見出し画像

熱狂の中にいる人。私もかつて、確かにその中にいた。

2019年、9月。日本がラグビーに熱狂していたことを覚えているだろうか。

リーチマイケル主将をはじめとして、笑わない稲垣選手、小柄な身体で立ち向かう田中選手、拠点をフランスに移した松島選手など、あの時期、テレビでは毎日のようにラグビーの話題が流れていた。

当時、大学3年生だった私は、アルバイト先でパブリックビューイングの準備をしていた。

3時間、飲み放題、軽いアパタイズのセット。

赤と白、甲冑をイメージしたユニフォームを着たお客さんたちが試合時間前、たくさん来店した。隣を見たら、まさかの店長もユニフォームを着ていた。

私はといえば、対戦相手国だったニュージーランドのカラー、黒のロングTシャツを着ていた。お客さんからチラリと見られるたび、肩身が狭かった。着るなら着ると言ってくれよ店長……と思っていた。

試合開始前、ニュージーランドの選手がハカを披露。

ハカとは、ラグビーの試合前、ニュージーランド代表のオールブラックスがする踊り、舞いのこと。足を踏みならしたり、体を叩いて舌を突き出したり、リズムに合わせて日本チームを威嚇する。気合いをいれるのだ。

パブリックビューイングのために用意した大きなスクリーン。真っ黒なユニフォームで、ごつめの選手たちが映る。

店内は、ハカの音しか聞こえなかった。それぐらい、威力と、迫力と、画面越しでも空気を震わせる熱気があった。

試合が始まると、店内は一気に騒がしくなる。お客さんたち、全員知り合いだった? と錯覚するぐらい、感情の一体感が生まれていた。

トライしそうになると、声援が。外してしまうと、落胆が。トライすると、雄叫びが。何度も何度も店内を満たす。正確には、普段閉めっぱなしにしてるガラス扉を全開にしていたから、外までダダ漏れだったけど。

店内と外の境界線はなかった。ときどき吹いてくる風がぬるかったことを覚えてる。気持ちのいい夜だった。


どうしてラグビーのことを思い出したかというと、通勤途中、赤と白の甲冑に見立てたユニフォームを着た人とすれちがったから。

ああ、あの人は忘れていないんだ、と思った。

ニュージーランドと日本の試合、私はいちばん大事な結果を忘れてしまった。

ユニフォームを普段の洋服として着るその人は、まだ熱狂の中にいるように見えた。

それが、ちょっとだけ、羨ましかった。

”終わりよければすべてよし” になれましたか?もし、そうだったら嬉しいなあ。あなたの1日を彩れたサポートは、私の1日を鮮やかにできるよう、大好きな本に使わせていただければと思います。