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『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第23話

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第3章 多佳子の逆襲

6 次は俺の番 

 顔を青ざめさせ、平治は現れた利蔵を見つめた。
 毅に続き、多郎が死んだ。
 これは単なる偶然か。それとも多佳子の呪いか。
 いや、もしかしたらあの晩のことを誰にも知られないよう、利蔵が口封じのため二人を殺した。
 利蔵家ならやりかねない。

 次は俺の番。
 殺されるのは俺!

 利蔵と視線が合った平治はビクリと肩を跳ね、逃げるようにこの場から立ち去った。
 家に戻った平治は押し入れから鞄を引っ張り出し、あれやこれやと荷をつめ込み始めた。

「どうした平治か? そんなに慌てて何しとる」
 尋常ではない様子で家に戻って来た息子に、居間で一人、食事をとっていた父親は首を傾げ問いかける。
「親父、俺は村を離れることにした」
「そうか。なるべく早く帰ってくるんだぞ」
 そう言って、平治の父は再び食事をとりはじめる。

 平治の父親は軽度の認知症だった。
 五年前に妻を亡くして以来というもの、父はすっかり気力を失い、何とか仕事には行っても、それ以外はぼんやりと家で過ごすことが多くなった。

 そんな父がボケるのも時間の問題で、徐々に物忘れが激しくなり、時にはうなだれた状態で、おとなしく家で過ごしていたかと思うと、突然、意味もなく村を徘徊することがたび重なるようになった。

 本人が言うにはただ散歩しているだけと言い張っているし、自分の名前も住所もかろうじて言える。
 今はまだ特に生活に支障はなく身の回りのことも自分自身でできてはいるが、症状が進めば、平治がつきっきりで面倒をみなければならなくなることはあきらかであった。

「とにかく、しばらく町で暮らすことにした」
「そうかそうか。学校が終わったら寄り道すんじゃねえぞ。仕事があんだ。おめえも手伝ってくれ」
 息子が意味も分からず、家を空けると言っても、父親は無表情な顔で頷きわけの分からないことを口走るだけであった。

 平治は手っ取り早く必要最低限のものを鞄につめ、戸棚の引き出しからありったけの金をつかんでポケットに押し込んだ。
「ところで、平治。朝飯はまだか?」
「今食ったばかりだろう!」
 平治は苛立たしい声で父親を怒鳴り返した。
 平治の怒声に一瞬、しゅんとうなだれる父であったが、すぐにけろりとした顔で。
「朝飯はまだかのう」
 と、繰り返す。

 ボケた父親を相手にしている暇はないと、平治は鞄を手に玄関に向かって歩き出す。その背後で、父の見開かれた目がぎょろりと動いたことに平治は気づかない。
「こんな村にいたら殺される。多佳子のせいで俺は殺されちまうんだ!」
「多佳子? ああ、多佳子さんか。そういえば、平治おめえ多佳子さんに気があるって前に言ってたな。あの娘を嫁にしたいと。おめえもいい年だ。そろそろ嫁さんを……」
「よしてくれ! 誰と勘違いしてんだよ! その名前を出すな!」

 どこでどう思い違いをしているのか、父は息子が醜女で嫌われ者の多佳子を好いていると思い込んでいる。
 冗談にもならない。
「おや? 平治、そろそろ学校に行く時間じゃねえのか? 気をつけて行ってくるんだぞ」
「親父はてきとうにやってくれ。困ったことがあれば利蔵の旦那に相談しろ」
 いくらなんでも、親父の命まではとろうとはしないだろう。
「利蔵の旦那様に?」
 はて、それはどうしてだ? と父はきょとんとした顔で首を傾げる。

「とにかく、何かあったら利蔵の旦那のとこに行け!」
「そこで朝食も食わしてくれるかのう? わしは腹が減った」
「ああ、飯でもイノシシの肉でも金でも何でも、多少の無茶は聞いてくれるはずだ!」

 これ以上、かまっていられないと平治は靴を履く。
 利蔵の無茶な頼みを聞いてやったんだ。困った親父の面倒を見るくらいわけもないだろう。
 いや、断れないはず。
 事実、頼みを引き受ける代わりに、生活に困らない金の工面はしてやると約束してくれたのだから。

「平治、朝飯は、まだか?」
 平治の父がゆっくりと立ち上がり、今まさに家を出ていこうとする息子の背後に足音もなく近寄った。

ー 第24話に続く ー 

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