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自然発酵はワインを殺し得る 〜Hanseniaspora 属という酵母〜

ワインにおける自然発酵とは、

工業的に選抜され(元々は天然・野生酵母で醸造環境中からの分離・培養等を経ているという意味)、ワイン醸造への適性が高く、世界中で普遍的に利用されている乾燥活性培養酵母(ADY : Active Dry Yeast)を添加せず、ブドウ果皮や梗、場合によってはワイナリー設備に「蔵付き化」している酵母を「天然酵母野生酵母」として、彼らにアルコール発酵(AF : Alcoholic Fermentation)を委ねる行為

を指します。

最近世界中において、この自然発酵に注目する動きが活発化しています。

一部の消費者においては、自然発酵か否かが購入するワインの選択に影響を及ぼしているほどに、このキーワードのもつ意味は大きくなっています。

そんな背景の中、時々SNSを通して、自然発酵を過剰に持ち上げるワインクラスター(例えばワインファン、ワインショップの経営者、ジャーナリスト?など)の存在を目にします。

何なら造り手にも一定数いらっしゃいますよね。

これらの方々を否定する意図は一切ありませんし、僕も比較的自然発酵面白いよね派ではあります。

が、メリットデメリットを把握した上で、実際にどのような事が起きているのか知った上で、適切にこのキーワードに向き合って欲しいというのが僕の意見です。

そこで、自然発酵のワインに「起き得る」ことについて、とある視点から眺めてみてもらえたらと思います。(必ず起きるではありません、起き得るです。)

​ADYの価値

まず、学名に関して軽く事前知識を。

Homo sapiens

人類の正式な学名ですが、Homo 属の sapiens 種であるということで、学名には「属名+種名」というルールがあります(本当は学名は斜体表記)。

本題に戻ります。

ADY として用いられている酵母は

Saccharomyces cerevisiae(サッカロマイセス・セレビシエ)

という種(以下Sc)が基本です。

Scはワインのアルコール発酵だけでなく、日本酒、ビール、パン等の食品製造に幅広く用いられている種です。

ワイン醸造に関しては、冒頭に記述したように世界中でADYが普遍的に利用されていて、ScのADYを使用することで安定的に健全なアルコール発酵が得られる可能性が高まります(100%ではない)。

また、ADYはその発酵特性がそれなりに解明されていて、メーカー側はそれをカタログに記載し販売、ワイナリー側はそれらを参考に購入、という流れになっています。

なので、醸造家は自らが造り出したいワインのスタイル、原料ブドウの状態(熟度や健全度とか)、醸造環境の制限(設備の問題など)、知識や経験値、等々から総合的に判断し、それにフィットした酵母を選択して購入・使用することができるのです。

ワインはブドウが8割とか9割とか言いますが、香りや味わいの多くの部分は発酵(マロラクティック発酵も含む)によって形成されるため、ADYのチョイスとアルコール発酵は酒質に大きく影響します。

まとめると、「健全に、狙った酒質を、再現性高く安定的に造る」という視点において、ADYのワイン業界への貢献は計り知れないものがあるのです。

ADYへの批判

ADYは基本、Saccharomyces 属の cerevisiae 種だということを先に書きました。

実は、ブドウには色々な属種の酵母・細菌が付着しており、その中にScはほとんど0に近い菌数しか存在しないとされています。

じゃあ、ADYが普及し始めた1965年頃(結構最近!)まではどのようにアルコール発酵を獲得していたかというと、ブドウを潰して置いておく、果汁を置いておくと、0に近いけどほんのちょっとだけいたScが何だか増えてきて果汁環境を支配し、アルコール発酵を主導していたのです。

現在自然発酵によりワインを醸造しているワインメーカーは、大きく括ればこの方法でアルコール発酵を得ています。

自然発酵は、「上手くいけば」最終的にScが増殖・果汁環境を支配し、グングンアルコール発酵を行ってくれます。

ですが、ちゃんとScが増えてくれる保証はないし、仮に増えてくれたとしてもそのタイミングが遅くなれば、それまでに「色々な属種の酵母・細菌」が暴れ倒し、いわゆる“欠陥”をはらんだワインが出来上がります。

では自然発酵のメリットはというと、もし適切なタイミングでScが増えれば、それまでに様々な酵母・細菌(基本は酵母)が発酵へ適切に関与し、代謝によって色々な成分を出してくれつつアルコール発酵もちゃんと完了でき、「より複雑な風味をもったワイン」になるとされています。

自然発酵が近年注目されている理由はこれだけではないのですが、この考え方は1つ大きな要因です。

というのも、ADYの普及によってワインメーカーは以前より安定的に造りたいワインを造りやすくなったのですが、一方で、世界中で同じようなスタイルのワインが溢れていて、画一的でつまらないという批判が見受けられるようになったのです。

ADYは販売しているメーカー&種類が限定的といえば限定的なので、同じADYで醸造されたワインというのが世界中にあるのは事実です。もちろん日本国内だけで見ても。

ADYの添加は、ブドウに付着した「色々な属種の酵母・細菌」が暴れ倒すのを抑制するという狙いがあり、1種類のScが早々に果汁環境を支配しアルコール発酵を行います。

ADY反対派は、どうやらこれによる複雑性の損失、画一化を嘆いているのです(繰り返しますがそれだけではない)。

Hanseniaspora 属という野生酵母

ここで、「色々な属種の酵母・細菌」について(カビ等もいるよ!)。

これらを微生物叢(Microflora, Microbiota, Microbiome など)、特に酵母は酵母叢(Yeast flora)といい、その構成を決める因子は、[産地、気候、品種、ヴィンテージ、ブドウの熟度・健全度]など多岐に渡ります。

これらが複雑に相互作用しながら微生物叢は構成されていくため、ワイン醸造を行う前にブドウの微生物叢を確実に把握することは「事実上不可能」です。

そんなブラックボックスで自然発酵を行おうとしたら、まず「管理不可能」だということは想像に易いです。

アルコール発酵はおよそ酵母のお仕事なので、ここからは酵母叢にフォーカスします。

醸造学の話をする際は、慣習的に「Saccharomyces 属(サッカロ)」「Non-Saccharomyces 属(ノンサッカロ)」という分け方をし、サッカロはSaccharomyces cerevisiae+Saccharomyces 属の他の数種(今回は触れません)、ノンサッカロはそれ以外の酵母群を指します。

で、ブラックボックスとは書きましたが、様々な研究によって、大概の場合でブドウの酵母叢のノンサッカロのうち最大数を占めていることが分かったとある酵母が存在します。

それが「Hanseniaspora 属」酵母です。

具体的には、「Hanseniaspora uvarum, Hanseniaspora guilliermondii, Hanseniaspora viniae」等が挙げられます。

これらは自然発酵の初期に果汁環境を支配し、若干のアルコール発酵能を示します。

そんで、アルコールが数%になったりCO2濃度が高まったりしてストレスが高まり死滅し始めると同時的に、他のノンサッカロやScが増殖、果汁環境の優勢種がバトンタッチします。

ノンサッカロの多くはアルコール環境や酸素が限られた条件下といったストレスへの耐性がScより低く、また栄養の競合や競争物質により、大半がScの増殖に伴って死滅しますが、Hanseniaspora 属はそのステージが特に序盤側であるというイメージです。

(ちなみに、発酵初期のHanseniaspora 属の成長がその後のScの成長を阻害する可能性があるという研究報告があります。)

比較的序盤にいなくなっていくはずのHanseniaspora 属、何が問題かというと、「酢酸および酢酸エチルを著量生成する」という性質があるのです。

醸造学上、酢酸・酢酸エチルの濃度が高いということは欠陥に当たり(個人の嗜好に言及するものではない)、酢酸に関しては、EUのワイン法だと含有量に規制値が設けられていたりする程です(日本のGIでも)。

酢酸の濃度が高ければ「酢臭、不快な酸味、好ましくない揮発感」が生じ、酢酸エチルの濃度が高ければ「除光液・セメダイン臭」が生じます。

どちらもほぼ必ずワインに含まれ、ある程度の濃度であればポジティブな寄与があるとされていますが、濃度が高いことが問題となり、その場合ワインのバランスを著しく損なうことに直結します。

Hanseniaspora 属酵母は、実はScと同様に分離・選抜を経てADY化されている株もあり、ScのADYとの共接種(コ・イノキュレーション)に使用するための研究もしばしば行われています。

ワインをよりフルーティーにする、複雑にするといった研究結果もあり、ポジティブな側面を享受でき得ると考えられているからです。

ただ、どうしたらネガティブな側面を抑制してポジティブな側面を得られるのかが明らかになっていないし、どのような特性の株がどの程度の割合で存在するのか分からない自然発酵は、なおさらリスクが高まります。

「管理できない」ということ

古の時代はそれこそ自然発酵かつ運任せ、上手くいくときもあれば上手くいかないこともある。

もちろん現代でも、なんだかんだ上手くいくことはあるでしょう。

でも、上手くいかないこともある。

自然発酵を採用する小中規模ワイナリーは、

失敗しても売らなければ生活できないので、様々な売り文句で売ろうとする → 購入した消費者は損をする → 消費者の中でそのワイナリーのブランド価値が損なわれ、将来的な販売機会が失われる。

「管理できない」「品質がバラバラ」は、一般的には食品を製造する上であってはならないんです。

“テロワール”の反映やヴィンテージの違いによる個性という表現が正当性の主張のためにしばしば用いられますが、Hanseniaspora による汚染および欠陥要素の生成は一切それらに該当しません。

個性や複雑性を求めて自然発酵を採用しても、失敗すれば「酢酸・酢エチ」に収束してしまうのは皮肉な話です。これが記事タイトルの意味するところ。

もちろんノンサッカロには他の属種もいっぱい存在しますし、細菌類だって汚染を引き起こすわけで、生じる欠陥は何も「酢酸・酢エチ」に限った話ではありません。

今回は、代表的な酵母と欠陥として「Hanseniaspora」と「酢酸・酢酸エチル」を取り上げたまでです。

ワインのバランスを、ブドウのポテンシャルを、損なうような欠陥は、個性でも何でもありません

だからこそ、生産者はちゃんとした知識・技術がないならば安易に自然発酵に手を出すべきではないし、消費者は過剰に自然発酵を持ち上げるべきではないと、僕は考えています。

まとめ

自然発酵に起き得ることについて書いてみました。

日本国内のワイナリーが急増する中、自然発酵に取り組んでいるワイナリーが増えていて、僕はそれらのワイナリーのワインを実際に飲んで確かめ、情報収集しています。

感触としては、自然発酵でも安定的に素晴らしいワインを造っているワイナリーもありますし、他方、欠陥のあるワインを真剣に造って真っ直ぐに売っているワイナリーも散見されます。

余談ですが、以前あったケースで、日本でトップクラスに有名なワイナリーの自然発酵ワインが、始めは素晴らしいバランスだったのにグラス内で少し時間が経つともう欠陥が前面に出始める、ということがありました。

自然な造り(無清澄・無濾過・亜硫酸使用抑制など)はワインの変化具合をより不透明にし、プラスにもマイナスにも大きな振れ幅をもたらし得るのかなと思いました。

現状日本ワイン界は過渡期かなと思いますし、本当に様々な考えの醸造家が自由にワインを造ろうと試行錯誤しています。

新規ワイナリーで安易に自然発酵を採用し、欠陥が目立つワインを普通に販売しているところもそれなりにあります。

尖ったスタイルや人柄の魅力なのか、そういうワイナリーは多少ファンがついていたりします。嗜好にマッチするということであれば特に問題点はないですがね!

ただ、醸造学上欠陥とされているモノがなぜ欠陥とされているのか思考を巡らせれば、決して無条件に許容されていいことだとは、少なくとも僕は思いません。

安くない税金が課されていること、文化としての育成、日本のワインとしてのブランド、などなど、造り手は意識をもつべきことがいっぱいありますし、それ以外の方々も、何か志をもってワインに関わられておられるのならば、知っておいてもらえたら良いのかなと思っています。

最後に再度申しておきますが、僕は自然発酵面白いよね派です。

でも、欠陥の目立つ自然発酵ワインは嫌いです。自分なりに高いお金を費やして全然美味しくなくて後悔...なんてよくありますし。

「自然派」とかいうあやふやで怪しい言葉に覆い隠されたそれらのワインが無くなれば良いなと思っています。

おまけ

ワインを科学の視点から眺めてみませんか?

日本語でワイン科学について一番体系的にまとまっていると感じている書籍です。

一般の方でも理解できるように書かれていると思います!


参考

他多数。。。

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