら。
しまいには吐くものもなくなり、酸っぱい胃液が込み上げてくるだけ。
そんなタエの様子を横目で見やりながら、文雄は椀の中の細長いそれをずずっと音をたてて啜った。
チュルンと完全に啜りきった長いそれが唇からはじけ、あたりに汁が飛び散る。
タエは涙目になりながら、いやいやをするように首を振る。
起き上がろうにも腰が抜けて立ち上がることができない。
血に濡れた床ですべるのか、タエは何度も足を交互にばたつかせた。
「ひ……っ、ひっ! ひーっ! 誰か来ておくれ。誰か!」
タエの絶叫が村中に響いた。
ー 第26話に続く ー
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