2024年アメリカ大統領選挙の結果を、広告PR的視点で分析してみました
2024年11月5日に行われたアメリカ大統領選挙で、共和党のドナルド・トランプ氏が勝利し、第47代の大統領になることが決まりました。ぎりぎりまで「接戦」が伝えられていたのに、蓋を開けてみると、共和党の圧勝でした。激戦州と呼ばれていた7州すべてで勝利し、一般投票数でも勝利しました。上院、下院議員選挙のトリプルレッドもほぼ確実となっています。
民主党のほうが、メディアや、セレブや、エリートを味方につけ、資金力も優っていたのに。なぜこのような結果になったのでしょうか?トランプ氏の勝因について、また民主党の敗因について、専門家の方がいろいろと分析していますが、私としては、広告PRの視点で振り返ってみたいと思います。
最初にお断りしておきますが、私はアメリカ政治の専門家ではありません。アメリカだけでなく、政治に関しては素人です。そんな人間が、アメリカの大統領選挙に関して論評してよいのか疑問に思われる方も多いかもしれません。しかし、今回の大統領選挙に関して、アメリカ政治専門家の方々の多くが、真実を見誤り、トレンドを正確に分析できてなかったことを思うと、私のような非専門家でも、いや非専門家だからこそ、見える部分もあるのではないかと思い、発言をしておきたいと思った次第です。
私は、広告代理店で(みなさんが想像されるような大手の会社ではなく、海外市場に強みを持つ小さな会社ですが)長年、広告、メディア、PR、クリエイティブ制作などの仕事に関わってきました。シンガポールに16年、香港に4年駐在しており、インド、中国や欧米での広告キャンペーンにも関わっておりましたので、普通の人とはちょっと違った、俯瞰的な視点で物事が眺められるのではないかと思っております。
今回の大統領選挙に関して、カマラ・ハリス副大統領が、民主党の大統領候補として登場してきた時から懐疑的でした。それは、断片的ではありますが、以下の記事に記載しています。
1. そもそも民主党のポジショニングが国民のニーズからずれていた
民主党敗退の原因として、大衆が経済的に困窮している実態を全く理解しきれていなかったということが言われています。知的エリートや富裕層が主導権をとっている民主党は、上から目線でトランプ氏および共和党を見下し、女性の権利や、ポリティカルコレクトネス、「民主主義」という概念ばかりを強調していました。
「女性初の大統領」というアピールはよかったのですが、カマラ・ハリス候補自身の政治家としての資質、能力が、残念ながらその訴求のための裏付けには不十分でした。また、彼女がスローガンにしていた「私たちは昔には戻らない」(We are not going back)というフレーズもいまいち大衆には響かないフレーズでした。
ハリス候補が言いたいのは、明るい未来の実現を目指すということなのですが、「過去」というのが、「インフレが今ほどひどくなく、不法移民も少なく平和だったトランプの時代」という意味も内包されてしまいます。バイデン=ハリス政権下の時代は経済状態がよくなかったと感じている一般大衆にとって、どの時代に戻らないということなのか不明確だったのではないかと思います。彼女が演説でこの言葉を発するたびに、私はもやもやとしていましたが、民主党支持者の人の多くもそう感じていたのではないでしょうか?
おそらく、民主党支持者としては、自らを納得させるため、このフレーズは、「トランプ政権には戻らない」という意味と理解したのではないかと思います。しかし、その前は、オバマ政権だったので、下手をするとトランプ政権だけでなく、オバマ政権も否定してしまう危険のある中途半端なスローガンだったことは否めません。
また、キャンペーン後半には、女性ということを強調しすぎ、中絶の権利をアピールしすぎることで、結果的に男性票が引いてしまい、男性票の多くを失うことになってしまいました。選挙直前には、ミッシェル・オバマや、ジェニファー・ロペスなどの応援陣も、かなりヒステリックなトーンで女性の権利を訴えたので、男性は余計にうんざりしてしまったのではないかと思います。
それに対して、トランプ候補のスローガンは、「アメリカを再び偉大に」(We make America great again)というのは、非常にわかりやすい言葉です。最もベーシックな単語でできているので、子供でも理解できます。逆に知的レベルの高い民主党エリートにとっては、ちょっと脳天気すぎる言葉だと感じてしまうのかもしれません。
困難な時代には、飾り立てたかっこいい言葉よりも、ストレートに意味が理解でき、ポジティブにモチベーションにも結びつくフレーズが必要なのですね。非常時は、なりふり構っていられない状況ですが、そんな状況では、シンプルなフレーズが求められるのです。ナイキのスローガンの"Just Do It"がいまだに最強のスローガンであるのはそんな理由かもしれません。
2. 民主党のメディア戦略がもはや時代に合っていなかった
上の図は、民主党キャンペーンの布陣を図式化したものですが、カマラ・ハリス候補を取り巻いているのは、セレブ(ハリウッド、音楽業界等)、知的エリート(経営者、経済専門家、ノーベル賞受賞者、大学教授などの権威)、そしてレガシーメディアと呼ばれるテレビ局や新聞社などのメディアです。これはいわゆる広告キャンペーンの王道の座組みです。
最も、視聴率の高いテレビを使い、リーチの高い新聞を使い、誰もが知っている映画俳優や女優、歌手をアンバサダーとして使い(そのために予算がいくらかかろうとも)、知的な権威者たちのお墨付きを得る。そこに大量の予算を投下し、メッセージを大衆に伝達していく。これこそ、広告PR戦略の伝統的な戦略でした。ところが、これが今や全く時代錯誤の戦略であったということが露呈してしまったのです。
テレビ新聞などの有力メディアを使い、セレブや有名人を使い、大量の予算を投下して、できるだけ多くの人に、できるだけ多くの回数で広告に接触させていくというのは、時代遅れの戦略でした。大衆は、テレビや新聞などのメディアの情報を信じなくなっていました。とくに若者はテレビを見たり、新聞を読んだりしなくなっていました。映画や音楽はエンターテインメントとしては人気があるのですが、セレブが推奨する広告を信用しなくなっていました。
今回、テレビや新聞はメディアとしての価値をさらに大きく失墜しました。民主党の宣伝メディアとなってしまったテレビは、ジャーナリズムの正義を超えて、露骨な偏向報道をするようになったので、多くの視聴者を失う結果となりました。報道としての信頼をも失うという事態をもたらしてしまいました。新聞も同様の結果でした。
上の図の右側に知的エリートを民主党が抱えていたことを示しています。カマラ・ハリスの最初で最後のディベートの時も、民主党の経済戦略は「ノーベル賞受賞者の多くの経済学者たちが、正しいと保証している」と言っていました。これまでほとんどの大統領選の結果を予言しているアラン・リクトマンという学者は、投票日の直前まで、カマラ・ハリスの勝利を確信した発言をしていました。そのようなエリートたちの分析や主張が、世の中の動きを正確にとらえていないということが証明されてしまいました。
日本のメディアも、アメリカ政治の専門家も、アメリカのレガシーメディアの受け売りをするばかりなので、かなりぎりぎりまで「カマラ・ハリス勝利」を期待していました。事前調査で接戦が伝えられるも、「隠れハリス」がいて、2、3ポイントの差は誤差範囲だと言うことで、最後までハリス勝利の可能性を信じている感じでした。
日本のメディアや専門家が現実を見誤ったのは、民主党のプロパガンダ報道機関と化したメディアからしか情報を取っていなかったからでしょう。ジャーナリズムとは何なのかを今一度考え、メディアのあり方を反省しなければならないと思います。
上の図で、左上の丸は元共和党員が多数民主党に鞍替えしてきたことを示しています。リズ・チェイニーや、ジョン・ケリーがメディアにも登場し、トランプ批判に加担しましたが、この人たちはトランプ元大統領に解雇された人たちで、トランプに恨みを持っているのは当然ですが。彼らの暗く、ネガティブな態度は決して民主党の好感度を向上させるものではなかったと思います。
民主党の陣容は、巨大化しすぎて、いろんな人たちの主張の整合性を取るのが大変で、結局は、女性の権利の主張とか、トランプはヒットラーであり、トランプを当選させてしまったら恐怖政治しかないというイメージを作る戦略になるのですが、その過程で自滅してしまったのではないかと思います。
それに比べて、共和党はシンプルでした。
共和党はトランプが個人として圧倒的な存在感を持ち、その周りを信頼できるチームで固めました。実にシンプルです。セレブと言える存在は、ハルク・ホーガンくらいです。トランプ自身が圧倒的な有名人なので、他のセレブは必要なかったのでしょう。メディアもテレビはFOXニュースと、海外のSkyニュースくらいでした。
共和党チームは、草の根活動として各地でのラリーに力を入れました。しかしそれと同時に活用したのは、SNSやポッドキャストでした。とくにジョー・ローガンが配信するポッドキャストは、世界で最も人気のポッドキャストと言われています。「ジョー・ローガン・エクスペリエンス」は特に若い男性に人気の番組ですが、実はこのポッドキャストにドナルド・トランプが10月26日に出演していて、3時間もしゃべっているのです。このポッドキャストには実は、副大統領候補のJDヴァンスも、イーロン・マスクも、RFKジュニアも、トゥルシー・ギャバードも出ています。
実は、カマラ・ハリスも「ジョー・ローガン・エクスペリエンス」への出演を希望していました。ただし、「録音はニューヨークに来てやってほしい、そして放送時間は1時間」という条件を出していていて、この条件が叶えられず、結局出演できませんでした。投票日直前に、ジョー・ローガンはドナルド・トランプに投票することを発表します。
カマラ・ハリスは女性に人気のポッドキャストの”Call Her Daddy"に出演しますが、評判はあまりよくなかったということです。
トランプ陣営は、ポッドキャストの他にも、XやYouTubeを活用します。Xはトランプ陣営のイーロン・マスクの所有なので、自由に発信することができました。また、メーガン・ケリーや、デヴォリー・ダーキンズなども連日カマラ・ハリスの問題点をYouTubeで発信し続けました。テレビに代わって、これらメディアが、共和党のメッセージ浸透に大きく貢献したのだと思います。
3. 視覚的、直感的にメッセージが伝わるインパクトの強いビジュアル
7月13日の襲撃事件のビジュアルは、報道写真として歴史に残るような名作でした。生命が助かったのも奇跡ですが、このアングル、この構図で写真が撮れたというのも奇跡的でした。まさに奇跡の一枚です。
その他、ブロンクスの理髪店でのラリー、マクドナルドでのエプロン姿、ゴミ清掃員のジャケットなど印象に残る写真をいくつも残しています。この他、ラストベルトの工場で、ヘルメットを被ってスピーチをする姿なども、まさに有権者と一体化する姿勢を象徴していました。
これらの追悼の写真もインパクトのあるものでした。襲撃事件の後、襲撃事件の際に流れ弾で亡くなった消防士のヘルメットにキスをする写真は、非常に印象的でした。また、ハリケーンのヘリーンがアメリカ南東部を襲った後、被災地にいち早く駆けつけて、瓦礫の中で犠牲者を追悼する写真も、それだけでメッセージが伝わる写真でした。8月のアーリントン墓地での追悼なども、印象的でした。これを選挙活動に利用しているとして、民主党はトランプを攻撃する材料に使いましたが、選挙期間の間、トランプは何度も亡くなった人たちには真摯な態度で接していました。
カマラ・ハリスもトランプに負けじと、印象的な写真を残そうとしましたが、トランプに勝つことはできませんでした。あわてて国境に出向き、国境警備に力を入れているという写真を撮ったり、ハリケーンの被災地で、救援物資の袋詰めのボランティアを手伝ったりしましたが、あまり評判をよくすることはできませんでした。
逆に、ハリケーンの被害が出ている最中に、テレビ番組でビールで乾杯して大笑いしている映像があったりして顰蹙を買うビジュアルが多かった気がします。
4. 優秀な女性ブレインが支えたトランプの選挙戦
トランプの選挙戦は、男ばかりのイメージがあるのですが、実は何人かの優秀な女性たちの支えがあったことを忘れてはなりません。
上の写真は左から、トゥルシ・ギャバード。ハワイ州選出の下院議員でした。サモア系で、宗教はヒンドゥー教です。陸軍少佐でもあり、中東地域にも派兵されていました。以前は民主党で、2016年には民主党全国委員会の副議長も務めていて、2020年の大統領候補予備選にも出ていました。今回の選挙で共和党に移り、トランプチームを支えます。非常に落ち着いた語り口で、感情的にはならず、良識のある人物という感じがします。
その隣は、スーザン・ワイルズ。今回、女性として初めて大統領補佐官に任命されましたが、トランプをコントロールできる唯一の女性と言われています。「氷の女」とも、「猛獣使い」とも言われています。トランプの勝利宣言の時もあまり表には出たがりませんでした。
その隣は、ニコル・シャナハンです。ロバート・ケネディ・ジュニア(RFK Jr.)の副大統領候補だった女性です。中国系アメリカ人ですが、グーグル創業者のセルゲイ・ブリンと結婚していたので、資産家です。彼女がトランプチームに入り、応援演説で登場したときのスピーチが印象的でした。こちらがその動画です。
さて、上の写真の4人目のララ・トランプ。彼女はドナルド・トランプの次男のエリック・トランプの奥さんです。プロデューサーとしての経歴を持ち、共和党全国委員会共同委員長を務めており、今回の選挙でも“Women for Trump"の運動を盛り上げる立役者でもありました。ドナルド・トランプの勝利宣言の時も彼のすぐ隣に立っていたので、その役割の重要性がわかると思います。こちらの日本のニュース動画にララ・トランプの活躍が紹介されています。
最後に、ナタリー・ハープです。この人は表にはほとんど出てこないのですが、元ニュースキャスターで、ドナルド・トランプのスピーチライティングや、Xでの発言を支える重要人物です。ある意味、トランプの右腕で、彼が喋る言葉を驚くべき速さで入力していくので「ヒューマン・プリンター」(人間印刷機)とも呼ばれています。
トランプチームがカマラ・ハリスの演説をリアルタイムで聴きながら、Xをポストしたり、演説原稿を書いていく場面の動画がYouTubeにあったのですが、何故か見られなくなっていました。その動画は、まるで映画のワンシーンのように機敏に、カマラ・ハリスの演説の一字一句に対して、十人程度のチームで分析を行い、反応する様子が映っていました。こちらの画像はその動画のワンシーンです。
これは動画から切り取ったものですが、ナタリー・ハープがトランプの言いたいことをリアルタイムに(というか時に先取りして)PCに入力しています。また周りには10人くらいのスタッフがいて、あれこれ助言をするのですが、その中には、トゥルシー・ギャバードや、スーザン・ワイルズなどの姿もあります。こういうプロフェッショナルなチームがいることはすごいですね。トランプ圧勝の理由がこういうところにもあります。
5. ハートに刺さるコマーシャルを驚くべき迅速さで作ってしまう
投票直前にアップされた共和党の動画あるのでご紹介します。ほとんどのナレーションは、実際のラリーでのスピーチを切り取ったもので、コマーシャルらしさを完全に排除して作られています。登場しているのは、ドナルド・トランプ、トゥルシー・ギャバード、ロバート・ケネディ・ジュニア、ニコル・シャナハン、JDヴァンス、イーロン・マスク、ヴィヴェック・ラマスワミなど、選挙戦の顔となった人々です。
何と言っても編集が上手い。おそらくは既存の映像を繋ぎ合わせたものなのですが、決して気負わず、ナチュラルで、好感が持てる映像作品に仕上がっていると思います。まずはご覧ください。
実にいいですね。イーロン・マスクのスペースエックスのロケットが発射台に捕獲されるシーン、そして彼の「Amazing!」という声。軍服のトゥルシー・ギャバードがゆっくと敬礼をするカット。ニコル・シャナハンが「ドナルド・トランプに投票します!」と言うシーン。素晴らしい!
いかにも広告的なナレーションや映像がないのがとても好感が持てます。こういうコンテンツのほうが、セレブを何十人も投入して、広告的な言葉を叫ばせるよりも実に効果的です。一般大衆は、信頼できるのは、こういう世界のほうだと確信するのではないかと思います。
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最後に投票結果確定後の週末に日経新聞に出ていた図をご紹介しておきます。「米大統領選でどちらに勝ってほしいか?」という調査統計で、先進国は民主党。新興国は共和党支持が多かったようです。日本は民主党に偏った国で、インドなどグローバルサウスの国々が共和党支持だったのですね。これも何か今後のトレンドを象徴しているよううで面白いですね。
最後までお読みいただきありがとうございました。