今の私にしか書けないことが、確かにある

今の私にしか書けないことが、確かにある。

2020年3月に発生したコロナ期に入社したこととか、オンライン〇〇1期生であることとか。そこから生まれたデジタルネイティブという言葉に当てはまる私にしか書けないこと。あんまり好きじゃないけど、Z世代の私だから書けること。


でもそれ以上に、まったく書けないこともある。

例えば結婚とか、子育ての話、留学の話。私が経験していないことや、経験してこなかったことは、当たり前だけど書けない。

もしからしたら今後、どれも書けるようになるかもしれない。結婚して、子どもを産んで、留学をすれば、どれも書けるようになるだろう。そうなれば、自分の子どもが結婚するみたいな私の歴史的瞬間も書ける日がくるかもしれない。


ただ、そうならない可能性があるのも、今の私たちの当たり前になりつつある。結婚したとしても、これまで想像されていた結婚のかたちとは全く違う方法を私がとるかもしれない。


経験してないから書けないけれど、書けるかもしれない道が無数に広がっている。もちろん、このまま書けない、という道も広がっている。


それって、なんていうか。

なんだろう、すごく夢のあることだなって思った。

稚拙ながらも書く者として、まだまだ書いていないことが私にはたくさんあるんだなあと思う。恋の話だってまだまだ未知の領域が広がっている。(そもそも恋自体が無限に広がる領域ではあるのだけれど……)

そういえば以前、「積読」に関するnoteで、この世の中に読み切れないほどの本があることは生命線になる、と書いたけど、これは書くことも同じだ。

この世の中には、書ききれないことが多すぎる。だからこそ、書きたいと思う。

今の私にしか書けないこと。これまでの私があるから書けること。

そして、これからの私がきっと書くであろうこと。


そんなこれからの私を「書く」を軸にして考えてみると、ちょっと泣きそうになる。ずっと書き続けていられたらいいなと思う。


”終わりよければすべてよし” になれましたか?もし、そうだったら嬉しいなあ。あなたの1日を彩れたサポートは、私の1日を鮮やかにできるよう、大好きな本に使わせていただければと思います。