見出し画像

RADWIMPS野田洋次郎さんに、いろんな映画の楽曲を書き下ろしをしてほしい

今、モーレツにこの気持ちだ。

RADWIMPSの野田洋次郎さんに、いろんな映画の楽曲を書き下ろしをしてほしい。野田さんはどんなふうにその映画を見るのかが聴いてみたい!

映画の楽曲を書き下ろすRADWIMPSのボーカル、野田洋次郎さんがとにかくすごすぎる。

RADWIMPSが世間的に大きく有名になったのは、新海誠監督の映画「君の名は。」じゃないだろうか。

この映画のために書き下ろしたのは「前前前世」という曲。イントロを聴いてぴんとくる人も多いだろうし、YouTubeに挙がっているMVは再生回数3億回を迎えようとしている。

この「前前前世」で、RADWIMPSが映画にもたらす威力の大きさに私は心底びっくりした。

「君の名は。」は、映画館で2回見た。1回目はストーリーと流れ、映画を見るため、2回目はRADWIMPSの音楽を聴きにいくために映画館に行った。映画館の大きな音響装置から流れてくるRADWIMPSの音楽は、ライブとはまた違った臨場感があった。

新海誠監督のキャラクターたちがRADWIMPSをBGMに動く、踊る、物語が進んでいく。はあ~、さすがだ……と私は一人感動した。映像と音楽。映像のために音楽があって、音楽のために映像がある。その相互関係で映画ってできあがっているんだなあ、と私は感じた。書き下ろしってすげえ~とこのときは純粋に驚いた。

しかし。新海誠監督の次作、「天気の子」で私は、RADWIMPSの真骨頂を聴いたのだ。

書き下ろし楽曲に行く前に、「天気の子」の簡単なあらすじはこちら。

「あの光の中に、行ってみたかった」
高1の夏。離島から家出し、東京にやってきた帆高。
しかし生活はすぐに困窮し、孤独な日々の果てにようやく見つけた仕事は、
怪しげなオカルト雑誌のライター業だった。
彼のこれからを示唆するかのように、連日降り続ける雨。
そんな中、雑踏ひしめく都会の片隅で、帆高は一人の少女に出会う。
ある事情を抱え、弟とふたりで明るくたくましく暮らすその少女・陽菜。
彼女には、不思議な能力があった。

天気を晴れに変えることができる能力をもつ・陽菜と、離島から家出してきた少年・帆高の物語。

私は「天気の子」も映画館で2回見たんだけれど、物語のクライマックスで流れるRADWIMPSの歌詞を聴いて2回ともそこで泣いた。

というのも、その歌詞が、もう。もうね、帆高の目線そのものなんですよ。

世界が君の小さな肩に 乗っているのが
僕にだけは見えて 泣き出しそうでいると

「大丈夫?」ってさぁ 君が気付いてさ 聞くから
「大丈夫だよ」って 僕は慌てて言うけど

なんでそんなことを 言うんだよ
崩れそうなのは 君なのに

ネタバレになってしまうのと、ストーリーよりもRADWIMPSの曲について書きたいのであらすじは割愛。ぜひ見てほしい。

この曲が映画にマッチしているのは、映画のために書き下ろした曲だから当たり前なんだけど。なんていうか、野田洋次郎さんは、帆高なのか? って思うぐらい、目線の解像度が高い。

映画を見た人なら(金曜ロードショーでも!)わかると思うんだけど、帆高にだけ、陽菜が背負ってるものが見えている。陽菜の小さな肩に世界の命運が乗っかっているのが、帆高にだけ見えてしまっている。

だけど帆高には、それどうしてあげることもできない。仕方ないけど、そういう映画なのだ。映画のストーリーとしてはそれだけで、そのあとの歌詞の出来事は起こってない。

「大丈夫?」ってさぁ 君が気付いてさ 聞くから
「大丈夫だよ」って 僕は慌てて言うけど

なんでそんなことを 言うんだよ
崩れそうなのは 君なのに

つまり、この部分は野田さんの想像。物語としては起こってないのに、帆高の目線から見た景色そのもののよう。

もし、この歌詞のように帆高が泣きそうな顔をしていたら、きっと陽菜は「大丈夫?」と気づいてくれるだろう。映画の中でそういう女の子であることがわかっている。

そして、陽菜が気づいてくれたあと帆高は「大丈夫」って答えるだろう。映画の中でそういう男の子であることがわかっている。

続けて、陽菜には言わないけれど帆高は「なんでそんなことを言うんだよ」と言いそうなのもめっちゃわかる。映画の中にはないし、物語にも組み込まれていないのに、全ての歌詞にそうだよなあ、と思ってしまう。

この、物語としては起こってない、映画としては映像にもなってないはずなのに、その先の主人公たちの動きを歌詞にしてしまうのがRADWIMPS野田洋次郎のすごさなのだ。

そして、今もまさに、RADWIMPS野田洋次郎の映画書き下ろしの本領が発揮されている映画がある。

3月4日に公開された、坂口健太郎さん、小松菜奈さん主演の「余命10年」だ。

タイトルからわかる部分があるけれど、あらすじはこちら。

数万人に一人という不治の病で余命が10年であることを知った二十歳の茉莉。彼女は生きることに執着しないよう、恋だけはしないと心に決めて生きていた。 そんなとき、同窓会で再会したのは、かつて同級生だった和人。 別々の人生を歩んでいた二人は、この出会いをきっかけに急接近することに——。 もう会ってはいけないと思いながら、自らが病に侵されていることを隠して、どこにでもいる男女のように和人と楽しい時を重ねてしまう茉莉。 ——「これ以上カズくんといたら、死ぬのが怖くなる」。 思い出の数が増えるたびに失われていく残された時間。二人が最後に選んだ道とは……?

「余命10年」のために野田洋次郎が書き下ろしたのが、この「うるうびと」という曲。

もう、これがまた! 初めて聞いただけで坂口健太郎さんが演じているカズくんの気持ちが盛り込まれているのがよくわかる。

あといくつ心臓があれば僕は君の手を掴んで
この胸の中に 攫(さら)えるだろう

今や人類はこの地球を 飛び出し火星を目指す
なのに僕は20センチ先の 君の方が遠い

余命10年の茉莉を目の前にして、カズがどれだけ茉莉のことを遠いと思っているのかが切実に伝わってくる。人類が火星という何百キロ先を目指しているのに、自分は20㎝。どう比べても近いはずの距離なのに、遠い……。カズ……と思わず感情移入してしまう。


全人類から10分ずつだけ寿命をもらい
君の中どうにか 埋め込めやしないのかい

それか僕の残りの 命を二等分して
かたっぽをあなたに 渡せやしないのかい

ここに関してはもはやうますぎる。「茉莉に生きてほしい」という想いを寿命と言い換えるところも、足りない寿命をいろんな人から、または僕からあげたい、そんな気持ちをどうしてこうも言葉にできるんだ、野田洋次郎。君がカズだったのか? 恐ろしい。



と、ここまで書いて衝撃かもしれないんですけど。

実は、私、まだ「余命10年」見てません。予告しか見てません。

CMで流れてきたこの曲を聴いて、「野田洋次郎……!」となったので、こんなnoteを書いちゃいました。映画、見ようと思います。

”終わりよければすべてよし” になれましたか?もし、そうだったら嬉しいなあ。あなたの1日を彩れたサポートは、私の1日を鮮やかにできるよう、大好きな本に使わせていただければと思います。