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『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第34話

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第4章 村はずれの社に住む男

6 鈴子の危機

 いつものように、鈴子が学校から帰宅する頃を見計らい、神社に訪れた雪子だったが、珍しく家に鈴子の姿はなかった。
 今日は帰りが遅いのか。
 どこかで時間を潰してまた来てみようと引き返したその時、境内の掃除をしていた高木が、竹ぼうきを手に戻ってきた。
 相変わらず、竹ぼうきが似合わない。

「鈴子はまだ帰ってきてないぞ」
「そのようですね……」
 高木はほうきを片付け家にあがるよう促してくる。
「あがっていくか? 鈴子もじきに帰ってくるだろう。ちょうど俺も休憩をしようと思っていたところだ」

 思わず雪子は目を丸くする。
 鈴子が帰ってくる頃にまた来ようと思っていたのに、まさか、彼のほうから家に招いてくれるとは思いもしなかった。
「でも、鈴子ちゃん帰りが遅いわ」
 いつもなら、とうに帰宅をしてもいい時間だ。
 どこかで寄り道をしているのだろうか。
 それとも……。

 以前、鈴子が数人の男の子たちにいじめられた場面を思い出し、何となく嫌な予感を抱く。
 そう思うと、いてもたってもいられなくなるのが雪子の本来の性分だ。
「もうすぐ日が暮れるわ。私、心配だから様子を見てきます」
「待て、俺も……」
 と、高木が言った時には、すでに雪子は境内の階段を駆け下りていた。

 通学路を逆戻りで探したが、それでも鈴子の姿を見かけなかった。
 それとも、今日はたまたま違う道を通って帰ったため、すれ違いになったのか。
 もう少し探して、それでも見つけられなかったらもう一度、高木の家に戻ってみようと思ったそこへ、遠くから子どもたちの騒ぎ声を耳にする。
 その声にまじり、鈴子の泣き声が聞こえてきた。

 立ち止まって辺りを見渡す。すると、またしても子どもたちの声が聞こえてきた。
 山の方からだ。それも村の共同墓地へと続く道。
 雪子は子どもたちの声がした方向へと走った。

「鈴子ちゃん!」
 辿り着くと、数名の男の子たちが鈴子を取り囲み、交互になって突き飛ばしていた。
 泣きながら男の子たちの輪の中から逃れようとする鈴子を、少年たちは通せんぼをするように腕を広げ、さらに、鈴子の腕を無理矢理引っ張って輪の中に引き戻す。

「あなたたち、何やってるの! やめなさい!」
 駈け寄る雪子を見た子どもたちは、うへっと憎たらしく顔をしかめる。
「また余所者がしゃしゃりでてきたぞ」
「うちの母ちゃんは、子どもが孕めない、外れクジの嫁って言っていたぞ」
「うちの母ちゃんも言ってた。利蔵の嫁は〝うまづめ〟だってな!」
 意味を分かっているのか、子どもたちはそんなことを言ってにやにやと笑っている。

 そこへ、鈴子が男の子の一人に飛びついた。
「雪子お姉さんを悪く言うのは許さない!」
 鈴子に体当たりされたその子どもは、かっと顔を真っ赤にして鈴子の顔を叩いた。
 その拍子に、鈴子は足をよろめかせる。

「へん! おまえら嫌われ者同士で仲良くやってりゃいいんだよ!」
 さらに別の子どもが激しく鈴子を突き飛ばした瞬間、鈴子の身体が背後の崖へと転がり落ちる。
「鈴子ちゃん!」

「やべえ! 崖から落ちたぞ」
 子どもたちは顔を青ざめさせ、崖のふちまで寄って下を覗き込む。
「生きてるか?」
「わ、分かんないよ。でも、ぴくりとも動かない」
「もしかして死んだか?」
 鈴子を突き飛ばした子を、他の子どもたちは恐ろしいものでも見る目で後ずさる。

「俺は知らないぞ! やったのはおまえだからな!」
「そうだ、そうだ。鈴子を殺したのはおまえだ! 僕は関係ないからな」
「そんなのないよ、おまえたちだって……」
「黙れ! とにかく逃げろ!」
 子どもたちは顔を引きつらせ、わっと喚いて逃げ去って行く。

「あなたたち待ちなさい!」
 そう言ったところで、素直に立ち止まる子どもたちではない。
 彼らの姿がみるみる村の方向へ消えていく。

「鈴子ちゃん!」
 雪子は崖へと駈け寄り眼下を見下ろす。
 崖下に鈴子がうずくまるようにして倒れていた。
 高さはそれほどなくても、子どもが落ちるにはじゅうぶんな高さだ。
 何度も鈴子の名を呼ぶが反応はない。

「鈴子ちゃん待っていて。助けるから!」
 雪子はどこか下へ降りられるところはないかと探し、突き出た木の枝と岩を伝いながら何とか崖下へと降りた。
「鈴子ちゃん!」

 ぐったりと地面に横たわる鈴子を抱き上げると、鈴子の口からかすかな呻き声がもれたことにほっとする。
 もう一度名を呼ぶと、鈴子がうっすらとまぶたを開いた。

「お姉さん……」
「待って、お医者さんのところに連れていくから」
 雪子は鈴子の身体を抱きかかえた。

「痛い……」
 すると、鈴子は腕を押さえ痛みをうったえる。
 もしかしたら、骨折したのかも。
 早く医師のところに連れて行き、診てもらわなければ。

「ごめんね。もう少しだけがまんして」
 鈴子を背負い、雪子は必死で崖の上を登っていく。
 何とか鈴子を負ぶった状態で、崖上まで辿り着き荒い息を吐いた。
 ひたいから汗が流れる。
 そのまま、休むことなく鈴子を抱え山を下り、村医師である八坂先生の元に駆け込んだ。

 陽も落ち、辺りは薄暗く診療所の電気も消えてしまっていたが、奥にかまえる八坂先生の自宅には、灯りがついていた。
「すみません! 鈴子ちゃんが怪我をして。崖から落ちたんです!」
 すでに診療時間は過ぎているが、鈴子の怪我はひどい。
 それに、腕が痛いとしきりに訴えている。けれど、いくら待っても中から反応がない。

 再び扉を叩く。
「八坂先生! お願いします。開けてください!」
 数分後。
 ようやく、中からのろりとした動作で村医者の八坂正平が診療所の扉を開け現れた。
 すでに一杯やっていたのかその顔は赤い。

「誰かと思ったら利蔵の雪子さんではないか。どうしたかね。こんな時間に」
 八坂はひっ、としゃっくりをする。
 やはり、飲んでいたのだ。

「鈴子ちゃんが崖から落ちて怪我をしたんです」
 八坂はちらりと、雪子に背負われた鈴子を一瞥する。
「悪いが、今日の診療は終わりだ。見て分かるだろ」
「だけど! この通り鈴子ちゃんが……腕が折れているかも!」
「腕が折れてる? なあに、そのくらいじゃ死にはしないよ。明日、診療所が開く時間にまた来てくれ」

 もう一度しゃっくりをしながら扉を閉めようとする八坂に、雪子は眉間を険しく寄せた。
「それでもあなたは医者ですか! 怪我人が目の前にいるのに!」
「時間外と言ったのが分からんのかね? これだから余所者……」
「余所者とか今はそんなこと、関係ないですよね!」

 雪子の剣幕に一瞬驚いた顔をする八坂であったが、さらに、何か言いかけようとした雪子の鼻先で診療室の扉を勢いよく閉めてしまう。
「あけてください! お願いします!」
 雪子は何度も扉を叩いて医者を呼び戻そうとするが、雪子の叫びは届かなかった。

 外が騒がしいことに気づいた村の人たちが、何事かとこの場に集まってきたが誰一人、気にかけて近寄ってくる者はいないのはいつものこと。
 相も変わらず遠巻きにしてこちらを眺め、ひそひそと会話をするだけであった。

 そこへ、一人の男がのらりくらりとした足どりで診療所にやってきた。
 男は雪子と怪我をしている鈴子をちらりと見て、診療所の扉を叩く。
「正平いるか? 飲みに誘ってやったぞ」
「おお、今から行く」
 雪子が何度も呼びかけてもなかなか現れなかった八坂医師だが、飲み友達の誘いにはすぐに反応を示した。

「村の集会所で待ってるからな。はやく来いよ」
 再び診療所の扉が開くと、八坂は一度たりとも雪子を見ることもなく、集会所へと向かった。
 目の前に怪我人がいるというのに、八坂は飲みに誘われ出かけたのだ。

 雪子は奥歯を噛みしめた。
「誰か鈴子ちゃんを助けて」
 やはり、誰も目を背けるばかりで声をかけてくる者はいない。
 村には八坂しか医者がいない。
 八坂が診てくれないというなら、町まで行くしかない。

「誰か車を! 町まで鈴子ちゃんを連れていってください! お願いします」
 それでも車を出してやろうとする者はいなかった。
 小さな子どもが大変な状態だというのに、その子が村の嫌われ者だというだけでこの村の人間は放っておくつもりなのだ。

 雪子は空を見上げた。
 とうに陽は沈み、夜が訪れようとしている。さらに、町へと向かう細道を睨みすえ、雪子は決意する。
 この時の雪子の頭には、夫に頼るという考えはなぜかなかった。
「誰か高木さんにこのことを伝えてください。鈴子ちゃんを町の病院に連れていくと!」

 私ひとりで何とかするしかない。
 町までどのくらいかかるだろうか。
 分からないが、こんなところで朝まで診療所を開くのを待ってなどいられない。
 それ以上に、藪医者に大切な友人を診せるわけにはいかない。

「鈴子ちゃん、大丈夫だからね。必ずお医者さまのところに連れていってあげるから」
「雪子お姉さん」
 鈴子は弱々しい声を発しながらも、にこりと笑いかけてくれる。
「鈴子は大丈夫だよ……」
 雪子に迷惑をかけまいと思ったのか、鈴子は大丈夫と言って何度も首を振る。

「いいから、私に任せて」
 鈴子を背負い雪子は山道を下った。
 何度も大丈夫と繰り返したのは鈴子を安心させるため、そして、自分を励ますためか。

ー 第35話に続く ー 

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