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映画「RRR」が教えてくれるインドの様々な事実

2022年10月21日にインド映画「RRR」が日本で封切られ、その舞台挨拶に監督と主演男優が訪れました。舞台挨拶のチケットは売り切れていたので行けなかったのですが、10月22日(土曜日)の朝、近所の東京木場の映画館で観ることができました。

とにかくすごい映画でした。怒りや、喜びなどの感情がこれほど濃密に表現されているのはすごいと思いました。このような映画評は今後いろんなところで出てくると思いますので、私は、この映画の周辺の様々なことを書いてみたいと思います。

西洋と東洋の文明の衝突というテーマ

トップの画像は、この映画の登場人物の相関図を自分なりに整理してみようとしてパワーポイントで作ったものです。人物を配置してみると、見事なシンメトリーになっているのがわかります。

1920年の英国植民地時代のインドが舞台です。英国植民地支配に抵抗するテーマは、インド人には特に共感を呼ぶテーマです。しかし、インド人でなくても、残虐非道なヒール役が最後はヒーローにやっつけられるというストーリーは誰もが爽快感を感じられますね。

この映画で最も有名なダンスの“Natu Natu"は、イギリス人から「野蛮なインド人はダンスを知らない」と馬鹿にされたことに反逆して、主人公の二人が見せる見事なダンスです。西洋文明に対する反逆のメッセージがこのダンスに見事に表現されています。西洋文明に対するアンチテーゼなんですね。

インド神話が編み込まれたストーリー

ラーマとシータはラーマヤナに登場する王子とプリンセスの名前

映画のストーリーに登場する「ラーマ」はインドの叙事詩「ラーマヤナ」の王子の名前です。また「シータ」もプリンセスの名前です。映画の中でもビームが、ラーマのフィアンセの名前が「シータ」と聞いて、「ラーマヤナのラーマとシータだね」とからかう場面が出てきます。

「ラーマヤナ」を熟知したインド人からすると、ラーマがシータとハッピーエンドになるというストーリーは拍手喝采ですね。最初は警察官の姿のラーマが、最後は上半身裸で、弓矢を構え、馬に乗るその姿は、インド神話の世界のラーマそのものです。インド神話の世界が、20世紀という時代背景の中で登場してくるというのはインド人としては嬉しくてたまらないのではないかと思います。

ちなみに、「ビーム」という名前も、インド叙事詩「マハーバーラタ」に登場する英雄「ビーマ」と同じです。映画のセリフの中では、たしかに「ビーム」ではなく「ビーマ」と発音されていますね。槍とか松明を持ったビームは、マハーバーラタのビーマを連想させます。

100年前のインドをテーマにした映画の中に、ラーマヤナやマハーバーラタなどの要素が散りばめられているのはインド人としてはすごく誇りに思えるのではないかと思います。

実在の人物であったビームとラーマ

実在の人物であったビームとラーマ

映画「RRR」の主人公二人は実は約100年前の実在の人物です。コマラム・ビームも、アルーリ・シータラマ・ラジューも英国植民地支配に抵抗した実在の英雄でした。実際に二人が協力して何かを行ったということはなかったのですが、この二人が会っていたらどんなことになっただろうかという架空の空想がこの映画のベースになっているそうです。

インド独立に対して非暴力で抵抗したのがマハトマ・ガンジーでしたが、この二人は武力で抵抗した英雄でした。そして二人とも、テルグ語圏(アンドラ・プラデシュ州、テランガナ州)出身の英雄です。上の写真のアルーリ・シータラマ・ラジューの金色の銅像は、今年(2022年)7月、彼の生誕125周年を記念して、アンドラ・プラデシュ州のビマヴァラム(Bhimavaram)という都市に作られたもので、30フィートの高さ(約9メートル)があるそうです。その完成式典にはモディ首相も訪れたとニュースに出ていました。

そして注目すべきは、この映画が、ボリウッドの映画ではなく、テルグ映画であるということ。この二人の英雄が、テルグ語地域が生み出した英雄であるということです。地元の人々にとっては、メイドインご当地のご当地映画で、地元地域としては最高に嬉しい映画となったであろうことは容易に想像できます。

インドだけでなく、ウクライナでも撮影されていた!

“Naatu Naatu"のダンスはウクライナのキーウ(キエフ)で撮影された

この映画のストーリーはインドでの出来事なのですが、撮影はインドだけでなく、ウクライナやブルガリア、オランダなどでも行われたそうです。豪華な邸宅でのパーティーシーンおよびそこで踊られた“Naatu Naatu"ダンスの場面ですが、ウクライナのキーウ(キエフ)で撮影されました。ロシアのウクライナ侵攻のほんの少し前のことだそうです。

主なシーンは、アンドラ・プラデシュ州の森だったり、テランガナ州のアルミニウム工場や、フィルムシティーの映画撮影施設だったりするのですが、見事に英国統治下のインドを再現していましたね。

コロナとの戦い

映画制作はコロナの影響で延期を余儀なくされました。上のグラフはインドのコロナ感染者数の推移ですが、2021年5月には1日の感染者数が40万人を超えていて、厳しい行動制限が行われていて、映画制作はかなり影響を受けていました。

また長い間、海外渡航も制限されていたので、海外ロケはできませんでした。ウクライナでのロケは、海外渡航が緩和された後と、ロシアのウクライナ侵攻が行われる直前の奇跡的な期間に実行されたのですね。本当に大変な時期にこの映画は作られていたのかと思うと、感慨ひとしおです。

またパンデミックということで言えば、この映画の設定になっている1920年のインドは、1918年から19年にスペイン風邪が蔓延していた時期なので、ちょうど現在のような状況ではなかったかと思われます。

映画の中で、シータが疫病の人間が隔離されているというようなことを英国人の取り調べの人間に言って、捜査をあきらめさせる場面が出てきますが、今で言えば「この中にコロナの感染者が隔離されているので」と言うような感じですね。

テルグ映画の存在感

インドはヒンディー語以外にいろんな言語が話されています。ヒンディ語が5億人以上に話されていますが、南部地域はヒンディー語が通じず、テルグ語やタミール語、カンナダ語、マラヤラム語などが使われています。それぞれ数千万人の規模です。

そんな言語状況を背景に、インド映画も、その土地の言語や文化を背景にした映画が作られてきています。上のグラフはそれぞれの言語の映画がどれだけ作られているのかを示したものですが、2019年と2020年の比較になっています。

これを見ると、2019年に制作された映画ではテルグ映画がヒンディー映画よりも多かったということがわかります。2020年はコロナの影響でどの言語の映画も本数が極端に下がります。インド映画の中でテルグ映画って実はすごい存在感があったんですね。タミール映画もすごいですが。

上の図は、ムンバイで作られる映画がボリウッドと呼ばれ、インド映画はムンバイで主に作られていると思われていますが、じつはそうではないということを示したものです。

映画産業はインド各地に散在していて、テルグ映画は「トリウッド」などと言われています。タミール映画は「コリウッド」、マラヤラム映画は「モリウッド」などいろいろとあります。

インド映画生産本数が世界でナンバーワンなのですが、いろんな場所で、いろんな言語で、インドの映画が作られています。そんな中でテルグ映画はかなりの存在感を示しているんですね。

少数民族ゴンドの民

この映画の中でゴンド族というのが出てきます。ゴンドというのはドラビダ系の少数民族(少数と言っても数百万人以上いますが)で、テルグ語圏の北の山岳部に分散して存在しています。州としては、テランガナ州、マハラシュトラ州、マディヤプラデシュ州などになります。

ゴンド族は、ゴンド語を話しているのですが、それぞれの州は、公式言語を教育等で使用しているので、ゴンド語の話者は少なくなりつつあります。

映画の中ではビームがゴンド族の少女を奪回するために頑張るのですが、毒ヘビの毒を解毒する知恵を持っていたりするのが映画の中でも紹介されます。

こうしてみてくると、この映画がいろんな意味ですごいというのがわかります。ゴンド族など少数民族のプライドを鼓舞するものでもありますし、テルグ語地域の土着のヒーローを賛美するものでもありますし、インドの強さをアピールするものでもあります。また西洋文明に対する東洋文明のアピールでもあるし、専制主義に対する民主主義のアピールでもあります。

映画の最後で、ビームがラーマに「お礼に何がほしいか」と聞かれて、「教育」と答えたのが印象的でした。お金とか、財宝ではなく、「教育」という答え素晴らしいですね。「教育」が兵器や弾薬に代わり強力な武器になるというのは現代インドを象徴しているような気がします。

まもなく中国の人口を抜き、世界最大の人口を持って、フェイスブックやインスタグラム、ユーチューブなどを制し、世界のITやビジネスを制し、世界経済が失速する中でも年率6%以上の経済成長率を維持てきているインドにとって、この映画はさらに大きなエネルギーになっているんだなと思いました。

話はつきないですが、今日はこのへんで。

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