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小説・「塔とパイン」

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作:よわ🔎 概要:45歳、片田舎の洋菓子店のパティシエが、紆余曲折、海を渡ってドイツでバームクーヘンを焼き始めた。 ※毎週日曜日更新(予定) ※作品は全てフィクションです。著…
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2023年1月の記事一覧

小説・「塔とパイン」 #10

小説・「塔とパイン」 #10

甘い物が好きかと聞かれたら、そこまで好きじゃない。仕事柄、毎日のように小麦と砂糖にまみれているから、砂糖菓子を頬張ると「うっ!」ときてしまう。

疲れている時、調子の悪い時に口にすると、なおさらだ。

甘い物を口にするのは好きじゃない。だけど、甘いモノで自分の表現したいモノを作るのは好きだ。

もっというと、僕の作ったお菓子を見て、手にとって、嬉しそうにしている人の顔を見るのが好きなんだ。

「素

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小説・「塔とパイン」 #09

小説・「塔とパイン」 #09

Konditorei Weise は小さな十字路の一角にある。それぞれの角には、数年前から営業を始めたケバブ屋と、老舗の名物女将が切り盛りしているパン屋が軒を連ねている。

パン屋の朝は早く、日が昇る前から女将と、パン屋の従業員が忙しなく働いている。朝からパンを買いにくる客に合わせて、焼きたてのパンがいくつものショーケースに並べられていく。

お菓子の甘い匂いとは、また違った香ばしいパンの匂いが、

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小説・「塔とパイン」 #08

小説・「塔とパイン」 #08

僕が今、働いているショップ「Konditorei Weise」は、ドイツ第三の都市の旧市街にある。旧市街と呼ばれる地区は、規模の大小はあるけれど、どこの街にも存在する。いかにも「ヨーロッパの街並み」だ。

石造り、煉瓦造りの屹立した伝統的な意匠の佇まいの建物が、これまた石畳の旧道に面している。一見すると画一的に見えるが、よくよく目を凝らしてみると、同じではない。

俯瞰して見ると「あぁ、全部一緒だ

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小説・「塔とパイン」 #07

小説・「塔とパイン」 #07

午前中の戦場。

開店と同時に、かなりの来客がある。行列ができるほどではないけれど、古くからこの街にあるこの店は、ちょっとしたシンボルになっている。

自分は裏方なので、表に出て接客することはないが、売り子のショップ店員達は、開店と同時にせわしなく動いている。

「いらっしゃいませ〜」

日本にいるときには何度となく聞いた、この言葉。ここではほとんど聞いたことはない。軽く「Hi!」とか聞こえる程度

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小説・「塔とパイン」 #06

小説・「塔とパイン」 #06

「生地が命だ」

「職人として、大事なことは生地に命を吹き込む」こと。いや、これは職人の道に入ったときに「師匠」から教わった言葉。

独立してから「師匠」には会ってないけれど、心のメモリーには記録されていて、時々記憶の棚から引っ張り出してくる。

辛いとき、苦しいとき、悲しいとき、それでも厨房に立ち続けなけやいけないこともある。そんなときにこの言葉を反芻する。

そうするとふと、落ち着く瞬間がある

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