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ラッパーのショートショート『ご自由にお取りください』


おとっつあんは貧乏。レストランでご飯なんて何年も前の話だ。

おとっつあんは貧乏。穴だらけの靴下に、シミだらけのジャケット。

おとっつあんは貧乏。本を買うお金がないから同じ本を何回も読んでる。

おとっつあんは貧乏。おうちがない。

おとっつあんは貧乏。いつも悲しそうな顔をしている。

おとっつあんは貧乏。

嫁と別れ、娘とも会えなくなった。



おとっつあんは南千住駅から歩いて10分くらいの公園に住んでいる。大きな建物に囲まれている小さな小さな公園だった。その小さな公園を出て、おとっつあんは意味もなく歩く。

「わしゃあ、どうもうまくいかんことばかりじゃ」ボロボロの靴を引きずりながら歩くおとっつあんの横をハイカラな靴を履いた中学生が飛ぶように追い抜く。おとっつあんは過ぎ去る中学生に向けて唾をおもいっきり吐く。唾を吐かれたとは知らず、中学生は愉快に走り去っていった。

住宅街を歩いていると、”ご自由にお取りください”と書かれてある看板を見つけた。その下には段ボール箱一杯に雑貨が入ってあった。

「おお!こりゃええ」目の色を輝かせたおとっつあんは段ボール箱の中身を探る。

「なんと、こりゃなつかしいのお」おとっつあんは段ボール箱から取り出した切手セットをちゅうちょなくポケットに入れ、その場を立ち去った。

その晩、おとっつあんはメルカリで切手セットを1万円で出品することにした。

チロリン!

1分もたたずに購入が決定した。

「ほお、こりゃええ」


次の日、おとっつあんはまたも”ご自由にお取りください”と書かれてある看板の下にある段ボール箱をあさっていた。

「ほお!こりゃええ。娘に買ってあげたのと同じ玩具じゃ。なつかしいのお」通りすがりの人に目もくれず、ふたりはプリキュアのフィギアをポケットに入れた。

その晩、フィギアをメルカリで売ったおとっつあんはたまげた表情で腰から崩れ落ちた。

「おお、フィギアが2万円で売れたぞい」


次の日も、その次の日もおとっつあんは段ボール箱からお宝を取り出し、メルカリで売っていった。100発100中の割合で商品は購入された。

1か月続けたところでおとっつあんは思った。

「こりゃ、誰が段ボールを置いとるんかいな。感謝せんといかん」しかし、おとっつあんは段ボール箱を置いていく人物に二度と会うことはなかった。

毎日通ううちに、段ボール箱の中身は減り、おとっつあんのポケットマネーは増えていった。10か月が経ったある日、段ボール箱に入った最後のモノをおとっつあんは手に取った。それは手紙だった。封を開けて読んでみる。ラブレターだった。





おとっつあんはお金持ち。レストランでは金額を見ずに注文する。

おとっつあんはお金持ち。グッチの靴下にラルフ・ローレンのジャケット。

おとっつあんはお金持ち。本を買っても面白くなかったら、全部読まない。

おとっつあんはお金持ち。ジャグジー付きの高層マンションに住んでる。

おとっつあんはお金持ち。だけどいつも悲しそうな顔をしている。

おとっつあんはお金持ち。

段ボール箱に入っていた最後の手紙は、ついにメルカリで売らなかった。





「ねえ、おかっつあんはどうしておとっつあんに会わないの?ねえ、なんで時々悲しそうな顔を見せるの?ねえ、なんで段ボール箱にモノを入れて外に持っていくの?」泣いているような、でもどことなく幸せそうな表情を浮かべているおかっつあんを少女は見つめた。


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