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『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第33話

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第4章 村はずれの社に住む男

5 因縁

 たかこ──。

 曽根多佳子という人物は、もうこの世に存在しなかった。
 彼女は二十年以上も前に亡くなっていた。
 隆史に多佳子という愛人がいるかもしれないと一瞬でも思った自分に、思わず笑った。

 一方、雪子が多佳子のことを強引に村の者から聞き出したということは、またたく間に村全体に知れ渡った。
 以来、たんなる余所者を見る目つきだった村人の視線に、さらに、雪子に対する恐れを抱くような感情まで加わった。
 そのことについて世津子から何か言われることは覚悟していたが、拍子抜けしたことに、なぜか多佳子のことにはいっさい触れてくることはなかった。
 まるで、多佳子の話題が雪子の口からのぼることを避けるように。

 だが時折、何か言いたそうな目でこちらを見つめてくる気配に気づき目があうと、世津子はふいっと視線をそらしてしまう。
 それほど、利蔵の者たちにとっても多佳子とは何か因縁めいたものがあるのか。
 死してもなお、これほどまでに村人たちに恐れられている多佳子とはいったいどういう人物で、どれほど村に影響を与えていたのか。
 今度は多佳子の人となりを尋ねてみようかと思ったが、その考えは打ち消す。確かに、あの行動は強引すぎた。

 それはさておき、雪子は今日もおやつを持って鈴子に会いに高木家に出向いた。
 すっかり仲良くなって、今では雪子の唯一の友人でもある。
「鈴子ちゃん、こんにちは」
「あ、雪子お姉さん」
 家でお人形遊びをしていた鈴子は、雪子の姿を見ると表情を輝かせ、駈け寄りぎゅっと抱きついてきた。
 これだけ懐いてくれると、嬉しいものだ。
 雪子はふっと境内の回りに植えられた木々の剪定をしている高木の姿を追う。思わず目が合、慌てて高木から視線をそらした。

「また、来たのか? 鈴子みたいな子どもを相手にしても楽しくもなんともないだろう。あんたも本当に変わっているな」
 と、相変わらずのぶっきらぼうな口調ではあるものの、最初の時のようにここへは来るなと邪険にされることもなくなった。
 少しは高木と打ち解けられたと思ってもいいのだろうか。

「こんなところに来て利蔵の者にうるさく言われないのか?」
 来る度に毎回同じことを言われるが、そのたびに雪子は聞き流す。
「鈴子ちゃん、今日は和菓子を持ってきたの」
 雪子は菓子箱の蓋を開け、鈴子の前に差し出した。
「わあ、きれい。こんなきれいなお菓子初めて見る」
 箱の中にはあじさいや桔梗、椿に桜など色とりどりの花の形をあしらった和菓子が並んでいた。
 それを見た鈴子の顔が嬉しそうにほころぶ。

「鈴子ちゃん好きなの選んで」
「いいの?」
 もちろん、と雪子はにこりと笑ってお菓子を選ばせてあげると、鈴子は遠慮がちにピンク色の桜の和菓子を手にとり、にこにこ顔で眺めている。
「食べるのもったいないな」
 雪子はふふ、と笑いながら台所に行きお茶の用意をはじめた。

 この家にはもう何度も来ている。
 湯飲みもお茶の葉もどこにあるのか知っていて、まるで自分の家のように手際よくお茶をいれ座卓に並べた。
「いただきます」
 嬉しそうに和菓子を食べる鈴子を見るのが嬉しくて、しらずしらず笑みがこぼれてしまう。

「高木さんも召し上がります?」
 雪子の差し出した和菓子に視線を落とした高木は、しかめっ面を作る。
「甘いものは苦手だ」
「あら、高木さんはお酒のほうが好み?」
「酒も飲まない」
 雪子はえ? と眉をあげた。
「それは意外です」
「意外? あんたは俺のことをどう思っているんだ?」
 反対に問われて雪子は首を傾げる。

 どう思っているかと聞かれるほど、高木のことを詳しく知らないのだが。
「甘いものが嫌いな人は、たいていお酒飲みの人だと思って」
 おかしな雪子の答えに高木は肩をすくめる。
「えー、お父さんせっかく雪子お姉さんが持ってきてくれたんだよ。一緒に食べようよ。おいしいよ」
 ぷうと頬を膨らませる娘の仕草に、高木はうっと声をつまらせる。
 高木は娘の鈴子には甘い。
 なら、と言って、高木はしぶしぶという顔で雪子の差し出した和菓子の一つを手にとり一口で口に放り込んだ。

 ごくりと飲み込み顔をしかめてお茶で流し込む。
 本当に甘い物が苦手なのだ。
 最初は怖くて頑固で冷たそうで、とっつきにくい人なのかと思っていたが、こうして接すると高木は裏表のない、さっぱりとした人で話しやすかった。
 しかめっつらを解いて笑顔の一つでも浮かべたら、それこそ隆史にも負けず劣らずの造作のいい顔立ちである。
 女性にもてるだろうに。

「もったいないわ」
「何がだ?」
「あ、いえ……」
 思わず口に出したことに雪子自身も驚いて、慌てて何でもないですと首を振る。
 おかしな奴だと言わんばかりの顔の高木は、立ち上がり台所に向かった。
 そろそろ夕暮れ時、夕飯の支度にとりかかるためだ。

「鈴子ちゃん、もう一つどうぞ?」
「いいの?」
「もちろん」
 目を輝かせて和菓子を選ぶ鈴子から視線を外し、雪子は膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめた。
 思いきって多佳子のことを聞いてみようと思ったからである。
「あの、高木さん」
「何だ」
 沸いた鍋の湯がふつふつといって、蓋を揺らした。

 沸騰した湯の中に皮を剥き、もみ洗いしてぬめりを取りのぞいた里芋をいれる。
「……多佳子さんのことなのですが」
 夕飯を作る高木の手がとまった。真剣な目でこちらを振り返る。
「村の人から聞いたんです」
 聞いたというよりも、無理矢理聞き出したのだが。
 高木は一つ息をつき、和菓子を食べ終えた鈴子に目を配る。

「鈴子、外で遊んできてくれるか? 遠くには行くんじゃないぞ」
「はあい」
 不安な顔をしたものの鈴子は人形を抱え、父親に言われるまま素直に家を出て行く。
「ごめんなさい。気を遣わせてしまって」
「いや、いい。それで?」
 雪子はこくりと喉を鳴らした。

 もし、高木が多佳子という女性のことを知っているなら、ここでようやく彼女が何者で、どういう人物であったのかという疑問に辿り着ける。
「多佳子さんは二十年以上も前に亡くなっていると」
「そこまで知ったのなら、やはり、あんたはこの村を出るべきだな」
「何がなんだかわけも分からず、村を出ることはできません」
「なぜだ?」
「なぜって……」
「命を落とす前に、この村を去れ」
「それは、死ぬかもしれないというほど危険だということでしょうか? なぜですか? 多佳子はもうこの世にはいないのに」
 高木は息をつく。

「知らないほうがいいこともある。多佳子の名は二十年以上経っても村の人間たちにとって忌避されている」
「忌避……そこまで?」
 声を震わせる雪子に、高木は視線を落とした。
「いや、思わせぶりなことを言ったが、実は俺も多佳子のことはよく知らない。ただ二十五年前、多佳子がしつこく当時の利蔵の当主につきまとっていたこと。そして、突然、姿を消したこと。そのくらいだ」
「姿を消した? 亡くなったのでしょう?」
「表向きは行方不明だがな。多佳子がその後どうなったのか村の誰も知らない。知ろうともしない。ただ……」
 雪子は無言で利蔵のその先の言葉を待った。

「当時の利蔵の当主に嫁いできた妻二人が奇怪な死をとげた。三人目の妻はあんたと同じこの村ではない町から迎えた女だった」
「町から?」
「ああ、余所者を激しく嫌っておきながら、三人目の妻は余所者を受け入れた。その妻は利蔵家にとって待望の跡継ぎを身ごもったが結局、難産のため命を落とした。それが利蔵隆史、あんたの夫だ」
 雪子は静かに頷く。

「三人の妻が不可解な死をとげたとなると、もしかしたら利蔵家は呪われているのではないかと村では密かに噂されるようになった。では、誰に呪われているのか」
 高木はじっと雪子の目を見る。
「多佳子……」
 導き出した雪子の答えに、高木は無言で頷く。
「そういうことだ。死ぬかもれないと言った理由がこれだ。死んだ者の呪いだの馬鹿馬鹿しいと思うがな。俺が知っているのはここまでだ。その辺の年寄りどもなら、詳しいことを知っているだろうが、はたして口を開くかどうか。まあ、期待はできないだろう」

 呪いだの、奇怪な死だのいろいろなことが頭の中で渦巻いている。
 そもそも呪いだなんて、高木の言う通り、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
 とにかく、頭の中を整理しなければ話についていけない。
 雪子はそろりと立ち上がった。
「高木さん、ありがとうございました」
 雪子は丁寧に頭をさげて礼を言うと、ふわふわとした覚束ない足どりで玄関へと歩いていく。

「おい、大丈夫か?」
 倒れそうになったところを、高木の力強い腕に抱きとめられ雪子は顔を赤くする。
「すみません……大丈夫です」
「足がふらふらじゃないか。送っていこうか?」
 雪子はいえ、と首を振る。
 玄関の入り口に立つと、鈴子が駈け寄ってきた。

「雪子お姉さん、もう帰るの?」
「うん、今日はあまり遊べなくてごめんね。また来るからね」
「お姉さん、今日はお菓子ありがとう。とってもおいしかった」
「よかった。まだ残ってるから後で食べて」
 顔にはりつけたような笑顔を浮かべながら鈴子に手を振ると、雪子は高木の家をあとにした。

 なるほど、利蔵の家で多佳子の名前が禁忌であることは納得がいった。
 利蔵の先代の当主、つまり隆史の父がその多佳子という女性につきまとわれていた。そして、多佳子はある日突然、姿を消した。
 姿を消した理由は分からない。
 呪いだからといって、それが死んだ者の呪いだとは限らない。
 生きている者が他者を恨んで呪いをかけることだってある。だが、多佳子が消息をたってからすでに二十年以上もたっている。

 おそらく多佳子はもうこの世には存在していない。
 多佳子のことを聞き出した村の人間も、多佳子は死んだと口にした。
 では、彼女はどこでどうやって亡くなったのか?
 その多佳子の名をなぜ、隆史が寝言で呟いたのか。
 様々な疑問が浮かび上がるが、どれ一つその疑問を明らかにする術はない。
 ただ一つ言えることは利蔵家、いやこの村全体が多佳子の亡霊に怯えているということ。
 ずっと、そのことばかりが雪子の頭から離れなかった。

第34話に続く ー 

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