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ラッパーのショートショート『イソノォー、サーフィンしよーぜぇ!』

メガネの男は改札口を抜け、目の前にそびえたつ森の中へ入る。鳥が空を飛び廻り、ウサギが地を駆け巡る。道という道はない。海の匂いがする森の中を歩くこと20分、彼は病院へ着いた。

薄汚れ、壁の塗装は剥がれ落ち、いつ倒壊してもおかしくない外観の病院だった。それぞれの病室に1つのベッドがあり、その上には必ず1人の人間があおむけに寝ている。男は140号室に入る。部屋の真ん中に置かれたベッドへ向かい、そこに寝ている男をじっと見つめる。

「イソノ..」

イソノと呼ばれたその男は大型のヘッドマウントディスプレイをかぶってベッドの上に寝ている。伸びきった無精ひげと腰まである長い髪。栄養を体に取り入れるための点滴。そのすべてがイソノと呼ばれる男と一体化していた。

「イソノ..」

イソノと呼ばれるその男は22年前に死んだ。正確に言うと生きたまま死んだ。生きたまま死ぬとはどういうことか?つまりは植物人間だ。

2022年8月14日14時00分、世界中で「神のVR裁き」という事件が日本で起こった。その時間帯にVRヘッドマウントディスプレイをかけていた子供たちの中から177人が突然正体不明の意識不明になった。その場にいた友人家族は慌ててヘッドマウントディスプレイを外すが、それを外したが最後、息を失い帰らぬ人となってしまった。運よくヘッドマウントディスプレイをはずされなかった子供たちは植物状態としてこの22年間この病院に集められ、植物人間として生き続けている。世界中の科学者や研究者がこの謎を解明しようとしてきたが、22年たった今も事件発生の原因とヘッドマウントディスプレイとの因果関係についてヒントさえ得れずにいる。

22年が経ち、イソノは”あの”世にい続ける。”あの”世にいながら、海沿いの森にたたずむ病院のベッドで罪深い1日を謳歌している。

「イソノォー、サーフィンしよーぜぇ!」メガネの男は泣き崩れた。

「イソノォー、サーフィンしよーぜぇ!」メガネの男は声がかれるまで叫び続けた。

「イソノォー、サーフィンしよーぜぇ!」メガネの男はどうしようもないと気づき、しかし、のどがかれて声が出なくても、それでも叫び続けた。



「イソノ、サーフィンしよーぜ..」髪の長い男がほこり一つないきれいな病院のベッドに寝ている。腕には栄養を送る点滴が刺さっている。

「イソノ、サーフィンしよーぜ..」そして、頭のてっぺんには1本のチューブが繋がっており、それはベッド横の四角い機械へと続いている。

「イソノ、サーフィンしよーぜ..」かすかに聞こえる声でその男はつぶやき続ける。

「中島、起きてくれよ」スーツ姿の坊主男が眠っている男を見下ろす。花束をベッド横にそっと置き、涙を浮かべる。坊主男の横には女性が立っていた。女性はお世辞に言ってもブサイクだった。

「いそのぐんーぅ、いぎましょぉ」女性は坊主男を舐めまわすように見つめた。

「うん。行こうか花沢さん」坊主男は病室を出る。

坊主男の後ろをコバンザメの様にぴったりと付いて離れない花沢と呼ばれる女は病院を出たあと、「中島君の病室に忘れ物したわぁー」と言って一人病室へ戻る。ポケットから注射針をそっと出した花沢は、周りを見渡して誰もいないことを確かめる。そして、ちゅうちょすることなく中島の首注射針を突き刺す。

「また1年延長ねぇ」

注射針をポケットに戻し、花沢は口元に笑みを浮かべた。

「いそのぐんっはわだしのものよぉ」




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