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ワイナリーオーナーの夢と苦悩

こんにちは。私はタスマニアのTamar Valleyのワイナリーで今年のヴィンテージの間、ワイン作りをしていました。このnoteはそこで見聞きしたこと、感じたことを記しています。


タスマニアに来て、いろいろな場所のワイナリーが売りに出ている、という話を聞くようになりました。多くのワイナリーで、3~6年以内にオーナーが変わっているのです。

異業種からワイナリーオーナー


ワイン畑を所有していると言うのは、オーストラリア人の中でも中々ロマンのあることのようです。シドニーやメルボルンなどメインランドの大都市で別業種で働いていた人が、タスマニアの美しい自然と美味しいワインに惚れ込み、移住してくるケースが結構あります。

家の窓から見える景色。毎日変わる夕焼けの表情に飽きることがありません。

私はワイナリーと聞くとフランスのイメージで代々家族で継がれゆくものなのかな、と思っていました。オーストラリアでは割とカジュアルにビジネスとして売買されているのに驚きました。ワイナリーの名前も、ワインのラインナップも変えずにビジネスを全て受け継ぐというのはよくあること。そして勿論、家もセットで付いてきます。

逆に言うと、この辺りのエリアで家を探そうとすると、家だけでなくブドウ農園がついてくる、ということがあります。実際、本島NSWから友達夫婦が、タスマニアに家を探しに来ていたのですが、その際はオリーブオイル農園付きの家が売りに出てました。


新しいオーナーは、農業もワイン作りも全く未経験のパターンが多くあります。前職でお医者さん、消防士、空港のマネジメント、などなど。

私のステイしていたワイナリーのオーナー夫婦も、タスマニアに来る前は全く別の仕事をしていました。会計士→パブの経営と、学校の先生です。

勿論、大学でワイン醸造の学位を取得して、フランスのワイナリーで数年働いてからここに来た、という人もいるので様々ではあるのですが、このエリアでは少数派のようです。

ワイナリー間での助け合いと、間違いから学ぶ姿勢

全くゼロから始めても、近隣のワイナリーから教えてもらったり、逆に助けてあげたりして何とか運営していきます。ワイン畑は、少し場所が違うだけで土壌、風通り、日当たりなどのコンディションが違うので、よそのワイナリーがやっていることをそのまま真似すればうまくいくと言うものでもないのが難しい。

最初の数年は、間違いも多く、沢山失敗して、4-5年目からようやくやるべきこと、ベストプラクティスが見えてきたとうちのオーナーは話していました。

ちなみに、オーナーが最初にブドウ畑を引き継いだ時、きちんと畑が管理されておらず木が病気で真っ黒になっていたそうです。また前のオーナーはワインを飲まなかったので(なぜワイナリーオーナーになった?)、バクテリアで犯された欠陥ワインにも気づかず販売したりしていたそうです。

農業とワインを売ることに疲弊する

ワイン作りって結局何だろうというと、ブドウ作り。このブドウ作りは、結局のところFarming (農業)なのです。ここは南半球なので、4-5月の収穫時期が終わると、冬に入りブドウの木が休眠します。6月〜7月に1、2ヶ月ゆっくり休むことができ、この時期に長い旅行に出る人もいます。ただ、8月になると剪定作業が始まり、そこからは畑作業が収穫時期まで継続して続きます。時期によって、霜が発生したり、特定の虫が出てきたりするので、銅、農薬や防虫剤などをスプレーして対策することも必要です。

そして作ったワインを売らねばなりません。小規模ワイナリーは、直売所であるセラードアでお客さんに直接販売するのが一般的。酒屋に卸すこともできますが、利益のマージンが少なくなってしまいますし、そこまでのボリュームがないことが殆ど。

とは言え、セラードアに来る一般のお客さんは色々な人がいます。ワインメーカーに「このワインは美味しくない」と面と向かって言う人もいます。勿論、味の好みは人それぞれですが、我が子のような存在であるワインを批判されて嬉しい人はいません。

このような最終消費者への接客にうんざりし、月曜日から日曜日まで7日間毎日セラードアを運営することに疲弊してしまうのです。

しかもあまり売れない、利益がでない。ワイナリーを買う時に、ワインの売り方をよく考えていない人がいかに多いかと言うことでしょう。美味しいワインを作りたい、という思いだけではビジネスを続けていくことができません。

ちょっと違ったアプローチ: レストラン型ワイナリー

私がステイしていたワイナリーはこの点、とても賢く、レストラン型ワイナリーとしてのビジネスモデルが成功していました。ターゲットは25歳から65歳までの女性。このターゲットが求めるライトスタイルなワイン、そしてプラッターランチをエリアで唯一、提供しています。

プラッターとはハムやチーズなどの盛り合わせボードのことなのですが、地元の食材のみを使用しています。チーズだけで5種類、ハムとソーセージが3種類、そのほかにもオニオンピクルスやキャラメルドオニオン、フルーツペースト、ドライフルーツなど、しょっぱい系のものと甘い系のとのがうまく組み合わせてあり、とても豪華です。

アーティストの一面も持つオーナーがそれぞれの食材をボードの上に1mm単位でこだわって配置します。本当に美しく盛り付けられています。オーストラリアではあまり食べ物の写真を撮る人は多くないですが、このプラッターがテーブルに運ばれてきた時、写真をとる人が本当に多いです。

素敵な眺めを見ながらプラッターランチを食べられる唯一のワイナリーとのことで、常に繁盛しています。

プラッターランチ。全てローカルの食材を使用。とにかく美味しい、とにかく美しい。ワインが進む進む。
週末にこの眺めを見ながらワインとプラッター、至福の時です。


パブ経営をしていたことからワイン以外にもジンやサイダー、ビール、コーヒー、お茶、一通りのドリンクを取り揃えています。明るい雰囲気でブドウ畑を眺めながら友達や家族と過ごす場所として、地元の人たちにとても人気で、みんな2時間、3時間と長居するのでどんどんワインを頼み、買っていきます。

収穫したてのホップ。ビールのあのフルーティーないい匂いでいつまででも嗅いでいられます。


ライフ中心のワイナリー経営

そして一番驚くのが、金土日の3日間しか営業していないことです。十分な利益を得られているので毎日営業する必要がないそうです。まだ幼い子供と過ごす時間も十分に取れ、休息をしっかり取ることができ、他のワイナリーのように毎日営業して疲弊するのを回避することができます。

週休4日休みとは、羨ましい! 

ここに来て、仕事と人生についての自分の考え方がガラリと変わりました。
ワークライフバランスという言葉がありますが、彼らの場合、ライフの中にワークがありました。どんなライフを送りたいかがまず大前提にあって、それが実現できる範囲内で、自分たちがもっているリソースをフル活用してワークを形作るイメージです。ワークを蔑ろにしてるわけでは全くなく、戦略的に動いているので、ビジネスの方も成功しています。

仕事を通して何をしたい、というのも勿論大事ですが、自分の人生を楽しめていけなければ意味がありません。

毎日17時には子供と一緒に家族全員で食卓を囲み、自家栽培の野菜やフルーツを使った美味しい食事を食べること。これ以上、豊かで幸せな生活があるのだろうかと思いました。

ガーデンで採れた立派なカボチャ。これをローストして食べると絶品なのです。

何をしたいのか、そして何ができるのか

ワイナリー購入時には、ただ立ち飲みでワインを試飲することしかできなかったとても小さなプレハブハウスのようなセラードアを、エリアで1番大きく、素敵なセラードアに変身させました。
レストラン型ワイナリーというアイデアは、パブ経営者だった夫と、料理のセンスとスキルを待ち合わせた妻の組み合わせから自然と生まれたものでした。しかしワイナリーを買った年に、妻の第一子の妊娠が判明。色々な料理を出すのではなく、プラッターのみを提供することに決めました。食べ物はプラッターの一本勝負。でも誰よりも美味しい素敵なプラッターを作ることにしました。

セラードアの内装


自分たちがやりたいこと、そして自分たちにしか出来ないことを理解する。簡単そうに見えて、意外とこれが難しい。

私はワインが好きで、ワインを作ってみたいという好奇心でタスマニアに来てしまいましたが、

ワインを作りたいのは良いけど、ワインを作って何がしたいの?なぜそれをあなたがやらなくてはならないの?

と何度も問われました。
これは重要な問いです。まだ私は答えを持ち合わせていないですし、日本に戻ってワイン作りをする予定も今はありません。でも、いつかワイナリー経営をする機会が巡ってきたのであれば、この問いに対する明確な答えを持っていなければならないな、と思いました。そうしなければ、無数の夢に敗れたワイナリー経営者と同じ道を辿ってしまうでしょう。

読んでいただいてありがとうございました😊







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