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【リレー短編】私と世界を繋ぐ鎖、牛丼。

ピロリン。

音と同時に「新着メッセージ」の文字がスマホを明るくした。バッテリーに雷マークがついている。
そういえば、充電したままスマホを触るとバッテリーの消耗が早くなるってTwitterの投稿が言っていた。

お風呂上り、濡れた手のまま「新着メッセージ」を開くと、「置き配が完了しました」とのメールが届いていた。添付されたURLを開くと、1枚の写真が出てくる。

外から、私の部屋のドアを撮影した写真だ。ドアのすぐ横に白いビニールに包まれた塊が写っている。

「……なに頼んだっけ……」

ここ最近の夕飯はもっぱらこれだ。ファミレスに行かなくても、ファミレスの料理が食べられる。家にいるだけでスタバが飲める。家にいるだけで名店の味がものの30分で我が家にやってくる。

フードデリバリーを開発した人は相当なめんどくさがりで、そのめんどくさいをなくすために、相当なめんどくさいを乗り越えられる、結局はばりばりに働ける人なのだ、と想像する。

トモミは肩にバスタオルをかけたまま、家のドアを開けた。
そこには写真に写っていた通り、白いビニールの塊が置かれている。
こういうとき、マンションの人が誰も帰ってくるな、私のこんな姿を見るな、と思う。だけど、同時に置き配を回収するところをまだ誰にも見つかっていないという事実も思い出す。

”置き配“を考えた人は、相当な人見知りで、その人見知りをなくすために、相当な人とコミュニケーションをとることができる、結局はまったく人見知りではない人なのかもしれない、と想像する。

こうやって誰かの何か、あるはずもないストーリーを想像してしまうのは、トモミの悪い癖だ。

そしてそれは、看護師、という仕事柄、より悪化の一途をたどっている。

今日も6歳の患者さん、アキくんのお兄ちゃん、ハルくんのことを想像して、仕事があまり手につかなかった。

「あの、時間、間に合わなくてすみません」

そうトモミに謝ったとき、頭から覗いているつむじを見ていた。

「ううん、大丈夫だよ。ハルくんもバイト……の途中だったのかな」

「あ、はい。それで、もう1件さばきたくて……それで、あの、遅れちゃってすみません……」

このつむじは幸せだろうな。こんないい人、いいお兄ちゃんのもとにできて幸せだろうな。

たどたどしい話し方で謝っているハルくんを前に私はそんなことを思っていた。
もういっそのことハルくんにしがみつくつむじになって、そのまま日向ぼっこをしたい。

「トモミ先生~? もうハルくんいないよ~?」

そう言われて、はっと我に返った。慌てて回りを見ると、ハルくんは、アキくんの病室に向かう廊下の角を曲がるところだった。

ハルくんはきっと、たくさんのことを抱え込んでいるんだろうな。恋愛のこと、友達関係のこと、先輩後輩のこと、学校のあれこれ、そして弟アキくんのこと。だけど、それらを抱えているからこそハルくんにはあの、少しだけ湿った雰囲気があるのだろうな。


ハルくんの弟、アキくんは、私が赴任してきたときからこの病院にいる小児科の患者だ。悪いのは心臓で、そして、重度の注射嫌い。
検査で注射を使うときは、必ず誰かがアキくんに付き添う、というのがこの家族のルールだった。

看護師をしているといろいろな家族と会うことがある。
患者を嫌っている家族、患者を過剰に心配する家族、病院に期待ばかりする家族。


病が集結する場所、それが病院だ。だからこそ、病を終結させられるのも病院だと思われている。


病院を構成しているのは最先端の機器でも、薬品でも、ベットなどの備品でもない。病院を構成しているのは人だ。患者も、医者も、看護師も、医院長も、掃除をするのも人だ。病院はこの世で一番、人間臭い場所なのだ。


「まったく、いつになってもこどもですみません」

そう謝るハルくんとアキくんのお母さんは、薄い水色のカーディガンがよく似合う。

その日は週に1度の血液検査の日で、朝からお母さんがお見舞いにきていた。血液検査の時には、お母さんはアキくんの空いた手を握り、背中をさすっていた。
検査道具を片付けていたとき、そう声をかけられた。

「いえいえ。まだまだ注射が怖くて当たり前ですよ。ご家族がいると頑張れるアキくんはとってもえらいです」

「そう言ってもらえると心が凪ぐわ」

「お母さん」そう言ってアキくんがそのカーディガンを引っ張る。
にこり、と私に笑うと、はいはいとアキくん目線を向ける。

古風な人だ。「凪ぐわ」なんて言葉をほんとに言う人がいるのか、とトモミは思った。
きっと古典文学が好きで、江戸川乱歩とか読むんだろうな。いや、案外金子みすゞの1詩をそらんじれたりするのかもしれない。そして、それをきっと子供たちに強制することはしない。彼女の楽しみ、趣味の1つとしてしたたかに楽しむのだろうな。

「トモミせんせ~、手とまってますよ~」

「あ」

寝ていたわけでもないのに、カルテの「異常なし」の”し”の字がみみずのように枠外を這っていた。

幸せ、が当たり前の中に染みこんでいる家族なのかもしれない、と思った。


「ほわ~~」

フードデリバリーで頼んだのは、牛丼だ。
少しだけチンしたあと、透明のふたを開けると湯気が目を鼻を刺激する。
湯気があるからあったかい、ということがわかるし、湯気に凝縮された匂いが食欲をむくむくと起こす。

料理しなよ、と言ったのは高校の頃からの親友が家に遊びにきたときだった。
私のキッチンには何もない。部屋を借りたときの状態のままがそこにはある。

看護師をしていると、使うのだ。精神も体力も、頭も、思考も、そして自分自身も。そして使わなくていいような筋肉もトモミは使っている。
だから、家に帰ってきても自分を動かして、自分のために料理をするという行為が億劫だった。

この時代に生まれてよかった。めんどくさがりがフードデリバリーを生み出し、人見知りが置き配を生み出したこの時代に生まれてよかった。

はぐっと牛丼をかきこむ。ああ、今日も生きている。生きていける。



”終わりよければすべてよし” になれましたか?もし、そうだったら嬉しいなあ。あなたの1日を彩れたサポートは、私の1日を鮮やかにできるよう、大好きな本に使わせていただければと思います。